第16話 憧れの英雄
僕の意識は、激痛と屈辱の中でかろうじて保たれていた。顔を踏みつけられる感覚が、全身に焼きつくように残っている。目の前には、勝ち誇ったように笑うエニグマの姿があった。
「いや~。残念だったね。所詮はその程度。王に剣を向けるなど愚民のすること」
その言葉が、僕の怒りを再び燃え上がらせた。だが、体は全く動かない。魔力が完全に枯渇し、一歩踏み出す力すら残っていない。くそ、ここで終わるのか?僕の両親を、仲間たちを、そしてブラッド先生を殺したこいつを、このまま見過ごすのか?
その時、閉じた扉が勢いよく開き、黒い影が部屋に飛び込んできた。
クロだ。
彼は僕の姿を一目見るなり、怒りの表情を浮かべ、迷うことなくエニグマに殴りかかった。
「このむかつく顔面に一発ぶち込んでやる。」
だが、殺気を読まれたのか、エニグマはふわりと後方へと避け、大玉の上で踊り出した。
「キャハハ。ちょっと待ってよ~。いきなり襲ってくるなんて、少しはこの運命的な出会いを堪能しようじゃないか。アーハハハッ!」
腹を抱えて笑うエニグマに、クロは殺意をむき出しにして睨みつける。その背中から、今まで僕が見たことがないほどの怒りが伝わってきた。
「あ~ごめんごめん。まずは挨拶からだよね。ボクはね、エニグマ・ドーン、この国の王だよ。さあ、君の名前を教えてくれよ。プフフフ」
「そんなの言わなくても知ってるだろ。ピエロ野郎。なんだその汚ねえ中身」
クロの言葉に、エニグマは満足げに笑った。
「やはりオレの能力が見えるのか。やっぱり欲しかったな。その赤い目。そうさ、お前の大事に育てていた鬼の力をこの体に入れてある。オレの能力は人形使いに加え、気にいった能力を吸収する能力だ。便利だろ。オレの優秀な駒が、お前のアジトに潜入して殺してくれたおかげで、手に入れられたんだ。いいよな。自分が壊れるほどの超パワー、そこに再生能力も加われば、オレは最強だ」
エニグマの言葉に、僕はゾッとした。彼が「鬼」と呼んだ、かつての仲間から来ているのか?そしてエニグマは、その力を手に入れるために、自分の仲間を使って、彼の大切な存在を……。
「何のために強くなるんだ」
クロが静かに問いかける。その声には、怒りだけでなく、深い悲しみが混じっていた。
「ん~?なんでそんなことを聞きたいのか、ボクにはわからないな~。ボクはこの世界を新しくしたいんだ。君が生まれる遥か前、この世界は朱雀・青龍・白虎・玄武の4つの国しかなかった。ボクはその頃から王だったけど、3か国には興味がなかった。確か200年から300年前だったかな、ブラックという魔獣が現れ、4つの国を跨ぐように、中央を乗っ取った」
「はっ、ブラックなんて滅んだ存在、今は関係ねぇだろ。」
クロは冷静を装っているが、その声がわずかに震えているのが分かった。
「残念だね~。クロ君。彼らは滅んでなんかいない。ここからは教科書に載っていない歴史の授業だ。ブラックは強すぎた。各国の強者どもが挑んだが、成果を上げる者は誰もいなかった。最終的に、奴らが乗っ取った中央部分ごと異界転移魔術で異界に送るしか対抗策なかった。転移させた中央部分ってのが、そうさ今でいうグレーゾーンだ。いつ復活するかわからないブラックのために、中央貿易都市という名ばかりの檻を作ったんだ。俺は異界転移で黄の国の中にブラックを呼び出し、この世界を壊そうとした。それなのに、お前らが邪魔したせいで、今回は呼び出せなくなった。まあ、今となっては、自分でカラーズを全滅させれば問題ない。」
エニグマの語る狂気の計画に、僕はゾッとした。人を駒としか見ていない。目的のためなら手段を選ばない。こんな男が王だなんて…。
「てめえ、本当に王か」
クロの怒りが爆発寸前なのが分かった。僕は震える体を無理やり動かし、エニグマを睨みつける。
「ボクは王だよ~。だからこそ、人を駒として扱える、王としての特権。全部役立たずな駒だったけどな~。君達なら配下にしてもいいよ。」
「断る」
僕の声は震えていたが、迷いはなかった。僕は立ち上がり、エニグマをまっすぐに睨みつけた。
「やっぱりわかってもらえないか」
エニグマはベルを取り出すと、チリンという音と共に上から赤・青・黄の人形がすっくりと下りてくる。
「レディース&ジェントルマン!ボクのサーカスにようこそ!諸君らに、見るも無残な殺戮ショーをご覧に入れましょう!今回の哀れな仔羊は、馬鹿げた正義感を持って、既にステージに上がっているこの2人。何と浅ましく、愚かなことか。さあ、彼らの残酷で無様な死に様をとくとご覧あれ!レッツショータイム!」
2人を煽る口上が終わると同時に、人形が一斉に突っ込んで来た。
クロは人形に突っ込んでいく僕を掴み、後方に投げ飛ばした。
「いきなり何するんだ、クロ!」
「こいつらは俺の能力を基に作られた存在だ。相手するのは俺しかいないだろ!」
