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マイナスの依頼(貴博と真央)

 ギルドの訓練場。


 ビシィ! バシィ!


「一週間もかかるんだ」


 貴博は、セレンに胸を借りながら愚痴る。

 セレンとレティの指輪ができるまで一週間。

 その間、この街に滞在することになっている。


「旦那様は私の指輪をそんなやっつけ仕事みたいに終わらせたものにしたいのですか?」

「いや、そう言うわけじゃないけどさ」

「じゃあ、どういうわけですか」

「ちょっと暇だなって」


 バキィ!


「次は私です、セレン!」


 貴博がセレンに殴り飛ばされ、そこへ真央が飛び込んで来る。

 

「でも、どうするのです? ギルドで何か依頼を受けるのですか?」

「うん。それもいいかもね」


 イタタタタ……

 と、ヒールをかけながら貴博は答えた。


「おい、お前ら」


 そこへギルマスがやってきた。


「お前達、いつまでギルドに住み着くんだ?」

「あと、一週間お願いします」


 貴博が立ち上がりながら答える。


「……」

「いいじゃないですか、真央達のおかげでかなり稼いだって聞いてますよ」


 貴博はその場にいなかったので、詳しいことは知らないことにする。


「……まあいい。もうしばらくな」


 そう言われてしまえば、ギルマスは首を縦に振らざるを得ない。

 真央とクラリスのおかげで稼げたのは事実だし、その稼ぎは、貴博達が一週間くらい居座っても財布にはさほど響かないほどだ。

 ギルマスはあきらめて去って行った。




 夕食は、ギルマスもキュロも一緒に食べている。

 が、都合がいいとばかりに貴博が聞く。


「ギルマス、一週間くらいで達成できる面白そうな依頼ってないです?」

「……お前達は面白そうかどうかで依頼を決めるのか? それに、私にはお前達の面白そうの基準がわからん」

「楽しそうならいいのです」


 真央が答える。

 だが、言っていることは貴博と同じだ。楽しそうの基準がわからない。

 しかし、ギルマスにはそんな依頼に心当たりがある。

 

「ある意味、お前達くらいしか興味を示しそうにない依頼がある。おかげで、誰にも頼めなくて流すところにある依頼だ」

「なんだかややこしいですね。それはどんな依頼なんですか?」

「言えない」

「は?」


 貴博が首をかしげる。

 真央もミーゼル達も。


「守秘義務がある。だから、それなりに覚悟してから聞け。聞いたら依頼を受けてもらう」

「「……」」


 貴博と真央は視線を合わせる。

 だが、そんなことを言われれば、気軽に聞くこともできない。




 食後、もやもやする放課後木剣クラブのメンバーは、ギルマスの部屋を訪れた。


 トントントン


「入れ」

「えっと、さっき聞いた依頼なんですが」


 貴博が代表してギルマスに尋ねる。


「受けるのか?」

「なるべく受けたいと思うのですが、時間的に受けれる依頼ですか?」

「依頼を行ってもらうは三日後。場所はここから三日ほど南に行ったところにある街、獣人と人間の国の交易点となっている街だ。この街は獣人の国にも人間の国にも属していない、自然発生的な自治の街で、よって、管理が行き届いていない」

「つまり、時間的にギリギリ、しかも治安の悪いところってことですね」

「そうだ。だから、誰もやらないだろうしやらせられないし、流れるところにある依頼だと。ちなみに、治安の悪さがどのくらいかと言うと、条件が整ったとして、うちの咆哮や牙狼にすらやらせようとは思わない」

