真央の失敗(貴博と真央)
ゴロゴロゴロ
シルヴィがロックリザードと共に階下に転がっていく。
「真央、まずい!」
クラリスの一言に真央が十七階に降りる階段に飛び込む。
そして、クラリスが階段の手前でロックリザードを牽制する。
十七階に飛び込んだ真央が見たのは、シルヴィの右腕にかみついたロックリザードだった。
そのため、ロックリザードは口を閉じていて、真央はその口に大鎌を突きさすことが出来ない。
へたをするとシルヴィの腕を切ってしまう。
「痛い痛い痛い、助けて!」
シルヴィが叫んでいる。
真央は貴博ほどうまく使えない魔法を発動する。
しかも、人に知られたくないマイナス距離での凍結魔法。
それをロックリザードの脳だけに。
ビシッ!
ロックリザードが沈黙する。
真央はロックリザードの口を両手で開け、シルヴィの腕を引き抜いた。
シルヴィの腕は、ロックリザードのよだれでべたべたなだけではなく、かじられたせいで血だらけだ。
「痛い痛い痛い!」
泣き騒ぐシルヴィ。
真央はポーチからリルのポーションを取り出し、コルクの栓を指で弾き飛ばし、それをシルヴィの口の中に突っ込んだ。
ボフン!
シルヴィの腕の怪我が瞬時に治癒する。
シルヴィはその即効性と効き目に目を見開いて固まった。
まるでさっきまでの恐怖はすっかり忘れてしまったかのように。
なんだこのポーションは、と。
「腕は後で洗うですから、ちょっと待っていてください。上を片付けてくるのです」
そう言って、真央は十八階へと戻って行った。
しばらくして真央とクラリスがシルヴィのいる十七階へと戻ってきた。
「シルヴィ、大丈夫ですか?」
クラリスが声をかけるが、
「え、ええ」
と、シルヴィは未だに少し放心状態だ。
クラリスは水魔法を唱えてシルヴィの腕を洗う。
真央は散らかってしまった農作物を回収してシルヴィの背負子に戻した。
「シルヴィ?」
クラリスがシルヴィの両肩に手をかけて声をかけると、シルヴィはクラリスに抱き着いて泣いた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「何を誤っているんです? 私達の方こそ、注意が回りませんでした。階段の入り口付近で戦うべきでした」
「違うのです。私が、出てくるなと言われたのにもかかわらず、顔を出した。私が悪いのです」
クラリスはシルヴィの頭を撫でてやる。
「シルヴィ、落ち着いたら行きますよ。まだ十八階です」
「はい」
しばらくクラリスに抱き着いていたシルヴィは、何とか立ち上がる。
「それでは行きましょう」
三人はクラリスを先頭に再び歩き始めた。
十八階に戻り、十九階に向かう階段を登る。
しかし、これまでと違うことが。
階段の内側にも壁があり、塔の内部が見えないようになっている。
しかも、少し階段が長い。
とっくに十九階の床は過ぎているはず。
そして、行きついた先に扉。
クラリスはその扉を開いて、一歩踏み出そうとして、バランスを崩す。
「真央!」
と、クラリスが叫ぶと、後ろから真央が手を伸ばしてクラリスの背負子をつかんだ。
真央は何とかクラリスを引きもどす。
「何があったのです?」
真央がクラリスに聞くと、クラリスが青い顔をして答えた。
「床が無かった」
「え?」
「扉の先に足場がなかった。で、その数メートル下に……」
そこまで言ってクラリスは震えながら口を押えた。
仕方ないので真央も扉を開けてその下を確認する。
そして、真央もそっと扉を閉めて考え込む。
シルヴィはさっきのロックリザードの反省から、見たくても見たいとは言いだすことができない。
「シルヴィ、見てもいいのです」
と、真央が状況報告を放棄し、実際に見せることにした。
結果として、シルヴィも青ざめてしゃがみこんだ。
十九階は、階段の出口の扉のその数メートル下にワームが満ちていた。
ワーム一個体一個体は一メートルほどで大きくはない。
いや、虫としては大きい。
しかも、それが床一面に蠢いているのである。
しかも、二十階への階段は、そのワームの床を渡った先だ。
「どうするのです?」
真央が二人に声をかける。
「ファイアボールで殲滅、というのが簡単だが、その後の死体の上を歩きたくない」
クラリスの意見にシルヴィも同意して頷く。
「じゃあ、凍らすのですか?」
「問題として、あのフロア、それなりに広いから、魔力量もかなり必要」
暗に、真央にやれと、クラリスは言っている。
「それから、単に凍らすと、あのワームの上を歩くことになる」
「なるほど、歩きづらそうなうえ、転びたくないのです」
「となると」
と、悩むクラリスに、真央が提案する。
「水をはってそれを凍らせたら?」
「それだと、水を満たす魔法と、凍らす魔法で、二倍魔力を使うが、大丈夫か?」
「なら、氷の蓋を落とすのです」
と、真央が立ちあがる。
だが、ある意味これが失敗する。
真央は、十九階の扉を開け、手を差し出し、床一面に近い氷の塊を顕現させ、それを床に落下させた。
そこまではよかった。
ぐちゃ!
真央は、目をつむったまま扉を閉めた。
「ごめんなさいなのです」
真央が謝る。
「失敗したのか?」
「ある意味成功したのですが、ある意味失敗したのです」
意を決してクラリスが扉を開けて状況を確認する。
クラリスも目を閉じたまま扉を閉めた。
「何があったのです?」
シルヴィが聞く。
「見ない方がいいのですが、見ないと先に進めません。どうぞ見てください」
クラリスが口を押えたまま、シルヴィに見るようにと言う。
シルヴィは扉を開けて中を確認すると、同じように目をつむって扉を閉めて戻ってきた。
真央が作った氷はほぼ純水だ。よって、透明。その透明な氷の板に押しつぶされたワーム。それが、見えてしまう。
「「「気持ち悪い」」のです」
三人がそろってため息をついた。
「仕方ない。行きますか」
意を決したクラリスが立ち上がり、真央とシルヴィも続く。
扉を開けてまずクラリスが氷の床の上に飛び降りた。
次に、背負子を真央に預けたシルヴィが飛び降りる。
それをクラリスがお姫様抱っこでキャッチした。
シルヴィはわざとクラリスをぎゅっと抱きしめた後、足を降ろした。
真央は、背負子を二つ持ったまま飛び降りた。
三人は氷の下を見ないようにゆっくりと歩く。
転びたくもない。
そうして、二十階へとつながる階段にたどり着いた。




