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孤独の少女

作者: 笹門 優

触らぬ神に祟りなし?



「お嬢ちゃん、ひとりなのかい?」


 そんな怪しい言葉が聞こえたのは真っ昼間の繁華街。 その何処とも言えない様な路地裏からだった。


 視線を向けると日中故の濃い影の中に、脂ぎった中年男と、黒髪を腰程までに伸ばした十代半ばと思しき女の子が見える。 勿論童顔で実は成人年齢という可能性もあるが、この状況なら間違っていても情状酌量の余地はあるだろう。


「わ~、おっまわりさ~ん」


 いかにもな棒読みで国家権力の犬を呼ぼうとすると、中年男はぱっとこちらに振り向き、「お、おれは迷子かどうか気になっただけだからな!」と、解りやすい言い訳をしながら小走りに走り去ってしまった。 シンプルでいかにもな反応過ぎて呆気ととられるもののボクは気を取り直して女の子の方に向き直る。


 ――キレイな子だ。


 それが第一印象だった。


 整いすぎる造詣はまるで人工物の様で、でもそれはヒトの手では創り出せないのだと、そう思わせる美しさだ。

 先程思ったよりも更に幼く見える顔立ちなのに、可愛らしいではなく、不思議とキレイだと、美しいと思ってしまう、そんな外見なのだ。

 幼げな顔立ちとは言え、被造物の様な外見と雰囲気は、「そんな年齢だとは思わなかった」という言い訳の立ちそうな印象すらある。


 そんな彼女は真っ黒いワンピースを着て、ただ佇んでいた。 去って行く男を見送る様にそちらを見つめ、少しそうした後に漸く割り込んできたボクを見た。



「何故、邪魔をされるのですか?」


 ボクが言葉を発せずにいると、少女の口から鈴を転がす様な声が鳴り響いた。 だがその内容は不思議なことにどう聞いても文句である。


「……邪魔、と言うか、こちらとしては助けたつもりだったのだけど」


「ああ、なるほど」


 ボクの言い分を聞いて少女の表情が歪に変わる。 そこまで大きな変化ではないはずなのに、恐ろしく醜悪になった、そんな気がした。


「助けた、という大義名分を以て、この幼い肢体をを好き放題にしたいと、そういう殿方でありましたか」


「そんなこと欠片も考えてないよ!?」


 唐突にとんでもないことを言ってきた少女に思わず大声を出してしまう。 だが目の前で大声を出されたというのに、この少女は表情のひとつも変えずにいる。


「本当に?」


 じっとボクを見つめる黒真珠の瞳。


 一対のそれは隠された真実を見つけださんと、貫く様に輝いている。

 それは視線でなく、言うなれば視『閃』であり視『尖』だ。

 視るという行為だけで相手を貫く、邪視の槍。

 縫い止められたかの様に身体が動かなくなったのは、その視線の強さに緊張させられたせいだろうか?



 一歩、彼女は足を進める。


 本当に小さな女の子だ。 近づけばその小ささがはっきりとしてくる。

 身長175㎝のボクの、胸の辺りほどもないその高さは130㎝程度しかないのではないだろうか?

 先程思った彼女の想定年齢を一気に下げる。

 如何に美しく、如何に人外染みた造詣であっても、この少女は小学生だろう。


「ところで、困ったことがあるのですが、聞いて頂けませんか?」


 視線はボクから外れない。


 じっとボクを見つめながら、少女はもう半歩前に進んだ。

 お互いの息が掛かる様な距離。

 何処からか漂う甘い様な匂いは彼女のものなのだろうか?

 狭い路地裏に立ち籠める様に籠もってきた香りは彼女のものなのだろうか?


「……ぁ、あ……」


 ボクは言葉を詰まらせる。 何故か言葉を詰まらせる。


 「ああ」とか「はい」とか、たった二文字の言葉がはっきりと出て来ない、もどかしい口。


 それでも了承の意を酌んで貰えたのか、少女はそっと微笑みを見せる。

 その微笑みに胸を貫かれるかの様に感じたボクは、何処かイカレてしまったんだろうか?


「先程の方にはわたくしの食事に成って頂くところでしたの」


 微笑みのまま少女は、寄り添う様にボクにしなだれる。


 まるで恋人の様に、そっと。


 その言葉にボクは理解する。 漸く理解する。


 ああ、逃げなくてはいけないと理性が叫ぶ。

 走って逃げろと脳が命令する。

 だが、ボクはその身を動かす事も出来ない。


 ――もうボクの身体は無数の邪視の槍でこの場に固定されているのだから。


「安心して下さいな」


 少女は微笑む。


 蕩ける様な熱を帯びた微笑は酷く官能的で、(つや)めいている。

 大人の美貌、(なま)めかしい双眸、しかし蠱惑的な表情を象るその体躯は幼く、酷く背徳的だ。


「痛みは感じませんし」


 頭の中に霞が掛かる。


 夢の中にいるように、徐々に思考がぼやけていくのが解る。


「恐怖も絶望も、消えていきますわ」


 だが、彼女が言う程ボクは恐怖も絶望も感じてはいなかったように思う。


 驚きではあったけど、その感情は恐怖でも絶望でもなかっただろう。

 この感情は……、今この心に沸き上がる感情はそう言ったマイナス要素を含むことばではなかったのだ。 ああ、アタマにきりがかかる。 まっ白に……まっしろに……。


「ありがとうございます」


 まるでボクのこころをよんだかのような、かんしゃのことば……。


 ああ、そうだ……


 このきもちは…………


「それでは、頂きますわ」



 憧憬、だ






           ごくん

種族:黒い少女

生まれ:蠱毒

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