桃香の安心ポジション(千里と桃香)
「えっと、私達、今日ここで野営して、明日の朝、ロックリザードを倒しに行くじゃん?」
千里がセーラに確認を取る。
「ええ、そうですわね」
「もし、この場に盗賊が現れたら、私達、どうする?」
「千里と桃香がいれば何とかなるかもしれませんが、いなければ撤退かと」
「どっちへ?」
「……渓谷ですか? ロックリザードがいなければですが」
「そうね。で、盗賊としたら、狙いは何?」
「お金とか、武器類ですか?」
「こんな少人数の?」
「……後は、言いたくはありませんが、体でしょうか。私達は全員が女性ですし」
「そ。そゆこと」
「どゆことです?」
「私達狙いの盗賊なら、もっと早くに仕掛けてきているってこと。こんなところで襲ったって、自分達までロックリザードの被害にあうかもしれないし、商品となる私達も手に入らないかもしれない」
「えっと、話を始めに戻していいです? えっと、なぜこんな話を?」
「ずっとつけられてる」
「え?」
「王都を出てしばらくしてからね。三人。時々一人がどこかへ行く。多分、連絡。後ろに本体がいるかもしれない」
「その者達の目的は?」
「一番大したことがないのが、私と桃ちゃんの見極め。ロックリザードに対してどのくらい戦えるのか、どう戦うのか。だって、この人数での討伐が土台無理な話なのでしょう? それをセーラが受けたってことは、私と桃ちゃんが何とかなる戦力ってことじゃん。敵としてか味方としてかわからないけど、知っておきたいんじゃない?」
「敵として? 味方として?」
「そ。だからね。見られている以上、私も桃ちゃんもそれにセーラ達も手の内を明かせないの」
「味方ならいいのでしょう?」
「味方だっていやよ」
「……じゃあ、明日は正攻法しか使えずに苦戦をするってこと?」
「そういうことね」
セーラが考え込む。
「千里? さっき、一番大したことない、って言いましたよね?」
「うん」
「じゃあ、大したことある理由もあるのですか?」
「まあ、こっちは簡単。私達の死亡確認。もしくは、どさくさにまぎれた殺害」
「な? なんでそんなことを」
「さあ。そもそも、この討伐自体が自殺行為。それをしろって言ったってことは、ある意味死んで来いって言っているんでしょ?」
「え? まさか、兄さまを疑っています?」
「セーラ、私達が行かないって言ったら泣いたよね。どうして?」
「この討伐自体が無理な話だからです。それを受けてしまったからです」
「そうよね。ただ、セーラは私達のことを知っているから、受けた。それを知らない人は、何でそんな無謀な討伐に行かせようと思った? 私達は、たかだかホーンベアを倒せる程度の戦力なのに。セーラはロックリザードの方が強いことを知ってる。だから、ホーンベアの依頼は受けられたけど、ロックリザードは私達抜きでは受けられなかった。そうよね」
セーラがこくりとうなずく。
「じゃあ、やっぱり死んで来い。じゃない」
千里は一拍置いて
「こうじゃないかな。「セーランジェ王女殿下は、国民のためにロックリザード討伐へ行き、奮闘したものの善戦むなしく死亡」って感じ。まだロックリザードなだけましかもね」
「えっと、何がましですか! そんなひどいこと、お兄さまがするわけありません!」
「偵察によこす戦力はあるのに、私達には付けてくれていないけど」
「……」
「それに、ロックリザードならましなのよ。しつこいようだけど」
「どういうことですか?」
「私達、ロックリザードの後、どこへ行く?」
「エルフの国です」
「そう、どこにあるかわからないエルフの国ね」
「それがどうしたのですか」
「さっきの話のロックリザードをエルフに置き換えてみて?」
「……そんな!? そんなことしたら、戦争になりかねません」
「そゆこと。エルフの国がどこにあるかを知ったうえでね。まあ、全部杞憂に終わればいいけどさ。「はじめからセーラのことを信じていたよ」ってね」
「私達が無事に帰って、そういう結末にするしかないのですよね?」
「そうよ。監視付きでね。で、可能なら、エルフの国がどこにあるのかについては、知られたくはないわ、私としても」
「どうしたら……」
「知らないわよ。まあ、繰り返しになるけど、後ろの監視を何とかしたいってのが本音ね。というわけで、明日は大変なの。今日はゆっくりしましょうよ」
千里は、自分を見る桃香に気づく。
「桃ちゃん、どうしたの? 何かいいアイデアでもあった?」
「いえ、千里さんが知的に見えました」
「な、そんなこと言う口はこの口か―?」
千里は桃香のほっぺをつまむ。
「いはい、いはいれふけど、あんひんひまふ」
桃香は、ほっぺをつねられながらも、自分の立ち位置を取り返したことにほっとして微笑んだ。
翌朝。
「うーん来なかったわね」
「おはようございます。で、何がです?」
セーラがうすうす感づいていながら聞く。
「盗賊。盗賊だったらこの野営が最後の手段だったのに。残念」
「盗賊じゃなかったってことが残念なのです?」
「まあ、そうね。盗賊って言う確信があったら、私と桃ちゃんでサクッとやって来たんだけどね」
「……」
「嘆いても仕方ないわ。目の前のロックリザードに集中しましょ。さ、ごはんごはん」
千里達は、岩陰に隠れて、渓谷の入り口に張り付いていた一匹のロックリザードをみて相談する。
「さてと、あれがロックリザードか。思ったより大きいわよね」
「そうなんです。トカゲタイプだったらまだあのサイズでもそんなに口が大きくないと思ったっていたんですけど、ヤモリタイプなので、かなり口が大きいんです」
桃香が千里の感想に情報を追加する。
「そうね。あれなら私達でも一口にされちゃうかしら」
千里は少し考え、
「ま、あのずんぐりなら、そうは素早くないよね、きっと。ちょっと一匹プルしてくるわ」
と、立ち上がった。
「あの、意外と素早いですよ」
セーラが忠告する。
「わかった。注意するよ」
千里は、音を立てないように、渓谷へと近づいて行った。
「ふむ。近くで見ると大きいなー」
と、五メートルはありそうなロックリザードを見上げ、そして、石を拾う。
「他の子達に気づかれないように、そっと起きてくれるかなー」
と、目をつむって眠っているであろう、ロックリザードに石を投げつけた。
石を当てられたロックリザードは目を開ける。
目をきょろきょろと動かすと、手を振っている千里に気が付く。
ロックリザードは、そろりそろりと壁を移動し、地面に降りた。
そして、千里に狙いをつけて舌なめずりをした。




