第1話 扉の向こうに在るもの
はじめまして、日ノ青さくらです。
この作品は、“未だ生まれていない物語”をめぐる少女の旅のはじまりです。
幻想と哲学のあわいを描いた物語を目指して、初めて筆をとりました。
拙い部分もあるかもしれませんが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
その日、少女は夢を見た。
静かな湖面に映るもう一つの空。
逆さまの雲、逆さまの月、逆さまの―――扉。
見上げているのか、見下ろしているのか。空と水が曖昧に溶け合い、境界のない世界が広がっていた。
「ここは……どこ?」
声は風に溶け、波紋となって消えていった。
それは夢ではない。けれど現実でもない。
そう、未だ生まれていないものたちの棲む“未生”の空間。
静寂の中、どこからともなく風鈴のような音が響いた。
音の主はなく、ただ空間が鳴っているようだった。
少女の名はユイ。
目覚めたとき、彼女の手の中には、小さな銀の鍵が握られていた。
重さはほとんどなく、それでも確かに、冷たい感触が存在を主張している。
そして、空に浮かぶ声が囁いた。
「―――さあ、扉を開けよ。すべての始まりのために」
ユイは一歩踏み出す。
目の前に現れたのは、水面の中に浮かぶように現れた扉。
古びた木造りでありながら、表面にはどこか異国の紋章が刻まれていた。
鍵穴があり、まるでユイを待っていたかのように静かに輝いている。
ためらいながらも、ユイは手にした鍵を扉へ差し込む。
かすかな音とともに、鍵が回る。
そして、光があふれた。
……
その扉の先に、ユイは見た。
月の都「かぐやの宮」。
白銀の空に浮かぶその地で、かつて月より降りた姫が、今も一人静かに佇んでいるという。
「貴女も、“外”から来たのですね……」
光の羽衣を纏う影が、ユイを迎える。
それは―――神話にも、歴史にも記されぬ、
記憶と記録の“狭間”の世界。
無数の扉が連なる空間。
ひとつひとつの扉の向こうには、それぞれの“可能性”が眠っている。
過去に選ばれなかった未来、まだ語られていない物語。
そのどれもが、確かに“ここ”に存在していた。
「あなたが開いたのは、未生の門。
――この世界に、新たな物語が始まる印」
ユイは、静かに頷く。
彼女の冒険は、ここから始まる。