真央、殺気をまといながら走ってはいけません(貴博と真央)
「今回の訓練は、五人一班となっている。帰ってくるときは、ちゃんと五人そろっていろよ。でないと、失格にするからな」
貴博、真央、シーナの班のメンバーは不満げだった。
「よーし、準備はいいか。それじゃ、始め!」
と、クラリスが声をかけると、四公爵家が率いている班は、隊列を組んで森に入っていく。
しかしながら、残りの三班は
「おら、行くぜ!」
と、ばらばらに飛び込んでいった。しかも、
「シーナ、お前ここにいろ。帰ってきたら一緒にゴールさせてやるから」
という始末。
真央はというと、
「待ちなさーい」
と言って、班のメンバーを追いかけて森に入っていった。
すっかり置いていかれてシュンとうなだれているシーナに、貴博が声をかける。
「僕も置いて行かれちゃったよ。どうする。ここで待っている?」
シーナは、うっすら浮かんだ涙を拭いて。
「行きます」
と、答えた。
「じゃ、行こうか」
二人は、森に入っていった。
シーナ班
「おい、正面からホーンラビットが来る。一匹だ」
「あんた達何とかしなさいよ」
「ふっ、ホーンラビットごとき。行くぞ」
と、男子生徒二人が前に出て盾をかまえる。
ホーンラビットは、右へ左へとフェイントをかけ、身構えていた二人の男子生徒の真ん中をすり抜けた。
そして、後ろで傍観していた女子生徒に体当たりをする。
「きゃっ!」
体当たりされた女子生徒はしりもちをつく。
「何してんのよ。通り抜けられているんじゃないわよ。私が汚れちゃったじゃない」
「は? お前もよけりゃよかったじゃないか」
「あんたらはよけたんじゃないでしょ。よけられたんでしょうが」
「ちょっと、後ろからくる!」
もう一人の女子生徒が警戒の声をあげる。
「きゃ、こっちに来る!」
体当たりされた女子生徒が身構えるが、ホーンラビットはとっさに向きを変え、もう一人の女子生徒に体当たりをする。
「きゃあ」
女子生徒は、ドサッと、倒されてしまう。二人とも、直前によけようとしたのが功を奏して、角は刺さっていない。
「あんた達、あいつ、やっつけなさいよ」
と、女子生徒が怒鳴るが、ホーンラビットは去っていった。
「ホーンラビット、行っちまったぞ」
「何よ、偉そうに。だらしない」
「なんだと? お前、伯爵家って言ったよな。うちは侯爵家なんだぞ? どっちが偉いと思ってる?」
「何様? あんたが侯爵じゃないじゃない」
「そりゃ、こっちのセリフだ!」
「「ふんっ!」」
「おい、あんなくそ女どもおいて行こうぜ」
「私達も行きましょ。それで、クリーンウォッシュを使える子を捕まえなきゃ。あー、べたべた。気持ち悪い」
シーナ班は、二人ずつ分かれての行動になった。
真央班
「やべー、あいつ、追いかけてくる」
「逃げようぜ!」
「逃げるってどっちへ?」
「そりゃ、前に決まってる」
真央班の四人はひたすら前を目指す。
一方の真央。
「待て待てー」
真央は巨大な気を放って追いかける。
巨大な気……それを殺気と感じるのは追いかけられる班のメンバーの他にもいる。
ミーゼル班
「班長! 左から魔物の群れです!」
「なんですって? 群れなの?」
「はい、ホーンラビットの群れが!」
「に、逃げるわよ、私がしんがりを務めます。退却!」
「「「「はい」」」」
リル班
「やばい。全員盾を持って低くかまえて! 回り込んでくる魔物がいたら、私が!」
「「「「お願いします」」」」
ルイーズ班
「私が前で防御魔法を張るから、バランスを崩した魔物から剣や槍でやって!」
「「「「はい!」」」」
ジェイド班
「木に登れー」
「「「「まじで?」」」」
貴博班
「やべー、魔物が来る」
「逃げるぞ!」
「どっちだ?」
「しるか、魔物のいない方だ!」
四人は、魔物の群れから遠ざかる方へと走りだした。
貴博とシーナ
「なんだか、魔物が騒いでいる気がするのですが」
「そうだね。ちょっと危ないかも」
「助けに行かなきゃ」
シーナが走り出す。
それを貴博が追いかける。
「貴博様、貴博様の班はいいのですか?」
「うん。大丈夫だと思うから、まず、こっちから」
シーナは走る。地面は起伏に富んでいて、決して走りやすくはない。岩を飛び越え、倒木を乗り越え、シーナは人が通ったであろうわずかな痕跡を見つけながら走っていく。木の枝葉が頬を切ろうが気にしない。
貴博は、その後ろからついて行く。
「うわー」
声が聞こえた。
「向こうです!」
シーナがスピードを上げる。
ようやく二人の男子生徒を見つけると、二人は、前後を二匹ずつのホーンウルフに挟まれていた。
「まずい。ホーンウルフです。貴博様、ごめんなさい。前の二頭をお願いします」
「わかった。アイスバレット」
ザシュシュ!
