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第17話 逆鱗の英雄

僕たちはボロボロになりながらも、なんとか立ち上がっていた。隣で血を流すクロの肩で、僕の心臓が激しく脈打つ。


「ああ、やってやろう。クロ」


エニグマは右腕が砕けていたが、肉が蠢くような悍ましい音と共に、一瞬で再生していく。そして、全身の筋肉がさらに肥大化し、その姿は鬼神のようだった。


「ワレ最強なりグハハハ」エニグマの絶叫が、魔力となって空気を震わせ、足元の地面さえ揺らした。


「まだだ。僕たちは負けない。そうだろ。クロ」僕は隣のクロを見た。


「当たり前だ。あんなチキンレッグピエロに負けるかよ。お前は一撃でいい。時間は稼ぐ」クロはそう言い放った。僕が全魔力を込めるまでの時間を稼ぐという決意の重さを感じた。


クロの言葉が終わる前に、エニグマはクロの前に瞬間移動し、その体を上空へ打ち上げた。僕はクロが遥か上空で、エニグマの無限のパンチを食らい続けているのを見た。エニグマの腕は破壊と再生を繰り返していたが、その拳の連打は止まらない。


「この感覚は癖になるな」エニグマが笑う。次の瞬間、彼が上空に突き上げた一撃がクロを捉え、凄まじい衝撃波が天空に走った。空の雲が、まるでガラスのように割れていく。


エニグマは地上でクロの落下を待って、クロを国の外まで吹き飛ばした。クロの体は力なく転がり、動かない。(クロ...全身の感覚が完全に無くなったのだろう。だが、頼むもう少し時間を稼いでくれ。)


僕は、魔力を集中させ、光の剣を具現化し、その輝きを何度も重ねて、剣の光を強めていた。


雷が落ちたような轟音と共にクロが消え、エニグマの前に飛び込んでいた。


「ガイア・ストレート!」


エニグマは一瞬で吹き飛ばされた。


「オニの分だ。いいの決まったな」


「マスター。大丈夫」ヒメがクロを見かけて、駆け寄った。「問題ねえ。それよりあっちの方を頼む」クロは僕の方を指さした。「わかった」ヒメは僕の方へ向かって来た。


「手伝うよ。私の今あげられる分の魔力を渡す」ヒメは僕の足に触れる。


体中に魔力が溢れる。これなら何でもできる。お礼を言おうと顔を見た。


「あなたはヒュメルドーナ・メラクレス王女殿下!何でこんな所で?」僕は驚きを隠せなかった。彼女がクロと一緒にいたことは知っていたが、気づかないほど戦いに集中していたのだ。