クロは三体の人形と一人で戦い始めた。その動きは滑らかで、まるで踊っているかのようだ。僕はクロの戦い方を見て、あることに気づいた。人形はクロの能力の写し鏡だ。
「ファイアー・ストレート!」
クロが放った拳が赤の人形を打ち抜き、胸から赤い光のエレメントコアを抜き取った。
「ガイア・ストレート!」
次にクロは青と黄の人形を同時に打ち抜き、コアを奪い取った。
「全部返してもらった。悪いな、ピエロ野郎。こんなんで俺を殺せると思ってるのか」
クロの言葉に、エニグマはゆっくりと近づいてくる。
「ボクを誰だと思ってる?君が対処できるのは織り込み済みだよ。でもね~。こんな簡単にやられちゃうとは、君の遺伝子を組み込んだ人形も役に立たないね~。どいつもこいつも役に立たねえ、ゴミばっかり。オレのために動けっての。ったく、どいつもこいつも使えねえ。」
「てめえが無能だからだろ。ピエロ野郎」
クロとエニグマは手を出せば届く距離で睨み合った。
「欲しい能力は手に入れた。楽に死なせねえ。オレは最強だ」
エニグマが狂気に満ちた殺気を放った。
「最強?俺に勝ってから言えよ。この、クソピ・・・」
クロが言い終える前に、突然エニグマの強力な一撃が腹部を貫き、数十m先の壁に叩きつけられた。
「クロ!大丈夫か!」
「見せてやる。限界突破」
クロの体から黒いオーラが湧き出てきた。それは、以前赤の王と戦った時に見たものとは似ても似つかない、禍々しい気配を放っていた。全身から噴き出す凄まじい殺気が部屋を覆い尽くし、肌がビリビリと痺れる。
「おい。クロ・・・。どうした?」
異常な事態に、僕は思わず声をかけた。まるで、目の前にいるのは、今まで知っていたクロではない。得体の知れない飢えた獣が、今にも僕に襲いかかってくるのではないかという恐怖を感じた。
「あはははははは。やっぱりこいつはブラックだったんだ。そうだ。伝承にある黒い獣の姿。類まれなる生命力。赤い目。これがブラック。世界を滅ぼす存在」
エニグマの言葉が頭の中で木霊する。クロは一瞬でエニグマまで飛んで行った。速すぎて、僕の目では捉えられない。ただ、血しぶきが舞うのだけが見えた。
エニグマも負けじと、血を噴き出しながらもクロを掴み、地面に叩きつけて放り投げる。だが、クロはまるでダメージがないかのように、すぐに体勢を立て直し、再びエニグマに襲いかかった。
(まさに飢えた獣……)
攻撃が止まらない。エニグマの傷の治りが追いついていない。クロの攻撃は一撃一撃が重く、ついに猛攻の末、エニグマを吹き飛ばした。
エニグマが倒れたのを見ると、クロは後ろを振り向き、僕を見た。その赤い目には、理性が宿っていなかった。
(来る……!)
本能的にそう感じた僕は、すぐに光の剣を具現化させ、クロの攻撃を防いだ。だが、一発の蹴りで僕は軽々と吹き飛ばされる。次の瞬間には、クロが僕の目の前に現れ、引っ掻かれた。鋭い爪が肌を切り裂き、血が滲む。
エニグマは起き上がり、狂ったように笑っていた。
「このまま暴走すれば、このキャンバスは終わりに出来る。キャハハハ」
クソ、エニグマの言葉が本当なら、このままにしては置けない。なんとかしないと。僕は『ラグナロク』で速度を上げ、クロに切りかかる。
だが、攻撃は届かない。
僕はさらに『ラグナロク』を使って速度を上げる。それでも、クロの圧倒的な力に剣は弾かれる。
魔力を出し惜しみするな。
僕は叫び、さらに『ラグナロク』を使い、限界まで魔力を込める。腕が砕け散るような激痛が走る。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
それでも、クロを救えるなら、気持ちで負けるか!
僕は渾身の力でクロを押し、壁に背を付けさせた。そして、その隙を突き、光の剣をクロの胸に突き刺した。
「・・・クロ。目を覚ませ」
僕の声が、震えながらクロに届く。
「うるせえ、起きてるよ。剣抜けよ」
クロの言葉に、僕は呆然としながら剣を抜いた。クロの胸から血が流れ、床に滴り落ちていく。
「良かった。戻ってきてくれて」
僕の目から涙が溢れた。一体、何があったんだ?
「よくわかんねえけど、悪かったな。意識飛んでたんだな。やるぞ。アレス」
クロは平然とそう言うと、傷を瞬時に治癒させた。
「ああ、やってやろう。クロ」
僕たちは再びエニグマに向かって構えた。
「なんだよ。意識戻ったの?戻らなくて良かったのに。まあ、いいや。オレの今ならオニの力100%で終わらせられるから、覚悟はいいな」
エニグマの傷は瞬間的に治り、右腕が10倍以上筋肉で肥大化した。
「すぐには死ぬなよ。嬲り殺し出来なくなる。オーガ・フィスト」
エニグマの拳によって、僕とクロは城の外へ吹き飛ばされていった。
読んで頂きありがとうございます。
あとアレス外伝も2話で終了します。
最後まで読んで頂けると嬉しいです。
今週中には終わらせればと思います。