第11話 挑戦の英雄
道場内は、ざわめきと興奮に満ちていた。静寂を支配していたはずの門下生たちの間から、抑えきれない囁き声が漏れ出していた。
「…信じられない。あのケンゴさんが負けるなんて」
「アレス先輩、本当にすごかったな…」
誰もが、先ほど目の当たりにした光景を反芻していた。ケンゴとの真剣勝負。その全てを受け止め、最後には勝利をもぎ取ったアレスの姿は、彼らがこれまで抱いていた「Bランクの若造」という認識を、完全に打ち砕いていた。
アレスは、勝利の余韻に浸りながらも、冷静に自身の成長を実感していた。ケンゴの剣を打ち破ったことは、紛れもない事実だ。だが、彼の内側にはまだ燃え盛る炎があった。この道場で最強の存在、師範ツムギ。彼女との勝負こそが、彼が真に求めるものだった。アレスは迷うことなく、ツムギに剣を向けた。
「次は師範。あなたを倒します」
その声は、道場に響き渡った。かつてのような不満や苛立ち、傲慢さはそこにはなく、研ぎ澄まされた刃のような鋭さと、揺るぎない覚悟が宿っていた。
ツムギは、それまで静かに座っていたが、アレスの言葉にゆっくりと立ち上がった。彼女の動きには無駄がなく、流れるようだった。そして、愛刀にそっと手をかけた。
「いいだろう。このツムギ、そしてこの愛刀『乱れ桜』が全力でお前を倒す。私との勝負は三日間。その間に私に勝て。それ以上の猶予はない」
そう言い放つと、ツムギは一気に刀を抜き、構えを取った。抜刀の音は、門下生たちの心をさらに緊張させた。静かな雰囲気の中にも、ひりついた空気が満ちていく。ツムギの言葉は、まるで彼女の抱える過去の重みと、未来への覚悟を乗せた宣戦布告のようだった。
「いかせてもらいます」
アレスは短く答え、一気に距離を詰めて仕掛けた。
(以前、師範に負けたのは、その受け流しが完璧だったからだ。同じ手は食わない。受け流しができないほどの威力で切れば、問題ない)
アレスは、先ほどのケンゴとの勝負で掴んだ力の込め方を思い出す。両手の光の剣を強く握りしめ、その刃に魔力を集中させた。手数はこちらが上回っているはずだ。二刀流の利点を最大限に活かせば、必ず突破口は見つかる。
ツムギは、まるで水の流れのように刀を構えていた。その全身に、どこか掴みどころのない、不思議な雰囲気をまとわせている。どこにでも切り込める隙があるように見えたが、それは「かかってこい」と誘う罠のようにも感じられた。アレスは、ツムギの受け流しの才能を思い出し、慎重になった。彼女の剣は、あらゆる攻撃を無効化する盾であり、同時にすべてを切り裂く矛でもある。
長い様子見が続いた。道場は静まり返り、二人の放つ気迫だけがぶつかり合っていた。その静寂を破ったのは、アレスだった。
「はああああ!」
彼は雄叫びを上げ、二本の剣を同時に繰り出した。これならば、どんな達人でも一本は受け流せても、二本同時は不可能だろう。
しかし、アレスの予測は裏切られた。
ツムギの刀は、信じられないほどの精度でアレスの二本の剣を完璧に捕らえていた。一本は力なく受け流され、アレスの体勢を崩した。さらに、もう一本の剣にツムギの刀が速度を上げて追いつき、それもまた受け流された。アレスはバランスを崩し、ツムギの刀が彼の胴体を掠めた。魔力硬化で防いだため、出血はなかったが、その威力はアレスの体に重くのしかかった。彼は地面に倒れ、悔しさに顔を歪ませた。
「大したもんだ。しっかり守れているね。だけど、あと二日どうする。私の刀は、能力のない私に残された可能性…武器に頼ることで、能力者にも負けないんだ」
ツムギは静かにそう言い放つと、刀を鞘に納めた。その言葉は、アレスの心に深く突き刺さった。
その日の訓練後、アレスは一人、人気のない道場で考えていた。
(力技は通用しない。力の込め方は掴んだ。でも、師範はそれを上回る技術で防いでくる。それなら、次は速度で上回るしかない。どうすれば…)
翌日の対決を前に、アレスの心は焦りで満ちていた。二回目の対決は、速度を活かした勝負に出ることに決めた。二刀流から剣を一本にし、身体能力の向上を図る。
翌日、ツムギとの二回目の対決。アレスは、初日とは打って変わって、機動力を重視したスタイルで勝負に挑んだ。一本の剣に集中することで、身体の動きは軽快になった。
「…これなら」
何度もツムギの周りを回り込み、隙を探る。速さで翻弄すれば、きっと勝てると信じていた。しかし、ツムギはアレスが剣を振り下ろす前に距離を詰め、一瞬の隙をついて切り込み、彼を倒した。
「作戦はいいが、実践レベルに達していないな。実践では相手は待ってくれないぞ」
ツムギの言葉が、アレスの心に突き刺さった。ツムギは、アレスの動きをすべて読んでいたかのように、完璧なタイミングで攻撃を仕掛けてきたのだ。
アレスは、どうすれば速度を上げられるのか、一人木刀で素振りをしながら頭を悩ませた。剣を振るうごとに、答えの見えない焦燥感が彼を苛む。能力の使い方をどう変えればいいのか、考えが浮かばない。
(くそ、どうすれば…!このままじゃ…!)
