第15話 忘却界層ミラージュ・ノクスへ
“記憶の彼方に沈んだ鍵を、想いの光で掘り起こせ。”
◇ ◇ ◇
空間がねじれ、光が逆流するような感覚。
ユイとネルの身体は、確かに“どこにも属していない”場所に降り立った。
そこは、**忘却界層ミラージュ・ノクス**。
「ここが……火の鍵が封印されている、記憶の迷宮……」
ネルの声が震えている。
空には何もない。あるのは、思い出されなかった夢たちの“影”だけ。
誰かが紡ごうとして忘れ去った物語、想われたことすらない言葉たち。
そのすべてが、ここに沈殿していた。
「ユイ、気をつけて。ここでは“思考”さえも飲まれる」
ネルの忠告が遅かった。
ユイの足元から、影がゆらりと立ち上がり、声なき問いを投げかける。
――おまえは、本当に“望んだ未来”に行く覚悟があるのか?
ユイは迷いながらも、胸元にそっと手を当てた。
そこには、かつて精霊ネルから託された「水のパスワード」が宿っている。
「私は……行く。思い出すためじゃなく、“思い出してあげる”ために」
その瞬間、ユイの背後に青白い光が集まり始める。
「来たな……!」
闇の中から現れたのは、火の鍵を守る**影の守人**。
全身が黒曜石のように輝き、瞳には燃えるような赤。
「光を知る者は、必ず影に焼かれる。
お前に“炎の継承”の資格があるか、試させてもらおう!」
ユイは思わず構える。しかしその手に、武器はなかった。
……そのとき、ネルがさっと何かを差し出す。
「ユイ、これを!」
そこには、彼女の記憶の奥に眠っていた**幻想の剣《宇宙穿梭剣・カイリュウ》**が。
「これは……」
「あなたなら、“思想”で使える。これは意識で操る剣。
肉体ではなく、“夢を信じる意志”が刃になる」
ユイは剣を受け取り、深く息を吸い込んだ。
「行くよ……“セイシジュウ”でさえ貫く、この想いの力で!」
剣を握る瞬間、彼女の声が響き渡る。
「夢閃煌牙!」
放たれた一閃が、グレイル・ラグナの影を切り裂き、
空間全体が激しく震えた。
ラグナは静かに跪き、炎のような鍵を差し出した。
「その力、確かに見届けた……継承者よ。
だが気をつけろ。鍵は扉を開くためにある。
その先にあるものは、希望だけとは限らぬぞ」
火の鍵が手に触れた瞬間、ユイの視界に、
“未来の記憶”が一瞬だけ走馬灯のように流れた。
――星が哭く未来、夢が断絶した世界。
「未来を、変えられるの……?」
「ううん、変えるんじゃない。**“新しく描く”**のよ」
ネルの言葉に、ユイは静かにうなずいた。
そして、二人は“帰還の光路”を辿る。
……しかし、その遥か後方で、
忘却の闇が、ひとつの“意志”として動き始めていた。
つづく