「「ギャウン」」
二頭のホーンウルフが倒れる。
「え?」
シーナはその一瞬の出来事に驚く。アイスバレットは飛んでいない。ゼロ距離だ。
「シーナ、急げ」
「はい!」
一瞬意識を持っていかれたが、シーナは両手剣をもって横からホーンウルフに突入する。
だが、それは、シーナが取りまとめた対策とは全く異なる行動だった。
シーナに気づいたホーンウルフは、すっとシーナをよけ、今度は、シーナを前後から挟んでしまう。
「大丈夫だったか」
貴博が二人の男子生徒に声をかける。
「ああ、助かった。ありがとう」
「……」
線の細い男子生徒は目に涙を浮かべていた。
だが、そんなことは置いておく。シーナが危ない。
貴博はシーナに声をかける。
「シーナ! こっちへ」
シーナが後ろのホーンウルフを牽制し、前のホーンウルフに突入する。が、剣を振るだけで、横をすり抜けて、貴博たちに合流する。
「いいか、盾持ちの一人が、ホーンウルフの突撃を右にそらす。もう一人が、バランスを崩したホーンウルフにとどめを刺す。いいね」
男子生徒達は、こんな時になんだ? と、思うが、
「わかった」「はい。やってみます」
それぞれそう答え、一人の男子生徒が、一歩前に出る。
二頭のホーンウルフが近寄ってくる。
「アイスバレット」
ザシュッ!
ホーンウルフが残り一頭になった。
ちなみに、貴博は言葉を発しなくても発動もできるが、人の目があるので一応、声に出して魔法を発動させている。
「来るよ」
「グアー」
ホーンウルフがジャンプして男子生徒にとびかかる。
「今! そらして!」
男子生徒がホーンウルフが盾に当たった瞬間に右にそらす。
ホーンウルフはバランスを崩して、転倒する。
そこへ、もう一人の男子生徒が剣をのどに突き立てた。
「よし! ナイス連携!」
男子生徒二人は、放心している。
「ほら、君達二人で倒したんだ。討伐証明の角、とりなよ」
「「はっ」」
男子生徒は我に返ると、二人で協力して角を取った。
「あ、ありがとう。助かった。それに、ホーンウルフまで倒させてくれて」
男子生徒は、頭を下げてくるが、それをさせない者がいる。
パシン!
男子生徒のほほをシーナが打った。
「あの二人はどこ! どこへ行ったの? なんで一緒に行動していないの!」
シーナがシーナらしくない声をあげる。
「す、すまない。ちょっと喧嘩してしまって」
「すまないじゃないわよ!」
シーナは、目に涙を浮かべ、
「ごめんなさい。私が悪かったんです。私が初めに置いて行かれたせい。無理にでもついて行けばよかったのに」
「シーナ、反省している場合じゃない。行くよ。君達もついてくるんだ。離れたら危ない」
「わかった」
「シーナ!」
バシン!
と、貴博はシーナの背中をたたいた。
「はい!」
シーナは目をぬぐって、走り出す。




