クラリス(貴博と真央)
港には、衛兵が集まっていた。しかし、ロクサーヌは気にしない。貴博も気にせず走り抜ける。
だが、貴博達に気づいた衛兵。
「おい、お前ら待て! その血はなんだ!」
貴博が血にまみれているのを見て、衛兵が止めようとする。
しかし、二人は止まらない。
「船を出せ! 全速!」
ロクサーヌが大声をあげると、一隻の船が動き出す。
「貴博様、飛びます」
「わかった」
と、ロクサーヌは華麗に岸壁を蹴り、船へと飛んだ。
貴博も続く。
岸壁では、衛兵が騒いでいるが、もう遅い。
「全速で追う! 最大出力!」
と、ロクサーヌが指示を出す。
「出力?」
貴博は疑問に思い、思わず、声に出してしまう。
しかし、ロクサーヌは、それを無視する。
「さて、追い付くまでに話を聞かせてください、貴博様」
「ああ」
貴博は、あったことを話す。
「そうですか。まず、その子供ですが奴隷です。首に金属の輪をはめていたのでしょう? それは、奴隷の首輪です。そして、爆発した。これはおそらく、その子の契約者が遠く離れたためです。契約者から遠く離れたことが逃亡とみなされ、首輪が爆発したのでしょう」
「奴隷?」
「奴隷を見たのは初めてですか?」
「あ、ああ」
「奴隷は商品であり、物です。それを忘れると問題が起きます」
「だが、人だぞ」
「もちろん、奴隷にも生きる権利はあります。が、契約者の言うことを聞かなければならない。そういう意味では、人権はありません」
「……」
「さて、先ほど、殺人という声が聞こえましたが、もし、貴博様がその奴隷を殺したというのであれば、それ相当の賠償を迫られます」
「ちがう。殺していない」
「でしょうね。わかっております。さて、契約者とその奴隷が離れた、と言いましたが、真央様達が連れ去られた時間とおおむね一致します。つまり、真央様達が連れ去られたのは、奴隷船、奴隷を輸送する船だと考えられます」
「それが?」
「もし、戦闘になった場合、奴隷は契約者を守ろうとします。守らされます。つまり、奴隷との戦闘になります。それが女であろうと子供であろうとです。それから、奴隷を一人でも傷つけた場合、これは賠償問題になります。当然、女子供の奴隷に刃物を当てて、こちらを脅すことも考えられます。さて、そういう状況で、真央様達が戦えているでしょうか」
「真央は無理だと思う。だけど、覚悟を決めたらやり通す奴がうちには何人もいる」
ロクサーヌのいう通りだった。船内に飛び込んだ真央だったが、後ろ向きに甲板へ戻ってくる。
真央の後から出てきたのは、少女ののど元にナイフを当てた船員だった。
少女は涙目になっている。いや、泣いたら暴力を振るわれるのをわかっている。
「さて、お嬢様方、何用ですか? 沖に出たことですし、話を聞きましょう」
「さっき聞いたのです。千里さんは? 桃ちゃんは? 恵理子さんは? 優香さんは?」
「それはうちの奴隷ですかな? すべての奴隷の名前を覚えているわけではありませんので。奴隷達を甲板に上げますかな?」
と、船長は言って、船員に指示を出す。
奴隷が甲板に上がってくる。
そして、甲板に上がって来た奴隷は皆、武器を持っていた。
真央は奴隷達を見回すが、見た目でわかるわけがない。もちろん、自分もわかってはもらえまい。転生して見た目が変わっているのだ。
「##########(日本から転生してきた人はいますか)」
真央は、日本語で呼びかける。
しかし、全く反応がない。
「お嬢さん、何をわめいているんですか? おかしくなっちゃいましたか?」
「ここに私達が探している人はいないのです。私達は、ここにはもう用事がないのです。船を戻すのです」
真央は、船長に告げる。
「私達は、あなた方に用事がありますよ。さあ、奴隷になっていただきましょう」
真央が船長に向かって身構える。
「素手でやるんですか? 奴隷達は武器を持っていますよ。ちなみに、奴隷達を傷つけたら、それなりに払ってもらいますけどね、奴隷になって稼ぐことになりますが。あなた方なら、高く売れるかもしれませんね、毎晩違う客に」
真央は、怒りに任せて船長に飛びかかろうとする、が、その船長の前に出てくる男がいる。少女の首にナイフを当てたまま。
真央は、動けなくなる。
「おい、奴隷の契約者は誰だ」
クラリスが船長に話しかける。
「ん? さあね、私かもしれないし、その男かもしれないですよ。それとも、全員ちがうのかも」
「そうか。わかった」
と言った瞬間、クラリスが消える。
クラリスは、少女ののど元にあてられていたナイフを素手でつかみ、その男を殴り飛ばした。
「お前達、ちょっとの我慢だ。防御に撤しろ。やるなら、気を失わせるくらいにしとけ」
と言って、クラリスはナイフを握ったことにより、血だらけになったこぶしで、船長を殴り飛ばしていく。
同時に、奴隷達が真央達に襲い掛かる。
「違ったか」
クラリスは苦虫をかみつぶしたような顔をして、一人、また一人と船員を殴り飛ばしていく。甲板上の船員を全員倒しても、奴隷は止まらない。
「もうちょっと我慢していてくれ」
クラリスは船内に飛び込んでいく。そして、片っ端からドアを開けては船員を倒していく。おそらくこいつらではない。
クラリスは、船尾にある客室のドアを蹴とばして中に入る。すると、でっぷりとした趣味の悪い男が酒を飲んでいた。
「お前は誰だ」
「お前が奴隷たちの契約者か?」
「それがどうした? 奴隷商人が契約したらいけない……」
奴隷商人の首が落ちる。クラリスが剣を抜いてで切り落とした。
そして、男が指にはめていた指輪を取り外す。
クラリスは奴隷商人の首と指輪をもって甲板へと上がる。
「戦闘をやめろ! お前たちの主は死んだ」
そう叫んで、奴隷商人の首を掲げる。すると、奴隷達は戦闘をやめた。武器を落とし、立ちすくむ。
奴隷は、主人の言うことを聞く。しかし、それ以外の人の言うことを聞くかというとそうではない。よって、未だに気は抜けない。が。
「真央、みんな、大丈夫か」
「うん大丈夫なのです」
真央を見ると、とても大丈夫だとは思えない。服は切り刻まれ、あちらこちらに切り傷もあざもある。
「こっちも大丈夫よ」
真央がそれだけの傷を負ったのだ、ミーゼル達はその比ではない。しかし、ミーゼルは腰を落としたまま強がる。
「私達も何とか」
ルイーズとシーナが手をあげる。
真央は、ふと、ナイフを当てられていた少女を見た。少女は、未だ手にナイフを持っているものの、他の奴隷と同じように立ち尽くしている。
真央は、少女に近づき、
「もう大丈夫だからね」
と、手を差し伸べる。
少女は、ふっと笑顔を真央に向け、真央の懐に入ろうとした。
その瞬間。
「真央!」
クラリスが真央を少女から引き離す。
ドスッ!
少女の持っていたナイフが、線の細いクラリスの背中から腹へと突き抜ける。
「クラリス!」
ミーゼルが飛び出し、少女の首に手刀を当てる。
ルイーズとシーナが倒れたクラリスを抱き上げる。
真央は、何が起こったのか、理解するのに時間がかかる。
「クラリス!」
「クラリス!」
「クラリス!」
……




