おっさんを喜ばせる趣味はない(千里と桃香)
夕食時。
「ワイティスト辺境伯、このようにもてなしてくださり、ありがとうございます」
テーブルにはたくさんの食事が並んでいる。
しかしながら、テーブルについているのは、セーラのほかは、辺境伯、その妻、息子だけだ。つまり、お付きはテーブルにはつけない。
「第一王女殿下こそ、お勤めお疲れさまでした。これから先は、我らにお任せください」
「はい。よろしくお願いいたします」
「ところで、どのようにホーンベアを狩ったのですかな? 合計六頭を狩られたと聞きましたが」
「え、ええ。わたしと後ろにいる千里と桃香で事に当たりました」
千里と桃香は小さく頭を下げる。
「え? 三名でですか?」
「もちろん、六頭一度にではありませんので」
「それはそうですよね。そちらのお二方は行きにはお見掛けしませんでしたが」
辺境伯の妻が口を挟む。
「しかも、ソフィローズを着こなすなんて、かなり良いところのお嬢様かとお見受けしますわ」
千里と桃香が冷や汗をかく。
「あの、二人の出自については聞いておりません。現地採用です」
セーラが答える。
「そのようなものが我が領にいたと?」
「いえ、旅をしているようです」
「そうでしたか。それにしても、現地採用で即、そば仕えとは、かなり信頼されているのですね」
「はい。そのとおりです」
「それに、その二人は、王女殿下と三人でホーンベアを倒されるほどの実力者と」
「……」
セーラは答えない。
「もしよろしければ、うちの騎士団長と手合わせなどいかがでしょうか」
千里も桃香もふるふると顔を横に振る。
「二人とも、ホーンベアの討伐で疲れておりますのでせっかくのお申し出ですが」
「先ほど、街中で肉やデザートを元気に食べまくっていたと聞いていますが?」
セーラの額に怒りマークが浮く。千里と桃香は視線を逸らす。
「先ほど、王女殿下と勇んでキザクラ商会へ行かれたと聞いていますが?」
辺境伯は追い打ちをかける。
「私の相手で疲れているのですわ」
「そうですか。残念です。ま、その程度で疲れるような者が、ホーンベア六頭ですか。まあ、誰も見ていないことですし? 王女殿下も大変ですな」
セーラが怒りマークを大きくする。が、我慢しきれないものが一人。
「なにを! うちの姫を愚弄するんか? 嘘つきだというんか? やったろうやないか!」
千里が切れた。
「ま、千里さんここは……それに言葉遣いもおかしいです!」
桃香が抑えようとするがもう遅い。
「あっはっはっはっは。現地採用とはいえ、野生児を拾ったようですな」
「千里、やっておしまい」
「イエス、マム」
辺境伯家訓練場に場所を移す。
「あの、本当にあのお嬢ちゃんと試合をするのですか?」
騎士団長リンドが辺境伯に聞く。
「ああ、王女殿下が三人でホーンベアを倒したって言うからな。実力を見たいと思ってな」
「三人でですか?」
「しかも六頭だ」
「……それが本当なら、それなりですね」
「だろう。化けの皮をはがしてやれ」
「はぁ。弱い者いじめは嫌なんですけどね」
リンドは髪をかき上げる。
「でもまあ、子猫ちゃんがかわいいと言っても、ちゃんとしつけないとね」
ゾゾゾ!
千里が身震いをする。
「なんか寒気がしたんですけど」
「そんなことより千里、その恰好でやるの?」
千里は着替えていない。つまり、アイドルのような格好で戦うと言っている。
「大丈夫。履いているから」
と、スカートをめくりあげてペチパンツを見せる千里。
セーラはおでこに手を当ててため息をつく。
「それをあっちに向かってやって、おっさんを喜ばせるようなことしないでね」
「そんなサービス精神はないよ。大丈夫」
「ところで、何持ちます?」
桃香が千里に、武器は何をするのかと聞く。
「うーん。槍かな」
「刃はどうします?」
「外して。ぼっこだけでいい」
「わかりました」
「おーい、そろそろいいかい」
似非イケメンの騎士団長リンドが千里に声をかける。
「じゃあ、行ってくるね」
と、千里は訓練場の真ん中へ歩を進める。
「それ何? 棒?」
「そうよ。棒。これでいいでしょ」
「あっはっはっは。負けたときの言い訳?」
「うーん、殺さないための工夫と言って」
「いいねー。威勢のいい女の子は嫌いじゃないさ。なあ君、僕が勝ったら僕のものにならないかい?」
ゾゾゾ、気持ち悪っ! 千里が身震いをする。
「後ろで奥さんが怒っているけど?」
「あはははは、いつものことだから、妻も慣れているさ。って、妻、来てたっけ?」
「あそこで苦虫つぶしたような顔をしているおっさん、あんたの奥さんじゃないの? やきもち焼いているのかと思ったわ」
「貴様……」
セーラが前に出てくる。
「ほら、いつまでもいがみ合っていないで、さっさと終わらせるわよ。私が合図をするわ。ほら、下がって下がって」
二人が間合いを取る。
「それじゃ始めるわよ。よーい。始め!」
その瞬間、騎士団長リンドが飛び出し、上段から剣を振り下ろす。
ガキィン!
