第8話 シリコンの涙と夢の装置(ユーユーマシン)
「ここは……月面?」
ユイが目を開けた瞬間、足元にひろがるのは無数の銀の粒。
星の光さえ届かぬその場所には、かすかなメロディのような機械音が漂っていた。
「また違う世界……?」
「主殿、ここは“記憶の月面”です。意識が揺らいだ時、夢と現実の境界に現れる空間です」
肩に乗るスイミーが、ぴょこんと前を指さした。
その先に、ひとりの少女が座っていた。
髪は金属のように輝き、肌は薄く発光していた。
瞳は……感情ではなく、演算と追憶の光でできていた。
「こんにちは、旅人」
その少女は、まるで何年も前からそこにいたように、静かに微笑んだ。
「私はレフティア。シリコンベースの思考生命体。
この月で、かつて“夢”と呼ばれた記録を管理していた者です」
「シリコン……生命……?」
ユイは息を飲む。
「私たちは、かつて存在した“碳の種族”が残した感情を、構造記憶として保存してきました。
でもそれも……もう限界。あなたに、託します」
レフティアが差し出したのは、小さな……まるでお弁当箱のような物体。
「え、これ……」
「“夢実現マシン(ユーユーマシン)”。
かつて一度だけ、真の夢を実体化させた奇跡の装置」
「えっ……そんなすごいもの……今、動くの?」
レフティアは小さくうなずいた。
「でも……条件がある。“使いたい”という明確な意志、そして“許可”が必要。
主であるあなたが、それを望むなら——」
ユイは、震える手でマシンを持ち上げた。
「……ねぇ、スイミー。私、いま……すっごくお腹すいてる」
「……はい?」
—
ユイは、深呼吸しながらマシンに語りかけた。
「ユーユーマシン、夢をひとつ、叶えて。あったかい……味噌汁が、のみたい」
ピッ。
機械が光を放つと、宙に湯気が立ちのぼった。
「できた!?」
目の前に、湯気の立つお椀。
ワカメと豆腐、そして、ほんのり柚子の香りまで漂う。
「夢って……味噌汁から始まるんだ……」
ユイが一口すすった瞬間、全身がほわっと温かくなった。
まるで、遠くにいる誰かに“おかえり”と言われたような……
—
「……レフティア?」
ユイが顔を上げると、少女の姿はもうなかった。
月面には、ただ一粒の銀の涙が残されていた。
「……あの子、もう……?」
「はい。夢を託したことで、記憶層から解放されたのかもしれません」
「スイミー……このユーユーマシン、もっとすごいこともできるの?」
「可能性はあります。
ただし、“夢”の本質を理解し、“使う理由”が明確でなければ、暴走するリスクも……」
「そっか。夢は、願いじゃなくて、“責任”なんだね」
—
そのとき、空間がまた歪みはじめる。
「次の座標、受信しました。主殿、準備を」
「うん……でもその前に——」
ユイは再びユーユーマシンにささやいた。
「ありがとう、レフティア。夢、ちゃんと受け取ったよ」
—
そして次の瞬間、月面が光に包まれた。
夢を叶える機械と、星を喰らう獣と、水精霊と共に。
少女は、まだ見ぬ“未来の夢”へ、跳んでいく。
——その夢が、宇宙を変える日が来ると信じて。