グレイス、あいつ何をやってるんだ?(貴博と真央)
「うまい飴だな。だが……」
「そうですわね。おいしいとは思いますが……」
にらみ合っていた二人の顔が少しずつ和らいでくる。そして、ほほを染め始める。
「カリーヌ、すまない、ちゃんと君の顔を見ることが減ってきてしまっていたが、やっぱり君は美しいな。これだけ美しいのだ、ソフィローズで着飾る必要があるだろう。いや、ソフィローズですらかすんでしまいそうだ。そうだ。キザクラ商会を呼んで注文しなさい」
「あ、あなたこそ、お金のことを言うのも、仕事で打ち合わせに出かけるのも民のことを思ってのことですものね。ごめんなさい。貴方のことを信じ切れず。これからはまた、あなたを信じ、あなたに寄りそって生きていきますわ」
「いやいいんだ。私こそすまない。私は、君の美しさに嫉妬をしていたのかもしれない。自分が君にふさわしいかどうか、疑心暗鬼になっていたようだ。これからも君にふさわしい夫であれるよう、頑張ることを誓うよ」
「私こそ、あなたにふさわしい妻であり続けますわ」
「ご、ごほん」
ミーゼルがわざとらしい咳払いをする。
「あ、なんだったかな。ミーゼル、今日は顔を出してくれてありがとう。この街にゆっくり滞在するといい。それに、困ったことがあったら、いつでも来なさい。ちょっと私達は用事を思い出した。これにて失礼するよ」
と、辺境伯は夫人を連れて部屋を出て行った。
出ていくときに騎士に対し、「しばらく二人でいるから、何があっても呼びに来ないように」と、告げていた。
「リル、あれ、何倍希釈?」
「えっと。一万倍です」
「まだ濃いね。今、それ何個あるんだっけ」
「ちょっとだけ使って一万倍にしたので、まだ一万、二個で一セットだから、五千セットがあるの」
「そうか。それを溶かすのもめんどくさいし、それはストロングとして、通常品はさらに百倍にして作ろうか」
「うん。それでも膨大な量が出来るね。むしろ、砂糖をどうするかって感じ」
「だよね」
と、悩んでいると、騎士が声をかけてくる。
「おい、あれなんだ? どうしたんだ? どうにもならないほど、誰にも何ともならないほど冷戦状態が続いていたんだぞ? それが一瞬であれか?」
騎士はすっかり敬語がなくなった。よっぽど驚いたのであろう。
「えっと、なんだっけ、倦怠期の夫婦の愛情確認薬? 略して愛の飴です」
「なんだと? それじゃ、冷めきった夫婦があんなふうにまたラブラブになると?」
「必要ですか?」
「あ、え、う、うん。えっと、そうだな、一個欲しいな」
「リル」
「はい、どうぞ」
と、リルが騎士に一つつみの飴を渡す。
「間違っても他の女性と一緒に食べないでくださいよ。それと、お互いを見ながら食べること。それを守ってください。ちゃんと事前に説明をしてくださいね」
「あの」
騎士の一人が手をあげてくる。
「それは、夫婦じゃなくてもいいんですか?」
「カップルだったらいいと思うよ。ただ、全然関係ない人にはやめてね」
と、その騎士にも一つつみを渡す。
もう一人の騎士がいるので、一応聞く。
「そちらの騎士の方は不要なんですか?」
「うちは新婚だからな。確かめるまでもない」
「そうですか。今後のためにおひとついかがですか?」
「う、そうだな。一つもらっておこうか」
「注意点ですが、ラブラブ夫婦がそれを持っているってことは、将来的に危険が訪れる可能性があるってことを自覚してるってことだから、持っていることを知られないようにしてくださいよ。もし、疑われたら、速攻、食べさせてください。いいですね。できれば事前説明を」
「わかった。ありがとう」
「ミーゼル、行こうか」
「うん。用事があったらまたこればいいもんね。それに、おじ様とおば様が仲良くなってよかった」
「そうだね」
と、応接室を出る。城の外まで騎士に送ってもらい、城を後にした。
「リル、やっぱりあの薬、ちゃんとしたところで売ってもらわないか? いい加減なところに卸すと、犯罪にでも使われたら怖い」
「そうね。私もそう思う。無理やりに口に入れられたらとか、考えたくもない」
「それじゃ、信頼できるところに行こうか」
「どこ?」
「キザクラ商会」
七人は城を出て歩くが、キザクラ商会はたいてい一等地にある。よって、さほど歩くこともなく、商会に到着する。
「すみませーん」
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどのようなものをお求めですか?」
店員が丁寧に対応をしてくれる。
「私は、貴博・ローゼンシュタインと申します。支店長様に相談があってきました。お会いすることはできますでしょうか」
「え? ローゼンシュタイン? あの、会長の関係者ですか?」
「はい。グレイスは父になります」
養子だけどな、と心の中で付け加える。
「はい、しばらくお待ちください。今、支店長を……いや、こちらにお越しください。ご案内いたします」
店員は、応接室へと案内する。
このパターン、今日、二回目だな、と、貴博は思う。
応接室に入ると、三人掛けのソファに真央、貴博、リルが座り、クラリス達が後ろに立つ。
そうして待っていると、バタバタバタと走る音がして、そして、女性が部屋に入って来た。
「お待たせしました。支店長のロクサーヌと申します。本日は、このような辺境の支店にまで足を運んでくださり、ありがとうございました。ところで、本日のご用件はどう言ったことでしょうか」
と、ロクサーヌが貴博に聞くと、
ピヨン!
と、カンタフェとサンタフェが現れた。
「あ、妖精様がいらしたのですね」
と、ロクサーヌはあまり驚く様子はない。しかし、貴博は逆に驚いた。なぜにこのタイミングで、と。
「この六人に、セーラーを作っていただきたいのですが」
「「は?」」
貴博と真央がはもる。
「セーラーでございますね。これからの季節ですと、戦闘にメイド服では暑いですよね。夏服でしょうか」
何事もなかったかのように話を進めるロクサーヌ。
「そうね。夏服がいいわ。靴下と靴もセットでお願い」
「かしこまりました。それでは、後ほど採寸させていただきます」
「よろしくね」
と言って、カンタフェとサンタフェは、ぽふん、と消えてしまった。
「えっと」
と、貴博が困惑する一方で、真央が確認する。
「セーラー? セーラー服ですか?」
「はい。正式名称、セーラー服です」
「うわ、懐かしい」
懐かしいの意味は、貴博にしかわからない。
「セーラー服ってあったんだね」
と、貴博が言うと、
「はい。特に会長様の奥様方はよく着ていらっしゃると。それと、会長様の騎士団の制服にも採用されていると聞いています」
グレイス、あいつ、何をやってるんだ? と、貴博は思う。
「最近は、貴族様の間でも着られるようになっています」
「そうなんだ。楽しみー。いつ頃にできるのです?」
「六名様分ですので、三日もあればできると」
「やったー。じゃあ、三日後に取りに来るのです」
と、真央が立ち上がる。