「いいから。集中して。マスターはあなたに任せたの。意味は分かるでしょ」ヒメは覚悟を決めた目をしていた。


そうだ。クロは僕に任せてくれたんだ。その期待に応えてこその、英雄。僕は僕の限界を超えるんだ。


「ありがとうございます。僕に任せて下さい。」僕は深く頷き、剣の光がさらに増していくのを感じた。


その時、地面から植物のつたが生えて来て、僕とヒメを国の外まで、強引に連れていく。


これはダミアの植物だ。国内の避難が終わったのだろうか。


これだけしてもらえれば、全力で打てる。力をもっと溜めるんだ。


瓦礫からエニグマが出てきた。首は不自然に捻じれていたが、両手で元に戻している。


「ワレを殴るとは生意気な」


「そうか。良い殴り心地だったな。王なんか辞めてサンドバッグでもやってろよ」


「お前は生かしておけないな。危ない存在だ」


「これで終わりにする『神化(しんか)限界突破(エンジンギア・アンリミテッド)!』」クロの魔力が爆発したような風圧を出した。


周囲は熱気に包まれ、地面からは氷の結晶が突き出し、雷雲が上空を漂う。そこに立つクロは、黒い魔力を纏っており、その後ろには黒い炎の光背があった。


「ワレに引かぬか」


「当たり前だろ。再生能力は無敵じゃねえ。魔力尽きたら終わりだ。ここからは我慢比べだ」


2人は拳と拳をぶつけ合う。そのたび、衝撃が国を揺らす。だが、エニグマは瞬間移動をして、死角から殴って来た。


「逃げやがって。真っ向勝負も出来ねえのか」


「ワレはこの世を統べる存在。卑怯も何もないわ。勝ったものが正義だ」


クロは負けじと、速度でエニグマの懐に潜り込もうとしていたが、瞬間移動によるヒット&アウェーで圧倒されていた。


見ていて、クロの足が止まったのが分かった。余りのダメージに打たれ過ぎたのだ。それでも、彼はまだ...立とうとしていた。


「いい加減倒れろ」エニグマは頭上に瞬間移動すると、拳が振り下ろされた。


クロは頭から血を噴き出して、膝をついた。


「・・・まだだ」


「フィナーレだ」


エニグマの拳が触れると同時に、氷の爆発が起こった。クロが発動させたその魔術は、2人を四畳ほどの氷で覆われた部屋に閉じ込めた。足には氷の枷がつけられている。


「捕まえたぞ。王様。グリッドマッチだ」


「こざかしい真似を」


クロの叫びが聞こえた。「こうでもしねえと、瞬間移動で逃げちまうだろ。お前の能力は、物体をすり抜けられないのが弱点だ!」


「では、魔力が尽きた方が負けのデスマッチショーの始まりだ」


お互い容赦のない全力の攻撃がぶつけ合う。ガードなんて生ぬるい。魔力が無くならないと死なない存在同士、細胞全てを破壊し合う戦いだ。


エニグマの凄まじいパンチのラッシュが襲い、クロも負けじと打ち合いに応じる。無限にも感じる時間の中、拳と血しぶきが宙を舞う。


クロの氷の部屋がついに解除された。


「ついに力尽きたか」エニグマは勝ち誇った。


だが、エニグマの表情が凍り付く。国内から感じていたはずの人間の気配がなくなっていたのだ。僕が、一人だけ立っていた。


僕は、ヒメの魔力を受け取り、ダミアに避難させてもらった場所から、魔力の全てを込めた巨大な光の剣を構えていた。


「黄の国の王、あなたは罪を犯した。その罪を断罪する。ビックバン!」


僕が巨大な剣を振り下ろすと、黄の国全体を巻き込んで、光が包み込み、その光の中で無数の斬撃がクロとエニグマを引き裂いた。


その瞬間、クロは最後の魔力を振り絞り、エニグマを全身凍結させて逃げられなくした。


「これを待ってた。最後の魔力勝負と行こうぜ。エニグマ」


「・・・ちくしょう。こんな所でワレは死ねぬ」


「もう終わりだよ。魔力を無理に使いすぎたな」


「・・・こんな所で、ワレは王・・・。なぜだこんなガキに・・・」


僕の一撃が終わると、黄の国は跡形もなく、更地になっていた。とても国があったとは思えない景色に変わっていた。


エニグマが消えゆくのを見届けると、クロは力が抜けて、空を見上げてそのまま倒れた。


「クロ、大丈夫か」 僕は心配そうに駆け寄った。


クロは無言で拳を突き出す。僕もそれに自分の拳を合わせ、二人の拳が軽く触れ合った。


僕はクロの肩を借りて、ダミアによって国外へ避難していたみんなの元へ歩いて行った。みんなは、ボロボロになった僕たちを喜びながら迎える。しかし、まだやるべきことが山積していた。転移させた国民の治療と、今後のことだ。国は完全に失われた。新しい移住先を確保しなければならない。


「ウィッチ、早く戻るぞ」


「任せるのだ。今、準備するのだ」


ウィッチは転移魔術の刻印を描き出した。クロたちは紋章の上に乗り、僕たちは悲しそうに二人を見ていた。


「何見てんだよ。早く来いよ。家ねえだろ。避難させた国民の手伝いも手伝えよ」


僕たちもクロの酒場へと転移した。数年ぶりに、かつての仲間たちが揃った。


そして、黄の国の民が避難していた。僕たちは混乱している民に事情を説明した。Aランク冒険者ということもあり、皆信用してくれた。


クロの仲間は急いで避難民の食事を作っていた。僕たちはケガ人の治療をしていた。


ひと段落するとクロはSTFのメンバーを外に呼んだ。


5人が久しぶりに揃う。クロの近くには墓が2つあった。


「何急に呼び出して」突然のことにダミアがクロに聞いた。


「今日ブラッドを殺した。だからここに墓を建てた。いいだろ。もう1つは俺の仲間だ。データに殺された。全部終わったって報告してやらねえとな」クロは用意していた7つのグラスに酒を注いで、渡した。


5人は沈黙の中、酒を飲んだ。僕は初めて酒を飲んだが、悲しい味がした。


それは、敵を討った後の高揚感とはかけ離れた、ただただ失ったものの重みだった。ダミアの瞳には涙がにじみ、テツオは微動だにせず地面を見つめている。ダンガンはただ静かに、遠くを見つめていた。誰もが言葉を失い、過去の影に囚われていた。


僕たちの戦いは、ここでようやく本当に終わったのだ。そして、この場所で、僕たちはやっと、心からの別れを告げることができたのだった。

読んで頂きありがとうございます。

アレス外伝次回最終回です。

本編読んでいる人は結末を知っているでしょうが、

深堀して話を書きたいと思います。

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