第6話 時の海に咲く想い
「跳べた、の……かな?」
ユイの足元に広がるのは、青く揺れる水面だった。
だがそれは水ではない。——時間そのものだ。
ここは、「時の海」と呼ばれる場所。宇宙穿梭剣によって一瞬だけ開かれた、“過去”と“未来”の間に揺れる無時間層だった。
「誰も……いない。でも、懐かしい匂いがする」
空気はやわらかく、遠くで鈴の音がする。
ユイはそっと歩き出す。足元の水が、彼女の記憶をさざめかせるように揺れる。
そのとき——
「君か。ここに来るとは思わなかった」
振り返ると、そこに立っていたのは、一人の青年だった。
白い衣に身を包み、まるで光そのものから生まれたような存在感。
「あなたは……?」
「僕は“ルイ”。君と同じ、未生の者だ。けれど少し……先に、目覚めただけ」
その声音はどこか懐かしく、心の奥をくすぐる。
ユイはなぜか、この人を“知っている”気がした。
—
ルイはユイを見つめたまま、ゆっくりと語り出す。
「この“時の海”は、未来の記憶と過去の予兆が交差する場所。
君はこの先、“火の鍵”だけじゃなく、“愛”というものも試される」
「……愛?」
ユイは目を瞬かせる。だがその言葉に、胸のどこかが微かに熱くなる。
「たとえば、誰かを守りたいと思った時——
跳ぶべきは“場所”じゃなく、“心”だ」
ルイの目は優しく、けれどどこか寂しげだった。
「僕は、ここで誰かを待っているんだ。とても大切だった誰かを」
—
その時、水面が揺れ、ユイの足元から記憶の泡が昇った。
——母の声。「あなたは、この宇宙の意味を知るために生まれた子」
——誰かの手。「また会おう、いつか“時の花”が咲く時に」
「ルイ……もしかして、あなた……」
「それは、いずれ分かるさ。けど今は、戻りなさい。
次に跳ぶべき“未来”は、君の手で選ぶんだ」
そう言って、ルイは手をかざした。
—
「……あ、待って!」
ユイは思わず駆け寄る。
「あなたは、誰かを待ってるって……
その“誰か”が私だって、思ったことはないの?」
その瞬間、ルイは少し驚いたように、そしてふっと笑った。
「やっぱり……君は、あの時と変わらない」
時の海が、ゆっくりと閉じていく。
—
気がつくと、ユイは元の火の核層に戻っていた。
手には、宇宙穿梭剣。そして心には、ほんの少しの温かさ。
「ルイ……あの人、本当に“未来”の人だったのかな」
——だがその問いに、答えはなかった。
ただ、胸の奥で静かに咲いた想いがあった。
それはまだ名もない、“時の恋”だった。