到達(貴博と真央)
二十階への階段は、先の階段同様に内側にも壁があった。
そして、行きついた先には扉も。
二十階への扉をクラリスがそっと開けて中を確認する。
扉を開けた瞬間にクラリスはそこにいた魔物にロックオンされてしまった。
それでもお構いなしにと、クラリスと真央は二十階へと飛び出し、シルヴィを階段に残して扉を閉めた。
そこにいたのは三つの首をもった犬、ケルベロスだった。
しかも五メートル級。
「真央、この前のホーンタイガーのイレギュラー並だな」
「大きさとしてはそうなのですが、首が三つもあるのです」
ケルベロスは二人を六つの目で見据え、三つの口からよだれを垂らしている。
ケルベロスは後ろ足でフロアを蹴り、真央達に飛びかかってきた。
それを見て、真央とクラリスはそれぞれ左右に飛んでケルベロスの突進をよけた。
「真央、左右に分かれてどちらかがタゲを取った方がいいな」
「そのようなのです」
二人は部屋の両端に別れ、クラリスは剣を、真央は大鎌をかまえた。
ケルベロスは、左右の首で真央とクラリスを別々に見ていが、結局は体をクラリスへと向けた。
「ほう、私を選ぶか」
クラリスがケルベロスに向けて剣をかまえる。
ケルベロスがクラリスに突進し、その左の首からクラリスに襲いかかった。
クラリスが大きく開かれた左の口の牙を剣でおさえるが、同時に真ん中の首から攻撃されてしまう。
クラリスが剣を離して左に飛び、ちゅおうの口の攻撃をよけるが、飛んだその先に、右の首が襲ってきた。
「チッ」
クラリスが舌打ちをして、壁を蹴って右の首も何とかよけた。
「真央、三段攻撃がくる」
クラリスはケルベロスと向き合ったまま、真央に情報を与える。
「了解なのです」
ケルベロスの左の首は、咥えていたクラリスの両手剣をポイっと捨ててしまった。
そして、再びクラリスに襲い掛かる。
今度は真ん中の首から。
どちらによけても別の首が襲ってくるのだろう。
クラリスは両手にナイフを握り、かまえる。
「ガウッ!」
中央の首がクラリスに襲い掛かり、クラリスはその上下の牙を両手のナイフで抑えた。
そのクラリスに、左右から別の口が襲い掛かる。
クラリスは、ニヤリと笑い、
「アイスランス!」
と、両側のケルベロスの口の中にアイスランスを撃ちこんだ。
「「ギャフン」」
左右の首が顔をそむけ、中央の首もバックステップを踏み、クラリスから離れた。
ザシュッ!
「「「ギャオン!」」」
再びケルベロスが叫び声を上げた。
真央が後ろ向きに近づいて来たケルベロスの尾を大鎌で切り落としたのだ。
「私を無視してはダメなのです」
ケルベロスはくるりと向きを変え、真央と向き合った。
「ようやくこっちを見てくれたのです」
ケルベロスは両の足を持ち上げ、真央に襲い掛かる。
「そんな大きな動きをしてはダメなのです」
真央はケルベロスの股の間をくぐって、ケルベロスのストンプ攻撃をよけてしまう。
そのついでに後ろ足を大鎌でえぐるのも忘れずに。
ケルベロスは真央にえぐられた後ろ左足を引きずるように、真央とクラリスに向きあった。
「こうなったら持久戦かな」
「そうなのです。動きが遅くなったので、後は削るだけなのです」
真央とクラリスは再び左右に別れ、一方がタゲを獲り、一方がすきを見ては一撃を与えていく。
しかも、高い胴や首ではなく、無理なく武器の届く足を。
それから十分ほどが経ち、足首であれ足の甲であれ足の裏であれ、剣や大鎌で刺され続ければケルベロスもたまったものではなく、ついに、膝をついてしまった。
ケルベロスの耳はしおれたようにたれ、完全に戦意を無くしている様子。
「我らの勝ちでいいな」
と、クラリスがケルベロスに確認すると、ケルベロスは三つの頭を垂れた。
それを見て、真央が階段の扉を開けてシルヴィを二十階に引き入れた。
シルヴィはそこに横たわるケルベロスを見て固まる。
巨大な魔物がまだ生きているじゃないか、と。
「もう、戦意がないので大丈夫なのです」
「そ、そう」
真央は、傷だらけの足をなめているケルベロスに視線を送る。
その足は真央とクラリスにいいだけ削られて血だらけになってしまっており、正直、見ていて痛々しい。
「仕方ないのです」
真央はポーチから回復薬を取り出し、
「おーいケルベロス、口をあけて」
と、ケルベロスの中央の口の中にポーションを瓶ごとほおりこんだ。
バリン、ガリガリ
ガラスを砕く音が聞こえる。
クラリスとシルヴィは顔をゆがめる。
ガラスをかみ砕いているよ、痛そうだよ、と。
だが、
ボフン!
