双子の転生者は人類の敵にはなりたくなかった
「もし君が人類の敵になっても、僕だけは君の味方でいるよ」
と、彼は言った。
「もしあんたが人類の敵になったら、誰より先にぶん殴りに行くからね」
と、私は言った。
ここではない世界から一緒に転生してきた私たちは、前世では年の差二歳の姉弟だった。今は私が妹だ。とはいえほんの少しの差である。双子なので。
転生者というものは危険なのだと女神は言った。ごく稀に紛れ込む異世界の魂は力が強い。もし上手く環境に適応できずに傷付き絶望すれば、この世界を憎み、神々を恨んで、強すぎる力を持て余した挙句、魔王になってしまうかもしれないらしい。
私は別に世界を滅ぼしたいとか、人類を根絶やしにしたいとかは思っていない。おそらく弟……いや、兄も同じだ。ただ普通に穏やかな生活ができればそれで十分である。
でも、周囲が私たちを放っておいてくれない。多すぎる魔力、本来ならできないはずの『適性のない属性』の魔法を使えること。私たちの闇堕ちを監視するための女神の加護もある。注目を集めるのも当然だった。
私がうっかり習得した収納魔法は伝説の賢者様にしか使えなかった魔法らしい。知らなかったよそんなこと。そもそも覚えられる人がいないなんて聞いてない。
兄はと言えば、闇属性があるのに聖属性の治癒魔法が使えるせいでやはり騒がれている。おまけに闇魔法も強力だ。毒とか幻影とかはともかく、精神操作は流石にまずい。
人間という生き物は臆病だ。異質なものを排除しようとするし、自分たちより強い相手には『いつか攻撃されるのでは』と警戒する。
気付けば私たちは住む場所を失っていた。二人で家を追い出されたのだ。兄は徴兵を拒んだから。私は政略結婚を断ったから。
しょうもない理由だと思う。けど、私たちが言うことを聞かないという状況を国は放っておけなかったのだ。言うことを聞かないというだけで『敵意あり』と判断したのだろう。
国からの処罰を警戒した両親は、私たちを家から追放し、勘当することで責任を逃れようとしているのだと思う。
両親に見捨てられたことは、不思議と悲しくなかった。私には兄がいるし、前世の家族の記憶もある。今世は貴族に生まれたこともあって、両親とはなんとなく親しみきれずに距離を感じていた。
私も兄も、着の身着のまま放り出された。まあ、私には収納魔法があるから、それなりに換金できるものも持っていたわけだけど。
着ていたものを売り、古着を買って着替えた。差額で予備の服を買うこともできた。私のブローチをひとつ換金して、今後の生活費にあてる。
私たちは幻影の闇魔法で髪の色を変えて、宿に部屋を借りた。けれど、いつまで隠れていられるだろう。流石に処刑まではされないと思いたいけど。
「参ったねぇ。これからどうする?」
「そうね……とりあえずこの国からは出た方が良いと思うけど、身分証がないと国境を越えられないでしょう?」
「それなら僕、たぶん偽造できるよ」
「え……」
「偽造って言うか、偽装?」
双子の兄はにっこりと笑った。
「幻影と精神操作の魔法でただの紙切れを身分証だと思わせることができると思う」
「いや、それは。まあ……仕方ないか……」
不正はしたくないとか言っている場合じゃない。すでに私たちに関する良くない噂が流されている。もちろん根も葉もない話ばかりだ。元が貴族で有名だったから、噂も流しやすかったのだろう。
「でも、どこにいくの? 他の国でも同じことにならない?」
「それなんだけどさ。ちょっと考えがあって」
私たちはある人に会った。私とは初対面である。兄が言うには、その青年は優秀な冒険者で魔法士として有名らしい。
兄は以前から『せっかく剣と魔法の世界なんだから、冒険者になるのも良いよね』などと言っていた。今までは私たちの貴族という立場が許してくれなかったけど、興味を持って調べてはいたようだ。
「急にすみません。お時間ありがとうございます」
そう言ってよそ行きの笑顔を浮かべた兄に、相手は警戒している様子だった。
「私に何かご用ですか? 依頼ならギルドを通していただかないと」
「単刀直入にお聞きします。あなたはエルフですよね?」
青年の顔が強張った。
「何の冗談……」
「僕には幻影や偽装が効きません」
彼は私にはただの人間に見えた。けれど、兄が言ったことは事実だったらしい。青年がため息をついた。
「何が望みですか。まさか、言いふらすつもりじゃ……」
顔色が悪くなったのも仕方ないだろう。エルフには人間から迫害されていた過去がある。
「僕たちを保護して欲しいんです。エルフの森で」
「何故?」
「どうやら僕たちは人間の国では暮らしにくいようなので、他の種族の国ならどうなのかなぁと」
人間のふりをしたエルフはため息をついた。
「私には森を出てきた理由があります。そう簡単には帰れない」
「なら、案内だけでも構いません。ああ、護衛は結構。僕たちは強いですから」
「あなたたちは……まさか、最近噂になっている、伯爵家の双子ですか」
今度は私たちが警戒する番だった。まあ、顔には出さないけれど。
「そうだとしたら、何か問題なの?」
「いえ……わかりました。案内、引き受けましょう。ただし、私への指名依頼として」
「それは、ギルドを通して、それなりの報酬を支払う……ということかしら?」
「ええ、そういうことです」
私はネックレスをひとつ換金して、エルフの森への案内料を払った。道中、襲ってきた狼の魔獣は兄が嬉々として倒していた。冒険者っぽいことができて嬉しかったらしい。
エルフは私たちを受け入れてくれた。ただ保護してくれただけじゃない。大歓迎だった。
「もちろんずっとここで暮していいんだよ。でも、代わりにちょっとだけ働いてくれるかい?」
里長と呼ばれているエルフがにこにこと笑う。
要求されたのは、森に張り巡らされた結界を維持する手伝いや怪我人の治療、水の浄化、魔石への魔力の充填……と私たちには難しくないことばかり。それと、転生する前の異世界での暮しについて話して欲しいと懇願された。
長く生きるエルフたちは、何かと暇を持て余し、新しい刺激を必要としていた。私たちの中途半端な科学の知識や、前世にあった色々な物のことを聞くのが楽しくて仕方がないようだ。
案内をしてくれた例のエルフは、元々は森から追放されていたらしい。けれどそれも許されて、今では私たちの世話係のような立場になっている。
このままこの暮しが続くなら、私も兄も魔王になんてならないだろう。きっと『もしも』は起きない。今はせめて、居場所をくれたエルフたちの役に立ちたいと思っている。
「あーあ。こうなるならもう少し、日本で真面目に勉強しておけばよかった」
兄はそんな風にぼやくけど。
「あら。蒸気機関や火薬を開発してしまったら、私たち、それこそ排除されるかもよ?」
この世界が穏やかなのは、きっと科学が発展していないことも理由だろう。女神を敵に回すことだけは、したくないなと私は思う。
「まあ、もし君が女神の敵になっても、僕は守るつもりでいるからね」
「そう? もしもあんたがこの世界を壊すなら、女神よりも先に私が叩きのめしてやるけど?」
私たちは顔を見合わせ、どちらからともなく、声を上げて笑った。