裏切りのセーラと姫と生魚(千里と桃香)
セーラは現実を突きつけられ、身震いをする。
その通りだ。武装した兵士が攻め入り、そしてエルフの軍勢に返り討ちにあった。そして、当然、私も殺される、と。
これでは、千里の言った通り、エルフの国に来たのは、私が死ぬための命令だったみたいじゃないか。
こればっかりは、千里と桃香もいかんともしがたい。王国の軍隊が攻め込んだのは事実なのだ。
そのセーラの様子を見て千里は、桃香とアイコンタクトをして、大長老に声をかける。
「大長老様」
大長老は、目を見開いて千里を見て、訂正するように言う。
「様付けはやめていただきたい。さらに、大長老ではなく、ゲルンと呼び捨てにしてください。千里様」
「ではゲルン。私の話を聞いてくれる?」
「はい。なんなりと」
「実はね、その王女は国を裏切っている。なぜなら、王女はすでに王や王子に命を狙われているんだ。そこで王女は私達を頼って来た。今は、王女は亡命先を探しているところ。それを私達が助ける。その対価として、王女を含めたこの者達は、私と桃香に従っている。つまり、表向き隠してはいたが、実のところ私達の従者なんだ。今回の件は、和平を結んで来いという命を王と王子から受けたことを理由にここまで来たが、王はこのどさくさに紛れてあなた達を利用してこの者達を殺させようとした。その後にこの国に攻め込む理由を得るためにね。こっちとしては、これで王と王子が王女を狙っていることがはっきりした。よって、王女セーランジェは堂々と王国を裏切ることが出来る」
セーラは、千里が自分を助けようと言葉を並べていることは理解している。が、複雑な心境だ。
「だから、この者達は私達の従者として見逃してもらえないだろうか」
千里は言う。
「……わかりました。ですが、私達が敬うのはあくまでも千里様と桃香様だけです。何かあったときは、刃を向けることをお許しください」
「わかった。それでいい」
「それでは、改めまして、千里様、桃香様、それから従者の皆様、歓迎いたします」
千里達は食堂に通された。そして、料理をふるまわれる。
ゲルンにルージュ、フォンデも一緒だ。
後、長老らしき人達が十名ほど、一緒にテーブルを囲んだ。
千里と桃香は料理に夢中になる。
「おいしー。これ、マスだよね。焼いたやつ」
「こっちのキノコのスープもおいしいですよ、千里さん」
「うんうん、このお肉もおいしい。豚っぽいけど」
「それは、野生動物です。野生の動物は魔物よりも味わいがよいため、我らは魔物よりも好んで狩りをしております」
自分達が供した食事をおいしそうに食べる千里達を見て、ゲルンはうれしく思いながら説明を行う。
野生動物の肉。どこかで食べたことがあるな。千里はそう思うが、おいしい物を前に深くは考えられない。
「すごいすごい、こんなにおいしいご飯が食べられるなんて、すごい国だね」
千里も桃香も料理を絶賛する。ちなみに、ここまで饒舌なのは、お酒が入っているからでもある。
「ワイン、お代わりくださーい」
「私も―」
という感じで。
それから、キキとララはエルフ達に大人気で、「キキ様」「ララ様」と、これまた様付けで呼ばれ、みんなから食事をもらっている。
その一方で、セーラ以下メイド達の顔色は悪い。
目の前で我が国の兵士が殺された。だが、これは、こちらから攻め入ったのが原因。こんな状況で和平など結べるわけもない。そうなると、千里の言っていることが正しいのか。こればっかりは確かめようがない。父上と兄上に聞いたところで、何が本当かなんてわからないだろう。
私は父上と兄上から殺されるところだったのだろうか。そう考えるだけで、涙があふれてくる。一体どうしたらいいのか。
「ねえゲルン、この国の一番偉い人がゲルンなの?」
千里が聞いてみる。国というなら国王とかいないのかと。
「いえ、この国には人の国のような国王はいません。が、姫がいます」
「姫?」
「はい。申し訳ないのですが、今朝から腹痛のため、寝込んでおり、対応することが出来ません」
「腹痛?」
「はい。朝から、胃がキリキリ痛むとのことで、立ち上がることもできないようです」
「胃がキリキリね。桃ちゃん?」
「ゲルンさん、その姫、何か変なもの食べていませんよね?」
「と、思うのですが。お恥ずかしいことに、姫はある意味お転婆でして、森に一人で出かけては、変なものを口にすることが多く。こういったことも日常茶飯事なのです」
「症状を見せてもらうことってできます? 私達はラミさんとルミさんから治癒魔法を学んでいます」
「そ、そうですか。ハイエルフ様直伝の治癒魔法ですか。そう言うことでしたら、是非、見ていただきたく思います」
千里と桃香は、ハイエルフの名前は万能だな、と思う。
「フォンデ、姫のところへご案内しなさい」
「はい。かしこまりました」
千里と桃香は姫のところへ案内される。大きな屋敷のさらに奥に姫の部屋があるようだ。
「姫様、姫様、入ります」
フォンデが中に確認を取る。すると、中から女性のエルフがドアを開け、中に導き入れてくれた。
「姫様、ハイエルフ様から治癒魔法を学ばれた千里様と桃香様がおなかを見てくださると」
「うーん、うーん、痛い、痛いよー」
姫は布団にくるまってうなり声をあげている。
「姫、昨日何を食べました?」
千里が聞いてみる。
「朝ごはんと、お昼ご飯と、おやつと、晩御飯です……」
「えっと、それ以外です。散歩して何か広い食いをしたとか?」
「何で知ってるの……」
「今はそういう状況ではないです。何を食べられましたか」
「魚。ちょっと生だったっぽい……」
「そうですか。ちょっとおなか触りますよ」
千里は、布団に手を突っ込み、姫の腹に手を当てる。
(スキャン)
千里が姫の胃をスキャンする。
「桃ちゃん、横からスキャンして」
「はい」
桃香も横腹からスキャンする。
「桃ちゃん、大体の場所わかった?」
「はい。わかりました」
「じゃあ、極弱冷却魔法を二方向から当てよう。しかもピンポイントに重なるように極細で。それで、クロスしたところで、凍るように」
「なるほど、わかりました。やってみます」
桃香が脇から人差し指を当てる。千里はみぞおちに指を当てる。
「それじゃ、桃ちゃん、三、二、一、照射!」
「はい!」
二人は、無詠唱で冷却魔法を体内に照射する。そのクロスしたところはより冷却され、凍結する。そのクロスした部分にいたもの。寄生虫だ。
数秒間冷却魔法を二方向から照射し、二人は手を離した。
「いかがですか?」
「あれ? 痛くない」
「よかったですね」
「えっと、どうしたのですか?」
「あの、生魚を食べないようにして欲しいのですが」
「え? 刺身最高じゃん」
「では、薄く切って、寄生虫がいないことを確認してから召し上がってください。二回目に当たるともっとひどくなるかもしれません」
「……寄生虫?」
「はい。今回の腹痛の原因は寄生虫です。その寄生虫が胃から抜け出そうとして、胃の壁に穴を開けようとして、それで痛んだんです」
「……」
「この寄生虫は、冷凍したり、加熱したりすれば死にますから安心して召し上がることが出来ます。一番いいのは生で食べないことですが、確認しながら食べるか、いったん冷凍してから食べてください」
「わかったわ」
症状や対処法などをあらかた伝えた後、千里は姫の発言で気になったところをどうしても聞く。
「ところで、刺身最高って言いましたよね。醤油って?」
「あるわよ、この国に」
「「ください!」」
千里と桃香は、醤油を手に入れた。




