テンプレないたずらには引っかかってみたいのです(貴博と真央)
クラリスの指示により、生徒達は講堂へと移動する。入学式だ。
入学式は、どこも同じなのか、校長の挨拶があり、生徒会長からの挨拶があり、そして、新入生代表挨拶がある。
「新入生挨拶。新入生代表、Sクラス、真央・グリュンデール」
「はい!」
真央が元気に立ち上がり、壇上へと向かう。
本来は、入学試験トップの貴博が行う予定だったが、貴博が真央に譲った。やりたそうにしていたし。
真央が堂々と歩いて行く一方で、会場がざわつく。保護者席であってもだ。
「平民が新入生挨拶?」
「いや、家名があったぞ。グリュンデール? 聞いたことがない」
「貴族なのか?」
「他国からの留学か?」
「何らかの褒章を得て、家名を得た商人か?」
そのようなこそこそ話を耳にし、グレイスとソフィリアはこめかみをぴくつかせる。
真央は、壇上に立ち、挨拶の言葉を発する。
「皆さん。おはようございます。私は、新入生の真央・グリュンデールです。新入生を代表し、挨拶をさせていただきます。私は、昨日の夜、寝られませんでした。その理由は、この学園に通えることが楽しみでしかたなかったらです。父と母から学園は楽しいところだ、友達もできて、みんなで一緒に勉強するところだと聞いていました。その一日目が今日、スタートします。先生、先輩、私達は自分の目標を掲げ頑張ることを誓います。だから、どうか、ご指導くださいますよう、お願いいたします。それから、新入生のみんな、学園生活を楽しみましょう。新入生代表、真央・グリュンデール」
パチパチパチ
まばらに拍手が起こる。おそらく平民の親だろう。
「平民らしい品のない挨拶だな」
「全くだ、型も何もあったものじゃない」
「誰だ、平民に挨拶をやらせたのは」
「あんなのが入学試験トップなど何かの間違いに違いない」
グレイスとソフィリアは再びこめかみをぴくつかせる。が、基本何も言わないし何もしない。所詮、一部の貴族の嫉妬だ。
入学式が終わり、この日はこのまま解散となる。
真央と貴博はグレイスとソフィリアの下へ向かう。
「真央、立派にできたね」
「うん。パパ、ありがとう」
「さ、帰りましょう」
四人は講堂を出て、門へと歩いて行く。
貴族が馬車に乗って帰る中、歩いて帰るのは平民くらいである。
そこへ、後ろから声をかけるものがいた。
「貴博様」
え?
と、貴博は振り向く。自分を「様」付で呼ぶ者はこの学園にはいない、はず。
そこには、教室の後ろにいた白髪の女の子が立っていた。その手にハンカチを胸の前で握って。
「貴博様、これ、このハンカチ、ありがとうございました。あの、明日、洗って返します」
「あ、いいよ。そのままで。えっと、申し訳ありません。あなた様は後ろの席の?」
貴博はその後ろに女の子の両親が立っていることに気づき、敬語を使う。
「はい。私はミーゼル、ミーゼル・スノーホワイトと、申します」
「私は、貴博・ローゼンシュタインと、申します。同じクラスになれて光栄です。それで……ハンカチですが、そのままで構いません」
と、貴博が手を伸ばすが、それより先にハンカチを取り上げた人物がいた。
「このハンカチは?」
スノーホワイト公爵だ。
「このハンカチは……この生地、質感、肌触り、それにこの紋章……キザクラ商会の最高級ハンカチではないか?」
貴博は首をかしげる。
「お判りになりますか」
貴博に代わってこたえたのはグレイスだ。
「突然割って入って申し訳ありません、スノーホワイト公爵閣下。私は、グレイス・ローゼンシュタイン・グリュンデールと申します。息子には、ローゼンシュタインを名乗らせています。ちなみに、こっちが妻のソフィリア・グリュンデールです。私は婿養子でして。ちなみに、真央にはグリュンデールを名乗らせています」
「これはご丁寧に。私はハイデン。ハイデン・スノーホワイト。妻はクリスタと言います。以後、お見知りおきを。それでこのハンカチですが」
