キョロっとした目のかわいいあいつ(千里と桃香)
セーラは地下訓練場へと行く。
現在、ミシル達が千里と桃香と一緒に魔法を使った戦闘訓練の時間帯である。
始めは午後は魔法訓練だったが、すでに、魔法と剣術を併用した戦闘訓練に移行している。
セーラは、自分が完全魔導士コースのため戦闘特訓がないが、ミシル達が倒されてはヒールをかけられ再び挑む、という繰り返しを見て、地獄かと思ったくらいだ。
だが、ミシル達のモチベーションは高く、この地獄はずっと続いている。
「千里、桃香、ちょっといい?」
「はい、それじゃ、ちょっと休憩。ただし、魔力操作の練習をしながらね」
セーラは、鬼かと思う。だが、ミシル達はそれもこなせるようになっている。
実際には、魔導士コースの自分が魔力操作の訓練をさぼるわけにはいかないので、自分もそれをしながら話をすることにする。
「みんな、聞いてちょうだい。私達に命令が下りました」
ミシル達が唾を飲み込む。
「私達は十日後、ここを出発して北に向かいます。そして、北の渓谷に発生したロックリザードを討伐します」
「それって、いきなり実戦ってこと?」
「そういうことです。しかも、それを終えた後、そのまま北へ進み、東の大森林に入ります。大森林では、エルフの国へ行き、我が国との和平を結んでもらえるよう、交渉することになっています」
「そうなんだ。大変だね」
「え?」
「「え?」」
他人事のような意見を口にする千里に対して、疑問を返すセーラ。さらに、なぜそれが疑問に思われたのかの疑問を返す千里と桃香。
「あの、どうして千里と桃香は他人事のような態度なのですか?」
「他人事だからだけど?」
「え?」
「「え?」」
「あの、同じことの繰り返しになるので、この辺にしたいのですが、要は、ついて来てくれないと?」
「えっと、私達、情報が欲しいんだよね。自分達で情報を集めに行くんじゃないんだよね。だから、ここでじっとしていたいんだけど?」
「そんなー。でも、でも。私は情報を集めています。私が集めているんです。その変わり、千里と桃香は私のお付きをしてくれるんじゃなかったのです?」
「うーん。だってさ、当然、騎士団とかつけてくれているんでしょ? だったら十分じゃない?」
「……いないのです」
「え?」
あまりの小声に聞き返す千里。
「騎士団、つけてもらえませんでした。私達だけで行けと」
「「……」」
「セーラ、間違っていたらごめん。セーラって第一王女だよね?」
「な? そうですよ。何を言っているんです? 何を疑っているんです?」
「なのに、騎士団もつけずにロックリザードを討伐してこいと? 一人で? しょぼしょぼ姫に?」
「……うわーん」
セーラが泣き出した。
「そうよ。私はしょぼしょぼよ、ロックリザードなんて、倒せるなんて思っていないわ。でも、でも、あなた達が来てくれたら何とかなるって……わーん」
そこへミシルが千里の前に出て頭を下げる。
「私達メイド四名。命を懸けて姫をお守りする覚悟です。ですが、お願いします。一緒に、ついて来てもらえませんか?」
セシルと二名も頭を下げる。
「セーラ、泣きやんでくれる? ミシルさん達も頭をあげて」
千里がセーラ達に声をかけた。
「セーラ、ミシルさん達、ごめんなさい。まさか、姫の遠征に騎士団がついて行かないなんてことがあるとは思ってもみなかった。ロックリザードにしても、騎士団が戦って、セーラが戦う必要はないから、ここでの鍛錬のこととかも、実践しなくていいかと思ってた。だけど、五人で行かせることはできない。ね、桃ちゃん」
「はい。私も一緒に行きます」
「私達が、姫とミシル達たちを守ります」
「任せてください」
「ぐすっ、ありがとう。ありがとう、千里、桃香」
「ただし、移動中も特訓だから」
「うん。強くなるから」
「それから、そういうことなら、これからはセーラもファイトアンドヒールね」
「……」
「護衛の騎士団をつけてくれないのよ。後ろに立って魔法を撃ってりゃいいって状況じゃないでしょうに」
「……」
セーラは思う。あの地獄が私にも、と。
十日後、馬車に荷物を詰め込んで、出発する。キキとララも馬車に乗っている。
馬車を操縦するのはミシル。御者台にはセーラも座っている。千里と桃香、残りのメイドは馬車の周りを護衛するように囲み、歩いて行く。
都市の城門を出るまでの間、住民が手を振って送ってくれた。「姫様、頑張って!」と。
「ねえ、その渓谷まで何日くらいかかるの?」
「およそ五日の予定よ」
「そっか。じゃあ、歩いている間、移動している間は、魔力操作の練習ね」
途中、サテライト的にある町や村に寄ったり泊まったりして、旅を続ける。
出発して五日が経った。
「あの、遠くに見える岩の壁が渓谷かな?」
「そうよ。あの渓谷を道が通っているから、このままいけば着くわ。今日中にロックリザードに出会うかもね」
「そっか。わかった。でも、今日は、ロックリザードに対面するのはやめよう」
「え、何で?」
「できれば、涼しいうちにやりたい。だけど、夜はこっちがつらい。だから、朝がいい」
「それじゃ、離れたところで野営をする?」
「そうね。風下になるところでね」
馬車は進む。渓谷の一キロほど手前まで。
そこで、皆で野営の準備をする。
「ちょっと桃ちゃん。ロックリザードの様子を見てきてくれる?」
「はい。私が適任だと思います。行ってきます。じゃあ、千里さんはここの護衛をお願いしますね」
「うん。こっちも任された。よろしくね、桃ちゃん」
桃香は、渓谷に向かって走っていった。
「ねえ、千里。ここの護衛って、改まって言うこと?」
「ううん。桃ちゃんも心配なんだよ。姫のことが」
「それ、私がしょぼしょぼだからよね」
「セーラ、セーラは二か月も私達のしごきに耐えたんだよ。もう、しょぼしょぼじゃないよ。しょびしょびくらいかな」
「……悪くなってる気がします」
あははははは。と、千里が笑い、ぶー、と、セーラがふくれた。
「桃ちゃん、どうだった?」
「あの、想像とちがいました」
「想像と?」
「はい、千里さん。ロックリザードって言うから、トカゲみたいなやつかと思っていたんですが、ちょっとずんぐり体型、つまりヤモリでした」
「まあ、ほぼほぼ同じよね」
「そう言われればそうなんですけど。まあ、どっちにしても、キョロっとした目がかわいかったです」
「そっか、かわいかったか。で、切れそう?」
「体はごつごつしてましたけど、どうなんでしょうね」
「ねえセーラ、普通、ロックリザードってどうやって倒すの?」
「炎魔法を撃ちこみながら、ひたすら槍で突く、です」
「ふーん。槍で突けるんだ」
「岩のような体表のうろこの隙間を狙うしかないんです。切ることなんてまず無理かと」
「わかった。そっちはそんな感じね」
「そっち?」
セーラが怪訝な顔をする。
「で、どんな感じなんです?」
桃香が千里に聞く。
「動きはないわね。ということでちょっとやな感じ」
「そうですか」
「あの、千里? 何の話なのです?」