その日はもう、限界だった。
「今日はもうやめよう…」
風呂に入って頭を空っぽにしようと、木刀を片付けようとした時だった。誤って、持っていた木刀を地面に散らかしてしまった。
「何やってるんだ、僕は…」
苛立ちながら、一つずつ木刀を拾っていく。その時、アレスの頭の中で、昨日からのすべての記憶がフラッシュバックした。ケンゴとの勝負、ツムギとの二度の敗北、そしてツムギが言った「武器に頼ること」という言葉。
拾い上げた一本の木刀が、彼の手にしっくりと馴染む。もう一本、もう一本と拾い上げるうちに、彼の脳裏に、いくつもの剣のイメージが浮かび上がってきた。
(これだ…!これなんだ…!)
それは、ただの直感ではなかった。確信に満ちた感覚。今度こそ、やれる。アレスの目は、再び輝きを取り戻した。
最終日。
アレスは、道場に足を踏み入れた瞬間から、これまでの二日間とは全く違う雰囲気を放っていた。彼の表情には迷いがなく、ここでの全てを出し切る覚悟が宿っている。
「いい面構えだ」
アレスの雰囲気を感じ取ったケンゴが、静かに呟く。
ツムギは無言で構えを取った。言葉はいらない。剣で語るのみ。
アレスも同じ気持ちだ。この剣で、師範に答えを出す。
二人が向かい合う。静寂の中、互いの気迫だけがぶつかり合い、嵐の前の静けさを感じさせた。
アレスは両手を光に包まれた。それは、かつて彼がクロを模倣しようと剣を実体化させた時の輝きとは全く違う、彼の内から湧き出る、純粋な光だった。彼は光を上にかざすと、数十本の剣が道場の地面に突き刺さった。
「ラグナロク」
アレスが技名を叫び、一本の剣を拾い上げた。だが、彼はその剣を振るわず、自身の体に吸い込ませるように取り込んでいく。アレスの全身から、眩い光が放たれる。
アレスの身体能力は人間の域を超え、超高速でツムギに切りかかった。それは、単なる速度ではなく、剣そのものが彼の体と一体化したかのような、予測不能な動きだった。
ツムギは刀を構え、アレスの攻撃を防ぐが、鈍い音が道場に響いた。音のしない戦いを得意とするツムギが、アレスの速度についていけなかったのだ。アレスの攻撃は止まらない。加速して、加速して、終わりのない猛攻を仕掛ける。それはまるで、彼が創造した剣の嵐だった。
ツムギも負けじと攻撃を防ぐが、アレスの勢いに徐々に押し負けていく。
そして、ついにその瞬間が訪れた。アレスの剣がツムギの首元で止まり、決着がついた。
「はあ…はあ…僕の勝ちです」
アレスは息を切らしながらも、はっきりと勝利を宣言した。
ツムギは静かに刀を鞘に納め、アレスを真っ直ぐに見つめた。
「ああ、私の負けだ。誇っていい。お前は強い」
ツムギはアレスの成長を、静かに、そして深く認めた。この勝利は、アレスが「親殺しの英雄」の影を乗り越え、自分自身の力で道を切り開いた、真の英雄への第一歩だった。
読んで頂きありがとうございます。
道場での話はここまでこれからはAランクになるだけです。
不定期で申し訳ございませんが、読んでもらえると嬉しいです。