第11章「揺れる心、偽神の咆哮」
満腹区・中央神域。
空に浮かぶ“神椅子”が、微かに震えていた。
それは風でも重力でもなく――
まるで、呼吸しているようだった。
椅子のまわりの空間が、じり……と軋む。
その振動に呼応するように、戦場の空気が変わっていく。
──「選べ。望むか、支配を」──
誰の声でもなかった。
けれど、それは確かに、“血”に刻まれた誰かの祈りだった。
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【そらん組・屋上】
「……なんや、これ……」
そらんの異能が不規則に脈動していた。
《魅了念糸チャームスレッド》の制御が利かない。
いつもなら指先で糸を操るはずの彼女の周囲で、
糸はまるで生き物のように、風もないのにうねっていた。
「おかしい……こんなん、ウチ、してへんのに……」
そのときだった。
胸の奥に、鋭い痛みとともに“光景”が流れ込んだ。
──白い部屋。浮かぶ椅子。
そこに膝をつく、誰かの姿。
声がしないのに、“選ばれたくなかった”という想いだけが伝わってくる。
「なんなん、コレ……ウチちゃうのに……なんで、涙が……」
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【太陽連合・仮設拠点】
「ふー太郎くん……っ」
あめが震える声で、ふー太郎を呼んだ。
「……ずっと……ずっと言えなかった。
わたし、……スパイだった。そらん組の。ふー太郎くんを、ずっと……」
ふー太郎は、黙って見ていた。
その瞳に怒りはなかった。だけど、絶望でもなかった。
「……お前がそう言うなら、それが“本当のあめ”なんだろ」
「……え……?」
「信じたいんだよ。疑うより……オレは、信じた方が強くなれるって、そう思いたい」
あめの目に涙がにじむ。
「……でも、もう“異能”使いたくない……」
その言葉に、ふー太郎は何も言わず、そっと服を脱ぎはじめた……
構成員「なにしてん!?!?」
「あっ、つい…ごめん…」
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【清心会・第零会議室】
「……おかしい」
リエラが静かに言った。
「情報が、乱れてる。“誰か”が、情報そのものを歪めてる」
吉師が眉をひそめた。
「Aちゃん?」
「……たぶん。でも、やり方が私の型じゃない。“別系統”の情報支配よ。
偽りを“事実”に変える……“世界そのものを選び直す”ような、もっと根源的な改竄」
「椅子……だね」
リエラはうなずいた。
「タワー・オブ・ゴッドが“意志”を持ちはじめてる。
誰かに呼ばれて、誰かの中で反応してる。けど……それが誰なのか、まだわからない」
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【封印記録室:髭もぐらとガバチョ】
「……またやな。椅子が出てきたんは、これで何回目や?」
髭もぐらが古文書をめくりながらつぶやいた。
ガバチョは珍しく真剣な顔で答える。
「記録に残ってるだけでも七度。全部、“誰かの強い願い”で現れてる。
そんで、毎回それを生んだ“家”は……跡形もなく消えとる」
「呪いか……」
「ちゃう。“宿命”や」
ガバチョは椅子の写真を見て、ぽつりと言った。
「オレ、見たことあんねん。あの椅子が“誰かの涙”で生まれる瞬間を」
「……誰のや?」
「知らん。けどな……その涙は、選びたくなかった誰かのもんやった」
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【異変:葉月、暴走の兆し】
笑い声が空気を裂いた。
「WWWWWWWWWWWWWWWWWWWW」
第8シマ――葉月が歩くだけで、街が“崩壊のリズム”に染まっていく。
《絶笑制裁》が暴走していた。
「ねぇ、“正しさ”って、誰が決めたの? 椅子に座った人? 選ばれた人? それともさぁ――
選びたくなかった人ぉ?」
誰に問いかけているのかはわからない。
だが、葉月の周囲では“もう一つの椅子”が、黒くゆがみながら浮かび始めていた。