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最終話 真の英雄

翌日。


万を超える避難民は、この酒場の広さのおかげで、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。外から見ると小さな小屋なのに、魔術で内部を拡張している。ウィッチはクロに「バカ魔法使い」と呼ばれているが、とてつもなく優秀な女性魔法使いだ。


酒場の中はせわしなく、分身を操る執事のカゲが働いている。彼は自由に影を変えることができ、驚くほど頼りになる。妙にクロに褒められることを喜びとしているようだ。


料理をメインで作っているのはロウ。かつて武術大会で見たことがあり、武術国家の王ゴルダールにも、さらにクロさえも打ち負かした本物の達人だ。老人にもかかわらず、その動きは洗練されている。


そして、武術国家の王女、ヒュメルドーナ・メラクレス王女殿下は、今では「ヒメ」と名乗り、クロと結婚している。最初、僕たち四人は疑ったが、見ていると本当のようだ。人は変わるものだ。


クロは暇を見ては、こっそりつまみ食いをし、酒を飲んでいる。そのたび、ロウから拳骨を喰らっている。ロウを見ていると、昔のブラッド先生のような温かみを感じた。クロがこうして日常を送っているということは、本当に事態が落ち着いたということなのだろうか。


避難民が落ち着きを取り戻した昼頃、みんなで昼食を食べていると、突然の来客があった。


転移魔術で現れたのは、カラーズの使いを名乗る者。顔は布で覆われて見えない。


「クロ、そしてアレスの二名は一緒に来てもらう」


冷静に、そして唐突に言い放つ。


クロは相変わらずだ。料理をしながら「嫌だけど」と当然のように言い返した。


使いは続けた。「来ないのであれば、ここに黒の王が直々に参られます。それでもよろしいでしょうか」


その言葉の意味を理解するまで、僕には時間がかかった。黒の王。その名は、聞いただけで恐怖のオーラを放つ。まずい。避難民が混乱してしまう。


「クロ。行って話をしよう」僕はクロを見て促した。


「わかった。誰がいる。それだけ教えろ」クロは僕の意図を察してくれたようだ。


「カラーズの王全員、そして中央ギルド国家の王がおります。場所は秘密になっております」


「十分後でいいか。用意するから。じじい、弁当作るの手伝え」クロとロウは突然、料理を始めた。その意味は、僕にはわからなかった。


クロの準備が整うと、僕たちは使いによって転移された。


目の前には、椅子に座るカラーズの王らしき人物たちがいた。三人は見たことがある。黒、緑、そして青の王。確かにカラーズの王で間違いない。


「遅い!」黒の王ロックが一喝した。


「文句言うなよ。来てやったろ」クロは王に対しても、態度を変えようとしない。


その時、一人の子供がクロに突進していく。「クロ。久しぶり。全然遊びに来ないんだから。」


「悪かった。弁当持ってきたから食うか」クロは弁当を差し出す。


「食べる」子供は嬉しそうに弁当を受け取った。


「イリア・ロドス殿、少し大人しくしてもらおう」ロックは苛立っていた。


「は〜い」イリアは席に戻ると弁当を食べ始めた。結局、うまいうまいと騒がしい。


黒の国ロック・ドラゴスト、白の国ドーニャ・ドラゴスト、緑の国キチョウ・ミスト、赤の国メテス・プロウス、青の国アクス・ミリア、そして中央ギルド国家の王イリア・ロドスが席に着いた。


僕とクロは立って話を聞く。だが、クロは弁当を食べている。教科書ではカラーズの王同士は関わらないと習っていたのに、この状況はどういうことだ。僕は混乱していた。


「さて、今回は黒の王ロック・ドラゴストの命によって集まってもらって悪いな。今回の黄の国の事件について話を聞かせてもらう。内容によっては、カラーズの王が全力でお前たちを殺す」