という音と共に、ケルベロスの足の傷も口の中の傷も治ってしまった。
「じゃあ、私達はこのまま行かせてもらうのです。これからもここを守っているのですよ」
と、真央がケルベロスに声をかけると、
「「「ばふ」」」
と、ケルベロスは返事をした。
二十一階に足を踏み入れる三人。
一応の注意をしながらクラリスを先頭に。
だが、そこに魔物はいなかった。
二十一階は、壁がなく、周囲の柱で天井が支えられていた。
そのため、外から風が入って来る。
また、遠くまで見渡せ、景色もいい。
南の方角には街も見える。
そのフロアの中央には、石でできた祭壇があり、その奥側には同じく石で来た豪華な椅子が設置してあった。
一通り、そのフロアを確認した後、シルヴィは背負子を降ろした。
「真央、クラリス。それでは儀式を始めます」
シルヴィは背負子の中の野菜や果物、小麦などを祭壇に並べていく。
真央とクラリスもそれに倣って供え物を並べていった。
供え物を並べ終えると、シルヴィは膝をつき、指を組んで祈りをささげ始めた。
真央とクラリスも横に並んで同じように祈る。
「我が国の農業は、今年は豊作でした。これも精霊様がお見守りくださっているおかげでございます。来年も同じように豊作となるよう、見守ってください。感謝いたします」
すると、どこからともなく緑色の光の玉が現れ、祈りをささげている三人の上を舞った。
それに気づいた真央とクラリスが、シルヴィの脇をつつき、シルヴィに気づかせた。
シルヴィが顔を上げると、光の玉はすうっと移動し、椅子の上で実体化した。
その姿は緑色のワンピースを着た猫人族の少女だった。
「ああ、精霊様」
シルヴィが再び頭を下げる。
それを見た精霊がシルヴィに声をかけた。
「頭を上げるがいい。よくここまで上がってきた、シルヴィス王女」
「はい。ありがとうございます。ここに控える両名のおかげでございます」
「供え物もうれしく思う。後でいただこう」
「はっ。今年の作物は豊作でしたので、ぜひ、お召し上がりください。お口に合うといいのですが」
シルヴィがそこまで言うと、精霊はシルヴィに向けてさらに話を続けた。
「さて、おぬしらに褒美を取らせないとな」
「そんな、めっそうもない」
と、シルヴィが恐縮し、断りを入れたところで、真央が口を挟んで精霊に尋ねた。
おなかをさすりながら。
「景色を見ながらお昼ご飯を食べていいですか?」
と。
きょとんとする精霊。
シルヴィは慌てるが、精霊は気にていないようだった。
「あはははは、そんなこと、いくらでもするがいい。ここは見晴らしがよいからな。景色を見ながら食べる食事もまた良いものだ」
パチン!
と、精霊が指を鳴らすと、南の街が見える位置にテーブルと椅子が現れた。
それを見て、食事にしようと真央が立ち上がろうとする。
しかし、シルヴィが真央を止める。
「まだ儀式終ってないから」
と。
しかし、精霊がシルヴィを諫める。
「腹が減っているのだろう。先に食事にしたらどうだ」
「ありがとうございますなのです」
と、真央はテーブルの椅子に座ってしまう。
クラリスもやれやれと同じように椅子に座る。
シルヴィはどうしていいかわからなかったが、二人が食事を始めてしまったので、自分も食事をすることにした。
精霊がもう一度パチンと指を鳴らすと、テーブルにお茶が用意された。
「精霊さんは便利なのです」
と、不謹慎な発言をする真央。
その発言にシルヴィが冷や汗を流すが、精霊は笑うだけだった。




