戦闘服とはいったい……(千里と桃香)
馬車は進む。
「あ、ワイティスト辺境伯の領都が見えてきましたわ」
「おー。大きいね。すごい城壁」
「この辺りは、自然豊かで魔物も多いので、討伐された魔物の素材や、自然を生かした農作物などが特産なのです」
馬車は畑を両側に見ながら城門へと進んでいった。
馬車は城門をくぐる。もちろん、王家の旗を掲げているので、スルーパスだ。
「ねえセーラ、これからどこへ行くの?」
千里が通り沿いに並んでいる出店や商店などを見ながら聞く。
「辺境伯のお屋敷へ行って、泊めてもらいます」
「そうなんだ。いつ出発なの?」
「明日の朝には出発ですわ」
「そう」
馬車は辺境伯の屋敷の前に止まる。四人が馬車を下りると、辺境伯らしい老人が出迎えてくれた。
「お出迎えありがとうございます。今日は、一晩のお世話になります」
「姫様も、お勤めを果たされたとのこと、お疲れでしょうから、ゆっくりとお休みください」
「はい。ありがとうございます」
セーラは千里と桃香に声をかけるべく振り返る。が、いない。そこに立っていたはずの二人が。自分のお付きのはずの二人が。
セーラがきょろきょろと二人を探していると、屋敷の門から声が聞こえてくる。
「セーラー! ちょっと街を見てくるねー」
「買い食いの間違いでーす」
「あ、桃ちゃん、なんてことを」
と言って、去っていく二人の姿が見えた。
「あの二人……なんてうらやまし、いや、勝手なことを」
ほほを膨らませるセーラ。
「ミシル、セシルに後を追わせて。晩御飯までには連れて帰って来て。それから晩御飯が食べられなくなるといけないから、ほどほどにって」
「承知しました。セシル!」
セシルは門から飛び出していった。
「う、うまー。おいちゃん、この焼き鳥うまいよ」
「嬢ちゃん、それは鳥じゃなくてな、ホーンボアって言う魔物だよ。高ランク冒険者しかとってこれないんだ。特に処理が重要でな、うちは、高ランク冒険者に狩りを委託しているんだ」
「そうなんだ。この間に挟まっているネギもいいね」
「だろう。このワイティストの特産品の一つなんだ。焼いてもジューシーだろ」
「ハフハフ、おいしいです。おいちゃん、もう一本ください」
「お米があったらお弁当にしたいです―」
「千里様―、桃香様―」
はあはあと、息を切らして走ってくるセシル。
「あ、セシルじゃん。どうしたの?」
「お二人のお目付けを言い渡されました」
「えー、なにそれ」
「夕食までに戻ってくるのと、食べ過ぎないように、とのことです」
「ふーん。はい、セシル。セシルも食べるでしょ」
と、セシルに串焼きを渡す千里。
「え、」
串焼きを手渡されて動揺するセシル。
「おいしいよ。熱いうちに食べた方がいいと思うけど」
「はい、ありがとうございます」
セシルは口に肉を含む。
「んーーーん。おいしい」
「おいしいよね。おいちゃん、もう三本頂戴」
「はいよ。いま、食べ過ぎないようにって聞こえたけど、大丈夫かい?」
「おいしいものは別腹だからさ」
はむはむと三人で串焼きを食べていると、
「おーい、お姉ちゃん達、こっちの鳥も食べてみないかい。特別な、野生の鳥もあるよ」
「ん-、なになに」
声に釣られていく千里と桃香。
「あー、千里様、桃香様―」
「おいちゃん、三つ」
「あいよ」
おいちゃんは、千里と桃香、セシルに串焼きを一本ずつ渡す。
「んー。この鳥、おいしいね」
「だろう! 魔物じゃない、野生の鳥なんだ。野生の鳥は魔物と比べて小さいからな、獲る人が少ないんだよ」
「おいちゃんが獲ってるの?」
「そうだよ。毎朝仕掛けを見に行くんだ」
「へー。おいしかったよ、おいちゃん」
「おー、ありがとうな。また来てくれよ」
三人は歩き出す。
「千里様、桃香様、あの……」
「あ、あそこカフェじゃない?」
「ほんとです。お肉を食べたから、今度はおやつです」
「よし、行こう」
「千里様ー、桃香様―」
「セシルは食べないの?」
「……食べます」
「ふう、おなか一杯」
「私もです」
「……おなか一杯にしちゃだめって」
千里、桃香、そしてセシルがおなかをさすりながら歩く。
すると、桃香がふと気づく。
「あれ、キザクラ商会って書いてあります」