ロックの言葉に嘘はないだろう。カラーズの王たちの表情も本気だ。


「クロ。前にも聞いたが、『ブラック』を知っているか」強烈な恐怖のオーラが僕たち二人を包んだ。


「知らねえよ」クロはきっぱりと答えた。


「ではアレス。『ブラック』を知っているか」ロックは恐怖のオーラで僕を睨みつける。


黄の国の王エニグマ・ドーンは、クロはブラックだと言っていた。それを、今ここで言っていいものか...。僕は迷った。


「知っているな。俺の前では嘘はつけない」ロックは僕の迷いを見抜いた。


「...はい。クロが...ブラックだと...」僕は、いつの間にか言葉にしていた。


クロは相変わらず何のことかわからないと、食事を続けていた。だが、カラーズの王たちの表情はさらに硬くなった。


「クロ。お前はこの世界を壊す気はあるか」ロックが尋ねた。


「ないけど」クロは何事も無く答えた。


「そうだろうな。その気があれば、ここで暴れているしな」ロックは困っていた。


僕は意を決して話を割って入った。「あの『ブラック』はどういう存在なんですか。なぜカラーズの王たちはここに集まっているのですか?」


ロックは真実を話した。「カラーズとは『ブラック』から守るために作られた国だ。ここからは王とて知らぬものもいるか」


そして、三百年ほど前、ロックやドーニャがまだ幼い頃の、この世界の真実を語り始めた。かつて世界は四国に分かれていたこと、中心部で「ブラック」と呼ばれる魔獣が現れたこと、そして父と母が戦いに行き、帰ってこなかったこと...。


「俺は父の命に従い、カラーズを組織した。己の国のみを自衛する組織だ。グレーゾーンは、異界転移魔術がもし解けた時のための中央貿易都市とは名ばかりの檻を作った。これが世界の真実だ」


話を聞き終えた僕の頭は混乱していた。


「クロ。お前が『ブラック』なら世界を壊す可能性がある。そして、赤と黄の国の王を殺した罪、今殺すべきか。アレス、お前はどう考える」ロックが僕に質問して来た。


僕はなんて答えるべきだ。クロが世界を壊す...。でも、どうしたら...。クロを殺せば、脅威がなくなる。そんなのって...。


(お前は、何になりたい)


師範、ツムギの言葉が頭をよぎる。


「僕が英雄になります」僕は唐突に言い放った。


「英雄になって、クロが暴走したら、僕が止めます。命を懸けて、止めます。だから、今は見逃してください」僕は頭を下げた。


ロックはにやりと笑った。「良い友を持ったな。ならカラーズの王達、ここにいる冒険者アレスにSランク冒険者としての資格を認めるか。認める者は立て。意を示せ」


カラーズの王が全員立ちあがる。そして中央ギルド国家の王イリアも立ちあがった。


「中央ギルド国家もSランク冒険者として認める。これ以上意義を唱える者はいないな」子どもながらイリアはきっぱりと言い切る。


僕は立ち上がった王たちを見て、涙が零れた。あれ...なんで泣いているんだ。クロが助かったからか。英雄になったからか。もうよく分からない。だが、僕は再び頭を下げ、深く礼をした。


「では、英雄アレス。今回の黄の国の事件は、お前が暴走した黄の国の王を殺したことにする。事件の名は『英雄の逆鱗』。クロはその場にはいなかった。いいな」ロックが尋ねた。


「はい。僕がやりました」僕は迷いなく答えた。


「それで、何かカラーズが手伝えることがあるか。昇格祝いだ。願いを聞いてやろう」ロックが僕を試すように聞く。


「はい。カラーズの王達にお願いがございます。黄の国の民が居場所を無くして困っています。どうか受け入れ先を用意して頂けないでしょうか」


「さすがだ。英雄。自分のことより民の安全。そうでなければ、資格を取り消していたところだ。各国への受け入れはすでに進めている。お前たちが遅くて、話は済んだ。今回の一件でグレーゾーンも被害が出ていてな。カラーズの国に住まわすことにした。すぐに移動してきても問題はない。あとはお前のいたSTFだが、孤児の受け入れの関係で白の国で面倒を見ることにした。問題あるか?」ロックは僕に確認を取った。


僕は白の国の王ドーニャを見ると、笑顔を返された。「ありがとうございます。もちろんです。お話お受けします」


「だが、エレメントコアの実験はもうするなよ」ロックはクロを見て釘をさした。


「俺はただの実験体。実験する側じゃねえよ」クロは文句ありげに答えた。


僕とクロは転移で元の場所に戻された。


みんな心配していたが、僕たち二人の様子を見てすぐに安心していた。


それからすぐに、避難民の方には好きな国に行けることを伝えた。ウィッチさんが転移扉で好きに行かせてくれるようだ。気持ちの整理がつかず、考える避難民もいて、全員が国へ行くまで一ヶ月かかった。


