真央、重婚って知ってる? 貴博にお嫁さんが何人いてもいいんだよ(貴博と真央)
貴博が真央に顔を向ける。
「私、ミーゼルとやるから」
と、真央が離れていく。
やれやれ、と貴博は思う。
「じゃあ、お願いします、貴族様」
その言い方が気に入らなかったのか、ジェイドは貴博に切りかかった。木剣でだが。
「俺の剣を受けろ!」
「受けるわけないじゃないか」
貴博はよける。
「貴族の剣を平民がよけるな!」
仕方ないので、貴博は、剣でジェイドの剣をはじく。
「な、生意気な!」
ジェイドはむきになって剣を振ってくる。
貴博は、最小限の動きでジェイドの剣をそらしていく。決して攻撃を仕掛けたりしない。
それに気づいたクラリスが走ってやってくる。
「こら! ジェイド。誰が打ち合っていいと言った?」
「平民に平民の在り方を教えてやっているんだ」
「はあ。で、お前は何回打ちこめたんだ?」
「……」
すべてそらされた。一発も入れていない。
「ジェイド、ちゃんと基礎からやれ。じゃないと強くなれないぞ」
クラリスが言うと、
「チッ、覚えていろ」
と、ジェイドは取巻きの方へと歩いて行ってしまった。
「貴博、お前、誰から剣を習った?」
貴博の剣捌きを見ていたクラリスが聞く。
「パパです」
「そうか」
「ちなみにですが」
「なんだ?」
「僕より、真央の方が強いです」
貴博は嫌な予感がして回避を試みる。
「……」
クラリスは、少し考えて、
「貴博、ちょっと打ちこんでいいか?」
と、木剣を構える。回避失敗。
「え? 先生がですか? 先生に一年生が相手になると思います?」
「ちょっと、実力を試したいだけだ」
クラリスが距離を勝手にとって、勝手に宣言する。
「じゃあ、行くぞ」
と。クラリスが貴博に切りかかる。貴博がそれをそらす。クラリスが切りかかり、貴博がはじく。そんなやり取りが何度も続く。
「貴博、切りかかって来ないのか?」
「僕は壁役なので」
「あははは、そうか。じゃあ、遠慮なくやらせてもらう」
と、クラリスはスピードアップする。貴博は、グレイス直伝とはいえ、しょせん七歳になったばかりだ。剣の速さに対応できても、その重さに対応できない。結局、クラリスにはじき飛ばされてしまう。
クラリスが、貴博のところまでやってきて手を差し伸べる。
その手を貴博がつかむと、クラリスが貴博を起こした。
「うん。いい剣捌きだ。できれば攻撃も見たかったがな。将来、騎士団に入れ」
と言って、クラリスは他の生徒たちの方へ歩いて行ってしまった。
「ひどいなー。一年生に対して」
貴博は独り言ちる。
他の生徒達は、貴博とクラリスのやり取りに目を奪われていた。というか、二人の剣のやり取りに目が追い付いていなかった。それくらい二人の剣技は速かった。当然、ジェイド達も固まっている。
一方の貴博は、そんなことはわかっていない。なぜなら、クラリスの剣をはじくのがちょっと楽しく、夢中になり、一年生らしくないスピードになっていたことに気づいていない。
「真央、貴博は剣もすごいのね」
ミーゼルが目を見開いたまま聞く。
「うん。お兄ちゃんは、剣もすごいんだよ」
自分の方が勝ち越していることは言わない。
二人は、三歳の時から魔法の練習と同時に、グレイスとファイトアンドヒールを行っている。同い年に負けるわけがない。
「ちょっと素敵に思えてきた……」
と、ルイーズが両手を胸の前で組む。
「だ、ダメだよ。十五歳になったら私達結婚するんだから」
これまでずっと笑っていた真央が真剣になる。
「「「え?」」」
「ね、真央。兄妹で結婚するの?」
「私達、親が違うから結婚できるはずなのです」
「「「え?」」」
「私達、二人とも養子なのです。だから大丈夫。そのために違う家名を名乗っているのです」
「そ、そうなんだ。でもね、真央、重婚って知っている?」
「……」
「だから、貴博にお嫁さんが何人いても大丈夫なんだよ」
「で、でも。平民に嫁ぐのです?」
「こういうときだけ平民づらしないの。いいじゃない。恋愛は自由よ」
真央は、千里の顔を思い出す。お泊りの時に貴博を挟んで目が合った、あの顔を。
そっか千里さん、会えるといいな。一緒に暮らしたら、そんなことにもなるかもしれないな。千里さんなら許しちゃうかもな。
なんて、ほわんほわんする真央。
「真央、聞いているの? それに、二人とも養子って言っても、キザクラ商会の会長の養子なんでしょ? 下手な貴族に嫁ぐより勝ち組だと思うわよ」
真央は何が勝ち組なのかと思う。一歳年上に、パパの実子が二十人いるのだ。この二十人には、たったの数か月差にもかかわらず全く太刀打ちできなかった。正直、人間じゃないんじゃないかと思う。だが、そんなことは言わない。それに自分達は、成人したら家を出て旅に出ると決めている。
「そうなのかなー」
と、適当にごまかした。
「ほら、ちゃんと型の確認をしろ。強くなれんぞ」
と、クラリスが声をかけてまわった。
真央は、ミーゼルと一緒に剣を振った。
翌日の魔法の実習では、誰も貴博に絡まなかった。教室で風魔法を披露してしまっている。ただの一年生にかなうものではない。そんなことくらいは、ジェイド達にもわかるようだった。
結局、いたずらをしても真央は楽しむだけ、貴博には現状かなわない。ジェイド達は、二人に関わらないように距離を取るようになってしまった。
真央は、ちょっと寂しそうにしていた。
とある日、
「真央、僕、今日当番だから、先生のところによって帰るけど、真央は先に帰っている?」
「お兄ちゃんと一緒に帰るのです。だから、一緒に行きます」
「ん。ありがとう」
二人は、職員室に向かう。職員室は、Sクラスの教室から見て中庭の反対側にある。廊下は、中庭を囲うように敷かれているので、中庭を回ることになる。
「ハッ! ハッ!」
という掛け声が聞こえてきた。時間的にすでに一年生全員が下校しているはず。
貴博は窓越しに中庭を除くと、剣を振っているジェイドがいた。ジェイドは授業で教わった剣の型を何度も何度も繰り返す。
まだ、一年生だろうに。と、貴博は思う。
自分は、将来旅に出るであろうことを想定して強くならなければ、真央を守る強さを身につけなければ、と、鍛えてきた。剣は真央の方が強いが。
では、ジェイドは。
職員室に入り、クラリスに日誌を渡す。
クラリスは日誌を確認し、
「はい、オッケーよ。よく書けているわ。それじゃ、気を付けて帰りなさい」
と、帰宅を促した。
さて、と、貴博は思う。
「真央、もうちょっと帰りが遅くなってもいい?」
「いいですよ。お兄ちゃんと一緒にいるのです」
二人は、教室にいったん戻る。そして、貴博は木剣を手に取る。
「お兄ちゃんも素振りをするの?」
「うん。ちょっとだけ、付き合ってこようかなって」
「私もやる」
二人は木剣をもって、靴を履き替えて中庭に出た。




