ジェイドのお兄さんの毒殺に手を貸すなんてことに?(貴博と真央)
領主の館につくと、門番に紹介状を見せる。
門番が館の中に入っていくと、代わりに家令っぽい男性が出てきた。
「お嬢様の御依頼をお受けくださり、ありがとうございます。主人は留守にしておりますので、主人に代わってお礼を。それでは、お嬢様の下へご案内いたします」
家令は館ではなく、その裏へと歩き出す。
貴博達は、馬車を預けて、家令について行った。
館の裏にある、ポツンとした建物の前に来ると、家令がノックする。
「お嬢様、冒険者の皆様がお嬢様の御依頼を受けに来てくださいました」
と、外から声をかける。
ガラガラガッシャーン!
部屋の中からいろんなものが壊れる音が聞こえる。
家令は、
「それでは私はここで」
と言って、メルシーが出てくる前に去ってしまった。
ドアが開くと、中から黒くてふちの広いとんがり帽子をかぶり、黒いマントを着た女性が出てくる。
「あ、あなた達がオタマジャクシを取りに行ってくれるの?」
貴博がリルを見る。
「えっと、どんな薬を作っているか、ちょっと気になって」
「オタマジャクシを……」
リルに代わって貴博が答える。
「あの、正直言ってあんまり乗り気じゃないんだ。だけど、その作っている薬次第で興味がわくかもと思って訪ねてきたんだ」
「中に入って」
と、メルシーは貴博達を部屋に招き入れ、外をきょろきょろと見回してドアを閉めた。
「そんなに機密性の高い薬なのか?」
「興味を引いたわね。そうよ。画期的なのよ」
「で、それは?」
「オタマジャクシを取ってきてくれるの?」
「ねえ、貴博、知りたい」
と、リルが貴博に懇願する。
はぁ、と貴博はため息をついて承諾する。
「わかった。明日でよかったら取ってくる。で、何の薬なんだ?」
「聞いて驚きなさい。なんと、なんとなんとなんと」
「いや、タメはいらないから」
「ぶー。もういいわ。惚れ薬よ」
「「「……」」」
「はい。解散」
貴博より早くミーゼルが手を振って退出を促す。
「そうだね。帰ろうか」
貴博もがっかりした様子でドアに体を向ける。
「あー、取ってきてくれるって言ったじゃん。取ってきてくれるって言ったから話したのに。この薬が出来たら大儲けなのよ。勝ち組なのよ」
「お嬢様な時点で勝ち組じゃ?」
「うん。まあ、そうかもだけど」
「で、何で惚れ薬が必要なんだよ。飲ませたい相手でもいるのか? っていうか、貴族の娘なら婚約者の一人や二人いるんじゃないのか?」
「いるわよ。だけど、その人に飲ませたいの」
「まあ、政略結婚じゃ、乗り気じゃない相手もいるわな。振り向かせたいって言う気持ちもわかるけど、薬に頼らなくても頑張ればいいんじゃない?」
「なによ、その年寄りみたいな言い方は。ちがうわよ。飲ませて違う人を好きになってほしいのよ」
「え、婚約破棄をしたいってこと?」
「そうよ。私は結婚なんてしない。こうやって薬の研究をしていたいの」
「で、その相手は?」
「ジェイズ・クリムゾンよ」
「……公爵家じゃん。勝ち組じゃん」
「嫌よ、公爵家なんて。忙しくて研究なんてさせてもらえないに違いないわ」
「逆に、お金持っているから、素材は集め放題じゃないのか?」
「……それもそうね」
「はい。解散」
「あ、だから待ってって」
あ、やばい、クラリスやミーゼルが飽きてきた。
「ちょっと、あなた達、見た感じ成人したてって感じだけど、惚れ薬よ。興味ないの?」
「ないわ」
あっさりとミーゼルが答える。
「そちらのお方なんて、そろそろ冒険者なんてやめ……ひぃ!」
「クラリス、殺気をしまって」
「はい。旦那様」
「旦那様?」
「ここにいるのは全員僕の妻なんだ」
「……」
「そうよ。だから惚れ薬なんて興味ないの」
と、ミーゼルが言い切る。
だが、もじもじしながらも発言するのがリルだ。
「私、惚れ薬はどうでもいいけど、薬づくりはちょっと気になる」
「よし。じゃあやろう」
「「え?」」
断る流れだったのに、急に前向きになった貴博に、リルとメルシーが驚きの声をあげる。
「リル、やりたいんだろう? じゃあ、やろう」
「リルやろうよ。オタマジャクシ取り。リルがやりたいことを私もやりたい」
ルイーズも後押しをする。
「うん。ありがとう」
「私は、みんなで何かやるってことが楽しいから、やるわよ」
ミーゼルもやる気になる。
「みんな、ありがとう」
リルがお礼を言った。
「さて、メルシー、それじゃ予定は?」
「明後日、ジェイズがうちに来るわ。お茶の時間にね。それまでに薬を作る。となると、徹夜をして作るとして、明日の夕方には戻ってきたい」
「今日はもう遅いから、明日の朝出発でいい? 森をまたぐるっと戻って、北の入り口から入らないといけないから、かなり急がないとダメかな」
「え? 南にも入り口はあるわよ。ただ、北と違って、魔物の種類が違うの。だからこそ、プラチナランクの冒険者パーティが必要なんだけど」
「何がいるんだ?」
「危ないのはホーンベアよ。冬眠から目覚めて、今は食べ物をあさっているから、特に危険なの」
「ホーンベアって、買取価格高いかなぁ」
「ホーンベア? 高いわよ。特に手のひらとか胆のうとか」
「そういえば、オタマジャクシの報酬を聞いてないじゃない」
ミーゼルが気づく。
「惚れ薬の残りでどう?」
「だからいらないって。ところで、本当にそれ、効くのか?」
「知らないわよ。作ったことないもの」
「ちゃんと製薬の本に載っているんだよな?」
「載っていないわよ?」
「えっと、そのレシピ、どうしたんだ?」
「勘よ、勘」
「……」
「ひらめいたのよ、天才の私の頭脳がこれだって言ってるの」
「自分で天才って言ったよ。って言うか、ジェイドのお兄さんの毒殺に手を貸すとかそういうことにならないよな?」
「なんでそうなるのよ」
「……で、報酬の話に戻るが?」
「このことはお父様にも内緒なの。お金なんてないわ」
あのギルドの受付嬢め、と、心の中で悪態をつく。
「もういいよ。じゃあ、報酬は、リルに薬の作り方の基礎を教えてくれることと、よかったら、初心者向けの本をくれ」
「そんなことなら、どんと来いよ。それじゃ、明日の朝一番で出発しましょう」
「えっと、来るつもり?」
「だって、オタマジャクシの取り方、知りたいもん」
「知ってどうするんだ?」
「惚れ薬が効いたら、量産するわ。これで私もお金持ちよ」
「わかった」
貴博はため息をつく。
「それじゃ、明日の朝来る。宿屋を探さないといけないから」
「ここに泊まっていけばいいじゃない」
メルシーがベルを鳴らす。
「お呼びでしょうかお嬢様」
家令がやってくる。
「このお方たちを泊めて差し上げて」
「承知しました。ではこちらへ」
貴博達は、客間に案内された。




