第2章「四天王、動く」
「……これは、何の冗談なの?」
冷たい声が響いたのは、満腹学園地下、第十二実験室。
そこに佇むのは一人の少女。
ぐしゃぐしゃの寝癖、黒いロリータ服、そして笑いながら目が死んでいる。
葉月。
この世界の“異能四天王”の一人。
天然にして、現実改変系異能の持ち主――
あだ名は『バグの女神』。
彼女の机には、分厚い羊皮紙が積み上がっていた。
書かれているのは、すべて同じ一文。
「神の椅子が空いた」
「WWWWWWWWWWWW」
葉月は笑った。
笑えば笑うほど、空間が“揺れる”。
椅子が宙に浮いた。壁が後ろ歩きした。
天井が笑った。テーブルが困った。
チョコレートが鳴き声を上げて崩れた。
現実が、壊れていく……。
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一方、同時刻。
河川敷の炊き出し小屋では、
男が一人、痛風鍋をかき混ぜていた。
「……また、こういう展開か」
彼の名は――びび。
異能四天王・義の化身。
誰かの痛みを、自分の中に引き取ることができる“代償系能力者”。
だが、その穏やかな顔の奥には、
過去に“救えなかった仲間”への悔恨が棘のように残っている。
少年が泣きながら言う。
「兄ちゃん、また誰かが殺されるんか……?」
びびは、何も言わず――2杯目のちゃんこ鍋の中に、答えを沈めた。
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さらに遠く、品川水族館跡地の地下格納庫。
無言のまま、鋼鉄の扉を開けていく巨大な影。
それが――タラバガニだった。
かつて“無音の処刑人”と呼ばれた四天王の一人。
異能:無音斬
一切の音を消し、対象を一太刀で消し去る制裁者。
その目に、言葉はない。
ただ“ふー太郎が動いた”と知ったその瞬間、
彼の刃も、再び動き始めた。
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そして、
小さな診療所の奥のベッドで、震える少女がひとり。
名を――ぷんぽんぱん。
四天王、最後の一人。
戦わず、癒し、涙で人を再生させる存在。
けれど今、彼女の胸に広がるのは、やさしさではなく――
「……守れないのが、いちばん怖い」
心の奥で、鼓動が鳴る。
それは、彼女の異能“心音支配”の予兆。
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こうして、
タワーオブゴッドが“空位”になった報せは、
かつて伝説と呼ばれた四天王の血を、再び目覚めさせた。
彼らはそれぞれに違う正義を抱きながら、
それぞれの理由で――この地獄に戻ってくる。
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神の椅子は、ただ空いているだけではない。
“誰かが座る”その前に――
全てが、壊れ始める。