STFの件を伝えると、三人は喜んで受け入れた。話し合いでダミアが所長になると言って、白の国に旅立った。旅立つ時にダミアから地図を貰った。どんな人の場所でもわかる地図のようだ。「英雄には必要だろ」と。


その間、僕はクロのトレーニングに付き合った。とにかく実践形式で戦ったが、クロに一度も勝てなかった。そんなクロもロウやヒメには勝てないようで、負けて悔しがっていた。負けず嫌いは治ってないんだな。僕も戦ってみたが、歯が立たなかった。世界の広さ、そして自分の未熟さを改めて知った。


ある日、クロに唐突に聞かれた。「お前結婚しねえの?」


え?なんで知っているんだ。顔に出ていたか。やはりクロはよく見ている。


「なんで知っているんだ?」僕は恐る恐る聞いた。


「普通に女の匂いがしたから」あ...そういうことか。クロの嗅覚はどれだけ鋭いんだ。


「クロはなんで結婚したんだ?」僕は聞いてみた。


「そんなの一緒にいて面白いからだろ」


僕はクロの言葉に驚いた。昔、お前たちは面白くないと言って、世界を卑下していたのに...。


「そうだな。僕もそろそろ旅に出るよ」僕は立ち上がった。


「ああ、振られんなよ。英雄様」クロは茶化してくる。


僕は転移魔術で武器国家まで辿りついた。周囲はどこか怯えた雰囲気を感じる。そうか、グレーゾーンも被害にあったから、もしかすると道場も...。


僕は居ても立っても居られずに走って向かう。人混みをすり抜け、ツムギの顔が頭から離れない。


道場に着くと、何事も無く訓練をしていた。僕はツムギを探した。どこだ、どこにいる。


後ろから声がした。「どうしたアレス」ツムギの声だ。


無事なツムギの姿を見て、僕は無意識に抱きしめた。


「よかった。師範。無事で...」僕は泣いていた。


「バカ。英雄になったのに、泣く奴があるか」ツムギは僕を子供のように頭を撫でる。


ケンゴは僕を見るなり、寄って来た。「アレス。Sランク冒険者になったんだってな。約束忘れたとは言わせねえぞ」一気に詰め寄ってくる。


僕はツムギを真っ直ぐに見つめた。


「僕はあなたに救われた。今度は僕があなたを支えたい。僕はあなたを一番に愛します」


プロポーズをしたが、心臓がはち切れそうだった。


ツムギは冷静に返した。「アレス。ダメ」


え?僕は振られた。なんで?混乱が僕の頭を支配した。


ツムギは僕の手を握った。「私は二番目でいいの。あなたには守るべき民と仕事があるでしょ。それでいい?」


「はい。それでも師範を思う気持ちは誰にも負けません」


「わかってる」


二人は手を握ったまま、見つめ合った。ケンゴは静かにその場から立ち去った。


アレスはツムギと結婚をした。英雄の結婚だから盛大にしたがる者もいたが、アレスはグレーゾーンも被害が出ていて怯えている民がいることを知っていた。


まずは各地を巡って、民を安心させることにした。


道場ではツムギがアレスの支度を手伝う。


「気をつけるんだよ。英雄になったら腕試しって襲ってくる輩もいるだろうし」ツムギは心配していた。


「大丈夫。心配するな。この貰った地図もあるし、何よりもっと強くならないと」


アレスは確かに英雄になった。だが、それが終わりではない、その先を見据えていた。そして、夢見る青年は再び夢を叶える英雄になった。

読んで頂きありがとうございます。

夢みる青年しくじり冒険譚~キャンバス外伝・英雄の章~完結です。

夢見るから夢を叶える英雄になれました。

いくつもの挫折を乗り切り、英雄らしくなったアレス

それでも、英雄になっても、まだまだ精進を忘れない姿。

まさに英雄。

これからが楽しみな終わりでツムギとの結婚生活もどうなるか楽しみですね。

キャンバス~色なき世界のアービトレーター≪仲裁人≫~の第82話で語られなかった部分です。

これからは本編の書き直しと別の外伝をもう1つ書くか検討中です。

本編の続きか外伝どちらがいいか希望があればコメント下さい。

楽しめたら、良かったです。

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