「あ、ほんとだね。あれだよね、セーラーを売ってるってミシルさんが言ってたお店だよね?」
「そうです。ちょっと入ってみます?」
「うん」
「いらっしゃいませ」
店員が三人に声をかける。店員は、千里と桃香が着ている団服をみて、わからない程度に目を見開く。そして、普段通りに接する。
「このお店にセーラー服が売ってるって聞いたけど」
「はいございます。こちらです」
「あ、セーラー服が欲しいんじゃなくて、聞きたいことが。これって、本当に戦闘服ですか?」
「そうです。いろんな意味でですが」
「いろんな意味?」
「はい、いろんな相手に対応できるという意味で……」
店員が言いよどんでくる。
「いろんな相手?」
まだ聞くか?という顔をする店員。
「はい。魔物と戦うときも、そして、男性とある意味戦うときも……」
と、店員が顔を赤らめる。
「「……」」
千里と桃香が固まる。
「あ、それは、この服を開発された大昔の方がおっしゃっていたことであって、あの、今はその……」
店員がどうしても言いよどむ。
「一着ください」
セシルが言った。
「はい、ありがとうございます」
「そちらのお客様方はいかがなさいますか?」
「戦闘に、特化した、他の服、あります?」
「はい。ソフィローズを各種取り揃えております。ただし、私どものコンセプトといたしましては、戦闘中も美しく、戦闘中もかわいらしく、を、うたっておりますので、そういう意味では、セーラー服も当店の人気商品となっております」
「かわいいけどさ、かわいいのはわかるんだけどさ、おっさんを喜ばせる趣味はないのよ」
「でも、かわいい服が着たいです」
「それもそうなのよね。花の十六歳ですもの」
千里が頬に手をあてて、くねっとする。
それを桃香が冷たい目で見る。
「なに、桃ちゃん、文句ある? 同い年でしょ!」
と、桃香のほほをつまむ。
「ないれふないれふー」
結局、二人はブラウスやらチェックのミニスカートやら、キャミソールやらと、次々にかごに入れていく。
「お姉さん、下着は?」
「はい、奥にございます。シンプルなものから勝負できるものまでそろってございます」
「よし、桃ちゃん、見に行こう」
ぼふっ!
セシルの顔が真っ赤に染まった。「勝負って……」と。
結局、三人はかご一杯の服を購入する。
「あ、私、お金……」
と、二人につられたセシルが顔を青くする。
「大丈夫。今日、買い食いに付き合ってくれたんだもん。私達がだすわ」
「そ、そんな」
「いいでしょ。セシルも一緒にかわいい恰好をしましょう」
「本当にいいんですか?」
「いいよいいよ。それなりに持ってきたし、それに、仕事にもありつけたしさ」
「あ、ありがとうございます」
たくさんの紙袋を両手に抱えた三人は、腹ごなしに散歩をしながら辺境伯邸に戻る。そこに鬼の形相で待っていたのはセーラとミシル。
「千里ー、桃香ー」
「セシルー」
それぞれセーラとミシル。
「ずるいじゃない、おいしいもの食べて、ショッピングをして。ちょっと着てみなさいよ、そのかわいい服!」
三人はおそろいで買った服を着る羽目になる。
白のフリフリのブラウス、赤のチェックのミニスカート、白い膝上のソックス。そして、三人で、
「「「きゃぴっ」」」
と、ターンをしてポーズを決めた。
ぷるぷるぷると震えるセーラ。頭を抱えるミシル。
「ずるいずるいずるい! かわいいじゃない、みんなでそろえて。私も欲しい。それに何!」
と言って、セーラはセシルのスカートをまくり上げる。
「このパンツ! かわいいじゃない。誰に見せるのこれ、ねえセシル、だ、れ、に、見せるのか言ってみなさい!」
「いやん」
と、スカートを押さえるセシル。
「きー、そのしぐさがまたかわいいのよ」
セーラはミシルに懇願する。
「ミシルー、私も連れてって。かわいい服買って。下着もあんなかわいいのつけてみたいー」
ミシルは黙って三人をにらむ。どうしてくれるんだ、と。
「セーラ、今から行こう。私達がついて行くから。ね」
千里と桃香がもう一度キザクラ商会へ行こうと提案する。
「ぐすっ、ぐすっ。うん。行く……」
結局五人でもう一度出かけることになった。
ミシルまで下着を買っていたが、それは内緒の話らしい。