千里が槍を横に構えてそれを止める。
「な、この一撃を?」
「この一撃って何? まさか、今のが必殺技?」
「このー」
リンドが剣をたたきつける。上から、右下から、左下から、左から……
リンドが呼吸を整えるため、いったん距離を開ける。
「えっと、今ので終わり?」
「攻撃もできないくせに何を言っている?」
「そういうあなたの攻撃だってしょぼいじゃない。私、一歩も動いてないわよ」
「え?」
リンドは目を見開く。
確かに、千里は元の位置にいる。
「さあ、疲れちゃう前に奥義でもなんでも打ってきなさいよ。次は私も攻撃に出るから」
千里は左手で槍を担ぎ、右の手のひらを上にして指をくいくいっと曲げる。
「覚悟―」
リンドが飛び出し、最上段から千里に切りかかる。
ドスッ!
リンドの剣が訓練場に突き刺さる。
「はい終り」
リンドの後ろに瞬間的に移動した千里は、リンドの首に手刀をたたきつけた。
リンドが倒れこむ。
「「「なっ」」」
訓練場のあちこちから、驚愕の声が上がる。
「さ、終わり終わりと。セーラ」
「あ、勝者! 千里!」
千里は何も気にせず、下がっていく。
そこには、倒れているリンドが残される。
「さ、桃ちゃん、ご飯にしよう。晩御飯食べてないしさ。運動したらおなかが減っちゃった」
「もう、千里さんって、相変わらず手抜きなんだから」
「何言っているの、最後、ちゃんとやったでしょ?」
「そうですけど……それまで、完全に舐めプですよね」
「いやいや、始めに相手の力量を見極めるべしって教わったじゃん。相手の方が強かったら逃げろって」
「そうですけど」
「それが威勢の割に弱かっただけじゃん」
「ちょっと待てー」
辺境伯が走ってくる。
「何でございましょうか、辺境伯様」
千里が適当に丁寧っぽく言う。
「貴様、今何をした?」
千里と桃香が目を合わせる。
「えっと、手刀でとんと。見えなかったのですか? 角度の問題?」
「うちの騎士団長は国内有数の騎士だぞ。それを?」
千里がセーラを見ると、うんとうなずいた。
「てへっ」
と、ごまかしにかかる千里であったが、内心、「そんな奴とやらせるなよ」と、愚痴た。
お付きの部屋で食事を取る千里と桃香。その横には左手で頬杖をついて右手でのの字を書き続けているセーラがいる。
「あの、セーラ、何?」
「あなた達、何者?」
「セーラ、姫様口調止めたのね」
「えっと、私が聞いてるの。口調? 疲れたわ」
「私達はセーラのお付きで、セーラの友達。それ以外に何か必要?」
「まあ、うれしいんだけどさ。私のために怒ってくれたし。だけどさ、ここの騎士団長を倒したってことが知られたらさ、きっと、いろいろあるわよ」
「そういうのを何とかしてくれるのが上司の仕事じゃないの?」
「都合の悪いときだけ上司って」
はぁ、セーラはため息をつく。
「じゃあ、一つだけ」
と、千里は周りを見回す。
「皆、耳をふさぎなさい」
セーラが他のメイドに命じる。
「私達の師匠が得意としていたのは、暗殺」
セーラが目を見開く。
「自分がそれをなりわいとしたいとは思っていないわよ。必要があったらするけど」
セーラは桃香に目を向ける。
桃香もうんとうなずく。
「師匠との鬼ごっこはいつも死にかけていたわよ」
「私もです」
固まるセーラをよそ目に、千里と桃香はキキとララをベッドに誘う。
「キキ、寝るわよ」
「ララも寝よう」
「「キュイ」」
復活したセーラは、
「待って、私も一緒に寝るー」
と、二人を追いかけた。
翌日、何もなかったかのように、辺境伯領を出る。
「さ、王都に向かうんだよね」
「そうですわ」
「楽しみー。おいしいご飯があるかな」
「楽しみですよね。ソフィローズの品ぞろえもいいかな」
千里と桃香がそれぞれ思いをはせる。
「そういえばセーラ。私達、セーラのお付きよね」
「そうよ」
「ということはさ、この制服であるソフィローズも経費で落ちる?」
桃香とミシルがその通りだ、という顔をする。
「なしよ。いつからソフィローズが制服になったのよ。メイド服を支給しているじゃないの」
「私達、もらってないけど、私達もメイド服を着るの?」
「……お付きっていったい」
と、セーラがぶつぶつ言い始める。
「まあいいかもね、メイド服。かわいいもんね」
「えへ。ちょっと憧れていました」
「ミシルさん、キザクラ商会にメイド服をオーダーしておいてください」
「わかったわ。人数分オーダーしておきます」
「え?」
「あれ、セーラもセーラー服とかオーダーするって言ってなかった?」
「キザクラ商会、高いのよ」
「知っているわよ。ありがとう」
「ありがとうございます」
「もう」




