「お願い、離れて……」「リル!」(貴博と真央)
船の上。
「旦那も難しいこと言うよな。あの女らが飛び乗れて、しかも戻ることが出来ないタイミングでの出港ってさ。どんなタイミングよ」
船長は、港を走ってくる真央達を見ながらつぶやく。
「おーし、来たぞ! 本当に来やがった。船を出すぞ。奴隷ども、漕げよ。最初はお前らが肝心なんだ。沖に出たら風に運んでもらうからそれまでは頑張れよ」
船が動き出す。タラップから船が外れる。
真央がタラップを駆け上がり、船に飛び込む。
ミーゼルが、ルイーズが、シーナが飛び込む。
そして、最後にクラリスが飛ぶ。すでにタラップから五メートルは離れていたが、クラリスは危なげなく甲板に着地した。
「千里さんはどこ?」
真央は、出港作業をしている船員に聞く。
「なんのことだ? 知らないな」
「桃ちゃんは?」
「なんのことだよ。邪魔すんな」
真央は、次から次へと船員に聞いて行く。
そこへ、船長らしき男が現れる。
「すまないが嬢ちゃん、出港作業中はおとなしくしていてくれるか? 出港に失敗すると、座礁するかもしれないんでね」
「千里さんは? 桃ちゃんは? 恵理子さんに優香さんは?」
真央は必死だ。
「おとなしくしてろって言ってるだろう!」
船長は、真央の腹に蹴りを入れた。
真央は吹っ飛ばされる。
「貴様!」
クラリスが前に出るが、
「今は忙しいって言っているんだ。邪魔をするなら海に落ちろ!」
真央は、立ち上がり、ここで探しても仕方がないと、船内へと続く階段に飛び込んだ。
貴博とリルは、キザクラ商会を後にする。
二人は、屋台を冷やかしながら、港に向かって歩いた。宿に帰るにはまだ早いし、港に行けば真央達に会えるかもしれないと。
港に近づくと、倉庫が多く並んでいる区域に出た。人がせわしなく荷を運んでいる。
貴博は、ふと、倉庫と倉庫の間の細い路地で何かが光ったように感じた。
「ん? 何か光ったな」
と、その路地に近づき、薄暗い中を覗き込む。
「うう……」
と、うめき声が聞こえてきた。
「リル、ポーションあるか?」
リルは、道中、手に入りやすい薬草を集めて、ポーションを作っていた。
「はい。低位ポーションしか作っていませんが」
「それでいい」
リルが差し出してきたポーションを貴博は手に取る。そして、その空間に入り込んで、ずぶ濡れの子供を抱き上げた。
「ほら、飲め」
と言っても、子供はうめき声をあげることしかできない。よく見ると、首に金属の輪がはまっており、子供はそこへ両手の指を入れている。
その内側にはまっている、赤い石が点滅しているのが貴博にもリルにも見えた。
「貴博さん、危ない、その子から離れて!」
リルが叫ぶ。
「え? なんで?」
貴博はリルを見るが、
「お願い、離れて……」
と、リルは震えるだけだ。
赤い石の点滅が早くなる。
それを見て、リルは意を決する。貴博と子供の間に無理やり体をねじ込み、貴博に抱き着いた。
ちょうどそのタイミングで、
ドン!
と、リルの背中側で音が響き、首輪が爆発した。
首輪が爆発した瞬間、リルの右肩から脇にかけて吹き飛んだ。そして、子供を抱えていた貴博の左腕も。
貴博も、壁も、リルと貴博と子供の血しぶきで真っ赤に染まった。
「リル! リルッ!」
貴博は自分の左腕が吹っ飛んだにもかかわらず、リルに呼びかける。
しかしリルは目を閉じたまま。ただ、唇だけがわずかに動いた。ごめん、と。
「カンタフェ! カンタフェ!」
「はい、ここに」
「グレイスに連絡はつくか?」
「つくと思いますが、その子には間に合いません」
「じゃあ、どうしたら?」
「ご主人様の左腕もそうですが、貴博様自身で治すしかありません」
「部位欠損のメガヒールを?」
「はい。そうです」
優香達、千里達は部位欠損を治す特訓を受けている。しかし、貴博と真央は、そこまでやっていない。
「ご主人様、魔法はすべてイメージです。そう習いましたよね?」
「だけど……」
貴博はイメージする、元のリルを。リルの腕を、肩を。
「メガヒール!」
リルの周りに光が上り、そしてはじけ飛ぶ。次の瞬間、リルが輝き、そして、右腕から肩、脇にかけて、再生した。
「ご主人様、ご自分の腕も」
「わかった。メガヒール」
貴博の左腕が再生した。
「はぁはぁ」
「ご主人様、休んだ方がいいです。二度もメガヒールを使えば、魔力を相当使っているはずです」
「いや、まだ子供が」
と、貴博は、子供を見る。しかし、そこには胸から上がない子供の死体があった。
「ご主人様。その子はもう無理です」
「そうか。わかった」
貴博は、気を失っているリルを抱きかかえて、立ち上がる。そして、その空間から出た。
そこには、大きな音に驚いた人が何事かと集まって来ていた。しかし、タイミングが悪い。
「おい、子供の死体があるぞ」
「な、殺人か?」
「おい、兄ちゃん、あんたがやったのか?」
「おいやめろ、そいつが犯人だろう? 血だらけだぞ?」
と、貴博から人が離れていく。
「誰か衛兵を呼んで来い。殺人だ」
「「「うわー」」」
集まった人々が何が起きたかを察し、散り散りに逃げて行った。
「カンタフェ、どうしたらいい?」
「まずはリル様を安全な場所に。それから……、ちょっとお待ちください」
カンタフェはこめかみに人差し指をあて、目をつむる。
「ご主人様、まずいです。真央様達が、船で連れ去られました」
「なに?」
「サンタフェが同行していますが、陸からかなり離れてしまったようです」
「サンタフェにそのまま真央たちの様子をトレースしてって」
「はい。貴博様は?」
「まずはリルだ」
貴博は、リルを抱えたまま、港とは逆方向へ走る。そして、キザクラ商会へ。
「ロクサーヌ! ロクサーヌはいるか?」
「はい。何事……」
ロクサーヌは血みどろの貴博とリルを見て固まる。
「どうなさいましたか?」
「僕にもよくわからない。とりあえず、リルの安全を頼む。それから、真央達が船で連れ去られた。船を出してもらえないか?」
貴博と真央は、養子とはいえ会長の子供である。つまり、二人はキザクラ商会にとっても子供同然。
「全員、戦闘態勢! 店を閉めろ。船を出す!」
「「「はい!」」」
「リル様をこちらへ」
貴博は、ロクサーヌに連れられて、奥の来客室へと入り、そして、そこにあったベッドにリルを寝かせた。
「では、行きましょう」
ロクサーヌが走り出す。貴博もそれに続く。すでに店には誰もいない。
ロクサーヌは通りを駆け抜ける。貴博はそれについて行く。カンタフェはすでに貴博のポケットの中だ。