「はい、我が商会で取り扱っている商品になります」
「ということは、キザクラ商会ですかな?」
ハイデンの一言により驚いた顔をしたのはクリスタだ。
「はい。私がキザクラ商会の会長、妻が副会長をしております」
「それで、この学園に」
「いえ、この学園に子供達が入学できたのは、この子達の実力です」
「そうでしたな。入学試験トップと二位でしたな。素晴らしく優秀なお子様だ。ぜひ、ミーゼルと仲良くしてやってほしい」
「はい。もちろんです」
飛びつくように真央が答えた。
「やった。初めての友達」
真央は嬉しそうに飛び跳ね、ミーゼルの前に行くと、ミーゼルの手を取り、
「改めまして、真央・グリュンデールです。お友達になってくださいますか?」
と、笑みをもってミーゼルに問いかける。
「はい。是非!」
ミーゼルも真央の手を握り返した。
「ミーゼル、お引止めしてはいけない。私達もそろそろ帰ろう」
「はい。お父さま」
「ハンカチは、明日、娘に持たせますので」
「あ、いいのに」
と、貴博が言う前に、三人は馬車へと歩き出してしまった。
「真央、貴博、友達ができてよかったな」
グレイスが二人に声をかける。
「はい、パパ」
真央が素直に喜びを表現する。
一方で、貴博は、変な公爵家の子供もいたけどな、と、赤髪の男子を思い出す。
「さ、私達も帰りましょう」
ソフィが声をかけ、四人で屋敷へと足を向けた。
翌日、真央と貴博は手をつないで登校する。さすがに校内では手を離しているが。
廊下を歩いて教室に向かう。
と、ちょうどその時、教室では、
「おい、平民が来たぞ。ドアに挟め」
などと、いたずらを仕掛ける子供達がいた。
「席につけ」
ドアに黒板けしを挟んだ赤髪の男子、昨日貴博に絡んだジェイド・クリムゾンをはじめ、その取巻きは、走って席につく。
そして、真央か貴博がドアを開けるのを待つ。
他の生徒は、黙ってそれを見ているか、アワアワするかだ。
廊下を歩く真央と貴博は、ドアに挟まっているそれをたやすく見つける。
それをわかったうえで、真央は、
「みんな、おはよー」
と、ドアを開ける。
当然、黒板けしが
ポフン
と、真央の頭に落ち、白い煙が舞い上がる。もちろん、真央の髪も服も真っ白だ。
「あはははは、引っかかっちゃった」
真央は、子供の子供らしいいたずらを喜んでいる。
ジェイドとその取巻きは、真央に黒板けしが当たった瞬間、「よし!」と、ガッツポーズをしたものの、真央が喜んでいる姿に怪訝な顔をする。
廊下から駈け込んで来たのはミーゼルだ。
「真央様、大丈夫ですか?」
と、真央の頭をポフポフする。
「あ、ミーゼル様、おはようございます」
真っ白になったまま真央は振り返り、ミーゼルに挨拶する。
ミーゼルは、真央が笑っていることを疑問に思うが、
「だれ? こんなひどいことするの!」
と、教室内に向けて大きな声をあげた。
もちろん、それで返事をするものはいない。
「ミーゼル様、いいんですよ。テンプレです。引っかかってみたかったんですよ。こんないたずらに」
と、真央は笑う。
「真央様、笑い事ではありません。早く着替えないと」
と、真央を教室の外に連れ出そうとする。
しかし、空気を読まないかのように、
「ミーゼル。友達なんだから、様付けはやめよう。お互いに」
と、貴博が提案する。
「貴博様、いや、貴博、そんなことを言っている場合ではありません。真央がこんなに汚れてしまって」
と、ミーゼルが振り返って真央を見ると、ふわりと風が舞った。真央の頭にも、服にも、床にも、そして、ミーゼルにもついていたチョークの粉が風によって舞い上げられた。風はつむじのように回転し、粉を集めて凝集させていく。そして、教室の隅に置いてあったゴミ箱に、粉の塊を落とした。
「え?」
「「「え?」」」
教室中の生徒がはもった。
「さ、ミーゼル、席につこう。もうすぐ先生が来る」
貴博は、固まったミーゼルの背中を押し、昨日と同じ席につかせる。
真央と貴博はその前、一番前の席に座った。




