第5話 火の鍵を探す者
「水の記憶」が消えた瞬間、ユイは吸い込まれるように膝をついた。
まるで宇宙の縫い目がほどけたかのように、景色が音もなく変わる。
——そこは、乾いた光に満ちた場所だった。
空も、地も、すべてが薄い金色で塗りつぶされた世界。
まるで太陽が何十枚も重なったような、不自然な明るさ。
「ここは……“火の核層”? 水の次は、火……ってこと?」
手にした小さな殻が、じわりと熱を帯びる。だが、それは“水精霊”の殻ではなかった。
「……って、ちょっと待って、これ——ただの弁当箱!?昨日の残り!?」
ユイの顔が、一気にしょんぼりする。
「見なかったことに……うん、うん、これ夢だから。気のせい……」
その瞬間、頭の中に声が響く。
『探しているのは、“火の鍵”だろう?』
ユイは反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、黒い長衣をまとった人物。顔はフードに隠れている。
「あなたは……?」
『私は導く者だ。だが君が、“火”を使うに足るかを試す必要がある』
そして、彼の足元に——一本の剣が、ゆっくりと浮かび上がる。
「それは……剣?」
『“宇宙穿梭剣”——時空の継ぎ目を裂き、次の夢へと跳ぶ鍵だ』
銀の光を放つその剣は、星の残光を帯びて脈打っていた。
ユイは手を伸ばしかけて——そして、ぐっと止まる。
「え、ちょ、なんで弁当箱と一緒に持ってんの私!?」
左手には、なぜか昨日食べかけだったレモンゼリーの容器が……!
『それではない』
『ゼリーでは、宇宙は切れん』
「分かってますうううう!!」
—
だが、ユイが本当に恐れていたのは——“火の鍵”を持つことによって
自分の中に何かが目覚めることだった。
導き手は言う。
『火は破壊と跳躍の両義を持つ。鍵を選ぶとは、自ら燃える覚悟を持つことだ』
ユイの瞳に映った“宇宙穿梭剣”は、星の記憶を宿したまま、静かに待っていた。
そして、空の片隅で、何かが見ていた。
白い仮面の男、星の影に潜む者。
その目が細められる。
『鍵が動く。ついに、始まるか……“逆意連環”の回収が』
—
だが、ユイはまだ知らなかった。
鍵の力が、ただ“跳ぶ”だけではないということを。
それは——**星を還す咒**と共鳴するものだった。
そして、火の鍵がユイの指に触れた瞬間。
彼女の胸に、誰かの声が重なる。
『かえれ、光のはじまりへ――星還を、我が意に』
——咒文が、ユイの中で目覚めた。