兄が妹を慕って何が悪い!(千里と桃香)
「な、無礼にもほどがある。者ども!」
アーニスの怒りに、謁見の間の両サイドに立っていたフルプレートメイルを着た騎士が三人を取り囲む。
千里と桃香は、やれやれ、と、それに向き合う。
セーラはどうしたものかと、おろおろするしかできない。慕っている父や兄と対立したいなんて思っていないし、それ以前に嫌われたくない。
この騒ぎを止めたのは、王だった。というか、止められるのは王しかいない。
「やめよ」
この一言で、騎士が剣をおろす。
「セーラ、その二人については、お前の好きにするがいい。だが、アーニスの心配ももっともだ。ここでのふるまいを教えておけ」
「はい、お父さま」
「セーラ、他にはないのか?」
セーラは騎士に囲まれた状況で、これ以上、褒美は思いつかない。
「はいはーい。訓練場が欲しいです」
千里が手をあげる。
「な、貴様に聞いていない!」
アーニスが怒鳴る。
国王は右手を上げるだけでアーニスを制し、千里に聞く。
「なぜだ。訓練場ならあるだろう」
「人目につかない訓練場が欲しいです。この、しょぼしょぼ姫を鍛えたいので」
「「「……」」」
(またしょぼしょぼ姫って言った。しかも、お父さまとお兄さまの前で……)
セーラはがっくりする。
「黙れ、セーラはそのままで十分かわいいのだ。鍛える必要なない」
「……引くわー、シスコンだったか」
一瞬ほほを染めたセーラが千里をにらむ。兄が妹を慕って何が悪い。
「貴様―」
「私はセーラと約束したの。立派な魔導士にするって。でもその方法は教えられないし、見せられない。だから、人目につかない訓練場が必要なの」
「な、魔導士だと?」
アーニスとしては、セーラに求めるのは外見。それで人気が出ていればそれで充分。その上で他国の手て殺されてくれたら万々歳である。むしろ、力までつけてしまっては、自分の立場すら危うくなりかねない。
「そんなことが出来るか」
「それ、二重の意味? 訓練場を用意できないってこと? セーラを魔導士にできないってこと?」
「セーラは民達の憧れであってくれればいい、太陽であってくれればいい。民たちに安心を与えてくれればそれでよいのだ。戦闘になぞ、出さん」
「熊退治に出したじゃん」
「だからちゃんと護衛騎士団を出しただろう」
フーフーと距離を置いてにらみ合う千里とアーニス。
「だから、もうやめよと。おぬし、名は?」
「千里よ」
「ではセーラ、千里の望みをセーラの望みとして聞く。城の敷地内でいいところを探して建てさせろ。それでよいか?」
「は、寛大なお心に感謝いたします」
セーラは頭を下げる。
「ではもういいぞ。下がれ。これ以上の騒ぎにはしたくない」
「は、失礼いたします」
セーラは千里と桃香を連れて退室した。
数日後、訓練場の場所が決まる。
「どうします? 千里。地面はこのまま土でいいです? 壁と屋根があればいいです?」
「壁と屋根は当然として、外から見えないようにと、本当は、音が漏れないように地下がよかったんだけど」
「一体、何をするんです?」
「あの、将来の魔導士様、音を立てずに攻撃魔法を撃てます?」
「はい、すみません。地下を作らせます。上物は、ダミーとすればいいですか?」
「一応地上も使えるようにしておいてよ。ダミーででも」
「わかりました。そのように指示しておきます」
この世界では、土魔法は使い勝手が良い。こういった時の土木工事には最適である。
「セーラ、というわけで、地下は私と桃ちゃんが掘るから、上物を立てさせてよ」
「……」
結局、二人は、縦三十メートル、横二十メートル、高さ五メートルの空間を地下に作り上げた。土を思いっきり圧縮して。そのため、かなり丈夫な空間となっている。また、天井が落ちてこないように、圧縮した柱も何本か立てた。
その上に、訓練場の上物が立ったのだが。
「ねえ、千里。上物の面積より、下の面積の方が大きいよね」
「まあ、いいじゃん。ばれないって」
はぁと、セーラはため息をつく。
「それじゃ、今日から下で訓練しようか」
千里が声をかける。
「えっと、セーラは完全魔導士タイプね。ミシル、セシル、それからアデルとイリスは、午前中に武術を、午後に魔術でいいかな?」
「私達もですか?」
「ええ、じゃないと、私達がいない時、誰がセーラを守るの」
「そ、それは近衛騎士とか?」
「ま、それでもいいけどね」
と、答えて千里はセーラに聞く。
「ねえセーラ。あなた、最終的には、近衛騎士とこのメイド達、どちらを信用するの?」
「そんなの決まっていますわ。ミシル達です」
と、即答するセーラ。
「そういうことだから、最終的にはあなた達がセーラを守る。だけど、あなた達が武器を持てること、魔法を撃てること、そのこと自体や程度についてはなるべく内緒にする。だから、地下での鍛錬ね。よろしく」
「「「「はい」」」」
こうしてセーラやメイド達のファイトアンドヒールトレーニングが始まり、そして二か月が過ぎた。
「姫様、国王様より出頭命令です」
ミシルがセーラに勅命を伝える。
「お父様から?」
「はい。本日午後、場所は謁見の間。騎士の正装をして一人でと書かれています」
「一人で?」
「はい。わかったわ。行ってくる。だけど、なぜ、騎士の正装なのかしら」
午後になって、セーラは謁見の間に入る。
そして、王が座る玉座の下まで歩いて、膝をついた。
「セーラ、よく来てくれた。今日は、アーニスから依頼がある。ただ、私とも相談した結果だから、私の命ととってもらって構わん。聞いてくれるか?」
「はい。お父さま」
「では、アーニス、頼む」
アーニスは、一歩前に出て、命令書を取り出す。
「セーランジェ第一王女。最近、北の鉱山地帯に続く渓谷において、ロックリザードの発生が見られた。これの討伐を命ずる。さらに、せっかくそこまで行くのであるから、鉱山地帯の東に広がる大森林に入り、エルフの里を見つけ、和平を結んでこい。我が国からの親書は後で届ける。これは、王族にしかできない仕事だ。だから、お前に任せる。ちなみに、その手前のロックリザードがおまけだ。どのみち、そこを通らざるを得ないだろう」
「はい、その任、お受けいたします。して、騎士団はどの隊を?」
「いや、お前の手勢だけで行ってこい。馬車は用意する。他の騎士団は、ここ最近きな臭くなってきたため、国防を対応させており、そちらの任務のためにさくわけにはいかないのだ。許せ」
セーラは内心で「まじか」と悪態をつく。ロックリザードだって、たいそうな魔物だ。しかも複数いるのであれば、騎士団がいくつも欲しい。しかも、その後のエルフの国探索にしても、どこにあるのかもわからないのに、見つかるまで森を歩き続けろと言っているに等しい。となると、食料さえ、自給か。どう考えてもあり得ない。
「頼むセーラ。お前には優秀な護衛がついたのだろう。これくらい大丈夫ではないか?」
セーラは考えるが、これは断ったら、千里たちがバカにされたも同然だ。首を横に振ることはできない。
「お兄さま、出発はいつ頃までにすればよろしいですか?」
「早いに越したことはない。ただ、準備もあることだから、十日以内に出てくれればよい」
「わかりました。この任、受けさせていただきます」
セーラは頭を下げて、退室した。




