ラビとマイマイの第三形態(貴博と真央)
貴博が歩き出そうとするが、マイマイが貴博の袖をつかんで貴博を止めた。
「ん? どうしたの、マイマイ」
マイマイは、貴博の背を指さし、そして、自分の背を指さした。
「ん? マイマイ、僕があれを消したのが不思議なの?」
マイマイがうなずく。
「もしかして、マイマイもその甲羅を消せるんじゃないかと思ってる?」
うなずくマイマイ。
そして、おでこのツノも指さす。
「ツノも隠せるかもって?」
コクリ。
「うーん。難しいな。どうしたらいいのかな」
貴博は首をかしげてマイマイに説明する。
「僕の場合はさ、こっちが普通の姿なんだよね。で、あれを出そうとすると出てくる。でも、マイマイは、その姿が普通だと思っているんでしょ? だから、僕は出す方を意識するけど、マイマイは消す方を意識しないといけない。逆なんだよね」
マイマイは、少し背中を丸めて、目をつむり、ムムム、と力を入れてみる。
だが何も変化しない。
その横で、ラビまでが意識をし始める。
「ラビ? 君までそのツノを消そうとしている?」
「キュ」
ラビが肯定する。
「ちょっと練習する?」
「キュ」
マイマイは未だ背中に力を入れて続けている。
しかし、そう簡単にできるわけではない。
「ラビ、マイマイ、やっぱり発想を変えよう。どうしてもって言うならだけど」
「キュ?」
貴博が団服から二本のポーションを取り出す。
もちろん、リルのポーションだ。
ラビとマイマイは納得する。
それを飲んで、また望む姿になれるよう願うのだと。
だが、貴博は、思い出す。
セレンに二回目は効かなかった。
ラビとマイマイには効くかもしれないし、セレン同様に効かないかもしれない。
じゃあ、もっと強力なポーションが必要なのか?
貴博は考える。
僕はなぜ出したり消したりできるのだろうか。
それは、リーゼお姉さまに習ったからだ。
というか、教えられた。
旅に出る前に。
始めはできなかったが、できるようになるにつれ、それが当然のことのように思うようになった。
やっぱり、ラビもマイマイもそれが当然だと思い込む必要がある。
とすると、それを意識できるように、目の前に手本が欲しい。
だが、そんな手本はない。
自分にはリーゼがいた。
甲羅の無いカメの魔物も亀人族もいないのだ。
なら、やはり、ツノと甲羅のないマイマイを作り出す必要がある。
それができるように遺伝子を改変するには……人なら一歳までの魔力ぐるぐる。
マイマイに魔力ぐるぐるをするわけにはいかない。
となると、僕の、というより、あの種族の魔力を取り込ませる……そのためには。
貴博は、ツノと甲羅の無いマイマイをイメージし、それと同時に、指先をナイフで少し切る。
指から滴り落ちる血をポーションの瓶で受ける。
瓶の中でポーションと貴博の血が混ざりあう。
「マイマイ、これ……嫌だったらやめていいけど、試してみて」
マイマイは、そのポーションを受け取り、ためらうそぶりも見せずに飲む。
ボフン!
「え?」
貴博が驚く。
自分でやっておいてなんだが、マイマイのツノが消えた。
そして、背中の膨らみも。
貴博はさらに驚くことになる。
「ご主人様、どうですか?」
マイマイがしゃべった!
「マイマイ!」
「なんです?……はっ!」
マイマイが自分が言葉を発していることに気づき、口を押える。
「声、声が!」
これには、ラビも驚く。
そして、貴博にねだる。
さっきのポーションを私にも、と。
「ラビ、ちょっと待って。マイマイを確認してから」
そう言って、貴博はマイマイの緑色の前髪を持ち上げる。
「あっ!」
そこには、飛び出した鋭いツノはなかった。
だが、その代わりのように緑色に輝く石がはまっていた。
「マイマイ、ツノが石になっちゃった。すごくきれいだよ。王妃様がつけているアクセサリーみたい」
マイマイは、自分のおでこを触って、石を確かめる。
マイマイとしては、それすら消したかったのだが、貴博にきれいだと言ってもらえてそれはそれで嬉しい。
それに、
「前髪を降ろしておけば、隠れるんじゃないかな」
という貴博の言葉に、これでいいかと、思い直した。
「ご主人様、背中を見ていただけますか?」
マイマイが貴博に頼む。
「うん? 見る?」
と、貴博が嫌な予感をさせていると、マイマイは予想通り服を脱ぎ始めた。
「ちょっとちょっと、マイマイ!」
貴博がマイマイに対して後ろを向く。
しかし、それを許さないのはラビ。
ラビは貴博をさらに百八十度回転させ、マイマイの方を向かせた。
マイマイが終わらないと自分の番が回ってこないのだ。
「ら、ラビ!」
と、ラビに苦情を入れながら、マイマイを見ると、そこには、全裸のマイマイが背中を向けて立っていた。
「マイマイ、パンツまで脱ぐことなかったんじゃ?」
とは言っても、こういうのは、なるべく早く終わらせてしまうに限る。
貴博は、マイマイに近づいて、背中を上から下まで眺めていく。
「マイマイ、どう見ても人間の背中だけど? あれ、しっぽもない」
と、マイマイに告げると、マイマイはくるっと回って貴博を抱きしめた。
しつこいようだが、マイマイは全裸である。
しかも、あれが大きい。
「ちょっと待って、マイマイ。服を着てって。服を着てからにして!」
貴博は顔を真っ赤にしてマイマイに訴えかける。
「それにマイマイ、甲羅としっぽを出せるかどうかも練習しなきゃ」
マイマイはそれに答える。
「私はこのままでも構いませんが?」
「え? 甲羅はマイマイのアイデンティティじゃないの?」
「確かに私は亀の魔物、ホーントータスとして甲羅がありましたが、ご主人様にお仕えするにあたっては、甲羅は必要ないかと」
「だけど、あれ、マイマイの大事な防具じゃないの?」
「え、防具なのですか?」
マイマイ自身が自分の甲羅の存在意義を疑う。
「だって、クラリスの大鎌から守ってくれたよね?」
「大鎌? えっと、何のことでしょう」
「……」
気づいていなかったのか、マイマイ……。
「キュ!」
ラビが貴博に訴えかける。
「ラビもやる?」
「キュ!」
「ラビは、そのツノだけだよね」
ラビは自分ののどを指さす。
「それと、マイマイみたいに話せるようにか」
「キュ!」
「それじゃ」
と、貴博はラビのツノがない姿を、話をする姿を思い描いて指をナイフで切り、流れ出た血をポーションに入れた。
それをくるくるとかき混ぜてラビに渡す。
ラビは、速攻でそれを飲み干した。
ボフン!
音がしたとはいえ、マイマイより小さい音ではあった。
しかし、見た目上、ツノだけなので、それも納得である。
ラビは自分のおでこを触って確認し、
「どうですか?」
と、貴博に話しかけた。
「ラビも話せるようになったね。嬉しいよ。それに、おでこ、ちょっと見せて」
貴博はラビの白い前髪をかき上げる。
そこには、赤い石があった。
「ラビは赤いんだね。目の虹彩と同じ色できれいだね」
「ありがとうございます」
ラビも嬉しそうに笑った。