「そんなに? どちらもプラチナランクでしょ?」

「その二パーティはうちの稼ぎ頭なんだ。ただでさえ、一人ずつメンバーが減ってしまった。そんな危険にさらすわけにはいかない。まあ、そもそも条件が合わないんだが」

「その条件って言うのは?」


 ギルマスは首を左右に振って、あきらめたかのように答えた。


「……金持ちだ」

「金持ち?」

「そうだ。金持ちでないと依頼できない」

「そんな依頼、依頼主が金持ちじゃないの?」

「いや、金持ちじゃない」

「どういうこと?」


 貴博はよく理解できず、とはいえ気になり、前のめりになってさらに詳しく聞こうとする。


「ちょっと待ってセンセ」


 だが、だまって話を聞いていたミーゼルが貴博を止めた。


「これ、依頼主がお金が無くて、依頼を受ける方がお金が必要って、たぶん、マイナスの依頼よ」


 貴博はギルマスを見る。

 ギルマスは両掌を上に上げ、降参する。


「そうだ。ミーゼルの言う通りだ。依頼を受けた者が、おそらく金銭的に損をする、そういう依頼だ」

「じゃあ、誰も受けるわけないじゃないですか」

「だがな、聞いたらお前達なら受けるぞ。受けてしまうぞ。言っておくが、私は、お前達に損をさせたいと思っているわけじゃないからな。だが、心の満足は金には代えられん」


 貴博は悩む。気になると言えば気になる。

 しかも、心の満足と言われたらなおさら。

 だが、金銭的に損をする。

 それはパーティ全体の話だ。


 しかし、貴博以上に気になっているメンバーがいる。

 どう見てもそわそわしている。

 しっぽがあったらぶんぶんしているだろう。

 その後ろ姿をみんなが見ている。


 ミーゼルがそんな真央を見てあきらめる。


「真央、貴方がこのパーティのリーダーなんだから、貴方が決めなさい」


 真央が目をキラッキラに輝かせて振り向く。


「いいの?」


 全員がうなずく。


「受けます!」


 真央がこのマイナスの依頼を受けることを決めた。


「はぁ。だから言いたくなかったのに」


 ギルマスがため息をついた。




「じゃあ、説明する」


 ギルマスは声を潜めて説明を行う。


「まず、依頼主は環境保護団体」

「いきなり怪しいんだけど」


 ミーゼルがつぶやく。

 貴博もそう思うがここでは口に出さない。


「依頼料は金貨百枚」

「あら、けっこうあるじゃん」

「依頼内容はその、自治の街で行われるオークションでホワイトドラゴンの卵を落札し、ふ化させること」

「「「……」」」


 誰もが固まる中、セレンが声を上げる。


「まだいたのか!」


「そう。最後の一体らしい」


 ギルマスがセレンに答えた。


「最後の一体? しかも卵?」


 貴博が確認する。

 セレンがホワイトドラゴンの存在を知らない?

 ということは、本当に最後の一体か。

 あれ……グレイスの妻の一人にいたような……

 貴博はとりあえずトワのことはおいておく。

 トワではあるまい。


「そう。ホワイトドラゴンの目撃例はすでに何年も何十年もない。ということは、絶滅したか、最後の一体が卵になっているかだ」

「ふ化までそんなに時間がかかるの?」


 貴博が尋ねる。

 生物学的にも気になる。


「詳しくは知らないが、ホワイトドラゴンの卵は、温度依存で、冷たいところではふ化まで時間がかかるらしい」

「それはどのドラゴン族も同じなの?」


 貴博がセレンに視線を向けて聞く。

 セレンが頷いて肯定する。


「で、それを購入してふ化させてどうするの? でも、ホワイトドラゴンを飼いたいっていう人が購入するならいいんじゃないの?」

「ホワイトドラゴンの卵は……」


 ギルマスのその歯切れの悪い言葉の続きをリルが話す。


「万能薬と言われている」


 ギルマスがうなずく。


「つまり、最後のホワイトドラゴンが今は卵で、それが万能薬として使われるということ?」


 貴博が確認を取る。


「そうだ。ついこの間まではゴクラクチョウという鳥の卵もそれなりの効果があると言われていたが、それが嘘だとわかった」

「つまり、代替の物もなく、万能薬として使われたが最後、ホワイトドラゴンがいなくなるんだ?」

「そういうことだ。ほら、聞いたら受けたくなるだろう?」

「それで、購入するって、オークションでしょ、相場はいくらなの?」


 お金のことはミーゼルだ。

 ギルマスが真顔で詰め寄りながら答える。


「正直に言うぞ。万能薬を使って治したい相手がいる。つまり、その人物の命の値段だ」

「「「……」」」


 絶句するメンバーたち。

 仲間の命に値段なんてつけられるわけがない。


「あれ、ギルマス、聞いていい?」


 貴博があることに気づく。


「もし、その万能薬を使って治したい人がいるのに、このホワイトドラゴンの卵が手に入らなかったら、その人は死ぬってこと?」

「そうかもな」

「それって、その人を取るか、ホワイトドラゴンを取るかっていう話じゃないか」

「そうだ。それに、今すぐ必要な人がいるかどうかは知らない。いざと言う時のために、万能薬を持っておきたい、そういう人物はいくらでもいるだろうな」

「そういう人物は、ホワイトドラゴンを飼っておこうとは思わないのかしら」


 ルイーズが聞く。

 だが、ギルマスは即答する。


「思わないな」

「なぜ?」

「ふ化させてしまったが最後。二度とかなわないからだ」

「つまり、卵からしか万能薬は作れない。手に入れたら、すぐに万能薬にしないと、いつ逃げられるかわからないし、そもそも、自分の命すら危ないってこと?」

「そういうこと。だから、この卵が本当に最後の一体だったら、もうすぐホワイトドラゴンは絶滅する」

「国王とか貴族とかがホワイトドラゴンを助けてくれないの?」

「一番に万能薬が欲しい奴らだな。それに、言っただろう? ホワイトドラゴンの命か、人族の命か、選ばなければいけないと」


 ガタッ!


 セレンが突然立ち上がった。

 セレンは貴博に話す。

 自分の覚悟を。


「旦那様。指輪を注文してくれてありがとう。嬉しかった。ここでどのような結論が出るかわからない。だが。悪いが私は決めている。ホワイトドラゴンを助けてくる。奪ってくる。そうすれば私は犯罪者だ。だから、旦那様は私をかばってはいけない。このパーティはこの依頼を受けてはいけない。人の敵に回ってはいけない。私なら一人でも、誰を敵に回しても生きていける。だから、さよな……」


 バシィ!


 ミーゼルが誰よりも早く、平手を振り切った。


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