第19話 九聖龍の予兆と風命環(ふうめいかん)
ついに“透宇ミラー”を起動させたユイの瞳に映ったのは、
鏡の奥で脈動するもう一つの宇宙だった。
波打つ光の渦――そこは、存在すら疑われていた空間『オルビオン領域』。
ここには、星霊たちが交差し、無限の意志が交錯すると言われている。
ユイがその空間に足を踏み入れた瞬間、足元に星図が浮かび上がり、
銀河を司る九つの道が交差している中心に、一つの印が灯る。
――「これが……“九聖龍”の予兆?」
やがて空間の奥から、ぼんやりと龍のような影が現れる。
その姿は実体ではなく、記憶そのもののように薄く震えていた。
「我は“紫焰龍”。
夢と現の狭間を見守る、九つの柱の一柱だ」
意識の中に直接響いてくる声。
言葉でなく、魂の波動で語りかけてくるような感覚。
ユイは思わず、ひざをついた。
紫焰龍の存在は、ただの生命体ではなかった。
それは、“宇宙の情動”が形をとった存在だった。
「道具を探しているのか? それならば問おう。
お前はまだ、“想い”という力の重さを知らない」
紫焰龍の周囲に、九つの異なる記憶の輝きが見える。
それはまるで、異なる時間軸を写し込んだ星の記憶。
ユイは、その中の一つ――“風の記憶”に手を伸ばした瞬間、
空間が大きく揺れ、景色がぐにゃりと歪む。
気がつくと、ユイはまゆ、みく、かなの三姉妹と共に、
どこかの古代遺跡のような場所に立っていた。
「ここは……?」
「“記憶の試練”よ。たぶん、私たち……見られてる」
まゆの言葉と同時に、空から無数の目が降り注ぐ。
それは紫焰龍の記憶が作った“審判の風”――
本心を試される、精霊の風。
風が触れた瞬間、ユイの心にかすかな声が響く。
(お前の願いは、“未生”の彼方に届くか……)
風が静まると、三姉妹の前に突如として光の道具が浮かび上がった。
それは「風命環」――風と意志を結ぶ、最初の神器。
紫焰龍の声が再び心に届く。
「一つ目の道具は、心を越えた“風の覚悟”だ。
これを持って進め、次の龍のもとへ――」
ユイの掌に風命環が吸い込まれるように馴染み、
風のささやきが絶えず耳に残る。
「九聖龍……次は、どこに……?」
その時、どこからか声が響いた。
「おやおや……“鍵の巫女”も、風に選ばれたようですね」
姿を現したのは、神秘的な装束を纏った人物――
名を、富世 武雄。
彼の眼差しは、すべてを見透かすような深淵を湛えていた。
「次の扉は、夢と火の記憶が交わる“ラズフェルノの斜陽”。
そこへ導くのは……精霊の誓いと、火の鍵です」
ユイは静かにうなずいた。
物語は、まだ始まったばかり。
――つづく