第17話 鍵の殿堂〈ノウメニア〉、封じられた星の心音
夢が波のように引いたその後、ユイはまるで浮遊するような状態で目を覚ました。
辺りは静寂に包まれ、空間そのものが記憶を抱えて震えているようだった。
「……ここは?」
目の前にそびえるのは、月光のような輝きを放つ巨大な門。
扉の上には、古代文字に似た曲線が連なっており、どこか懐かしさを感じさせる音が風に乗って響いていた。
「鍵の殿堂〈ノウメニア〉——」
夢の記憶のどこかで聞いたことのある名前だった。
ここは、“まだ開かれたことのない扉たち”を封印する場所。
ユイが立ち入ったことで、世界のバランスがほんの僅かに揺れた。
そのときだった。
「……あなた、ようやく来たのね」
振り向くと、そこに立っていたのは銀髪に紺の羽織を纏った女性。
その声は、まるで何百年もの時間を閉じ込めた湖のように澄んでいた。
「わたしは――浮殿 今日子。」
ユイは息を呑んだ。名を聞いただけで、何か大切な記憶に触れた気がした。
今日子は優しく微笑むと、殿堂の扉に手をかざした。
すると、扉の一部が透けていき、中から無数の「鍵の欠片」が宙を舞った。
「これは、“未生”の心を繋ぐ鍵。あなたには、まだすべてが見えていない。」
欠片のひとつがユイの胸元に吸い込まれ、光となって溶けた。
——その瞬間、封じられた記憶が波紋のように脳裏に広がった。
◇
星噬獣の咆哮。
透宇ミラーに映った“もう一つのユイ”。
夢実現マシン(ユーユーマシン)が叶えた“ただの味噌汁”。
生翔機がダイヤをもぐもぐ食べている場面。
そして、水のパスワードを解き、意識供水を起動する水精霊の声——
「……これは、私の記憶?」
だが、その記憶の最後に浮かんだのは、一度も出会ったことのない男の姿。
黒衣の男。
その手にあるのは、古びた筆。
名前も知らないはずなのに、ユイはその名を知っていた。
「富世 武雄……」
その名が、心の奥底に残っていた“鍵”を静かに震わせた。
◇
「あなたの旅は、次の段階へ進むわ」
今日子の言葉とともに、殿堂の奥から“三つの光”が現れた。
紅。碧。金。
それは、まゆ・みく・かな——三姉妹の存在を示す光。
そして、物語がまたひとつ交差しようとしていることを示していた。
ユイは一歩踏み出す。
星の心音が、微かに響いた気がした。
つづく