ミーゼルの叫びとレティシアの婚約(貴博と真央)
さらに十分が経ち、二十分が経ち、三十分が経つ。
シーナ達は順番に交代して休んでいたが、いつしか全員が円を描いて木剣をかまえ、休む者がいなくなった。
もちろん、貴博達に時間感覚はない。
ひたすら耐えて木剣を撃ちこむ。
蹴りを入れて突き飛ばす。
それを繰り返す。
「「「ハァハァハァ」」」
さすがに、体力も精神力も尽きてくる。
特に精神力は治癒魔法をかけてもらっても回復するものではない。
ミーゼルは剣を支えにして何とか立つ。
「くそっ、まだ終わらないの」
公爵家令嬢とは思えない言葉遣いになってしまう。
しかし、それだけ疲弊しているということだ。
「ミーゼル下がって、ルイーズもリルもシーナも。真央、クラリス、レティシア、まだいける?」
「もちろんです」
「余裕だ」
「私を誰だと思っている!」
貴博と真央、クラリス、そしてレティシアが、少しだけ前に出て、大振りに剣を振り、相手を少し下がらせる。
少し距離を取ったところで貴博が魔法を放つ。
「よし、真央、クラリス、レティ、さがって! ワールウィンド!」
貴博が自分達の周りに風を起こし、相手をさらに遠ざける。
「ちょっとだけだけどね」
そう言って、貴博は少しだけ休む時間を作る。
そして、風魔法が収まったところで、また貴博達八人が並んで剣をかまえた。
そこまで来ると、見ている観客の間に動揺が走る。
「あいつら、まだ立っているぞ」
「剣をかまえてまだやる気だ」
「そういや、何で木剣なんだ。我らエルフをなめているのか?」
「いや、あんなにフラフラなのに、なめているとかじゃないだろう」
「じゃあ、なんだ?」
「あれはもしかして、我らエルフを傷つけないという意思表示じゃないのか?」
「たしかに、あいつら、魔法をあれだけ扱うのに、一度も直接冒険者を狙ってこない。防御にしか使っていない」
「あいつら、最初は元騎士団長を真ん中に守っていたぞ?」
そんな空気が貴博達と対峙している冒険者にも広がっていく。
「何でこんな状況で、こんなにやられて立っていられるんだ」
冒険者の間にも動揺が広がっていることに気づいたルノーは叫ぶ。
「お前達。相手はもはや体力の限界だ。やるぞ!」
だが、そのルノーの言葉にいち早く答えたのは、ミーゼルだった。
「来るなら来いや! 絶対に引かない。私は、家族を守る! レティシアを守る!」
フラフラなのを隠すように足に力を込めて踏ん張るミーゼルの叫び。
それを聞いたレティシアが目を丸くする。
観客も息をひそめて黙る。
そのレティシアに真央が笑みを作って声をかけた。
「レティ、まだやるのです」
レティシアは、その真央の笑顔にもきょとんとした後、
「あはははははははは!」
と、大声を上げて笑い出した。
その笑い声が、静まり返った闘技場に響いた。
「いいな。この家族は。よしやろう。私もお前達のために最後まで立っていてみせよう」
「あはははは、レティ、いいですね。私も立っているのです」
真央も笑う。
「あははは。私も頑張るよ」
「私も!」
リルとシーナも声を上げる。
「私だって負けないんだから!」
ルイーズも剣をかまえる。
「よし、まだ負けてない。やろう。エリアヒール!」
貴博がエリアヒールをかける。
そして剣を構える。
「「「「「「「「さあ来い!」」」」」」」」
貴博達のその決意の満ちた目に、余裕の笑顔に、なによりその気迫に、冒険者達がひるむ。
ルノーですら、驚愕し、一歩下がる。
それを見たレミールは立ち上がり、
「そこまで!」
と、声をかけて戦闘を止めた。
「エルフである我が娘を家族として守ろうという強い意志。そして、殺されようとしているにもかかわらず、我らエルフを傷つけまいと木剣で挑むその姿勢。どうだ、人間は信じられなくとも、その者どもは信じてもいいのではないか? 少なくとも、そやつらは我らに仇なすものではないと思うが?」
その女王の言葉に、ルノーはただ、
「帰るぞ」
と、冒険者たちに指示を出し、闘技場から出て行った。
それを見送った貴博達。
「終わったの?」
と、へたり込むミーゼル。
「終わったっぽいね」
ミーゼルの背中に背中を預けるように座るルイーズ。
「疲れたー」
「ダメかと思った」
同じく、ミーゼルとルイーズに体を預けるように左右から座り込むリルにシーナ。
そして、その四人に対し、
「おまえたち!」
と、四人を抱きしめるように飛び込むレティシア。
「レティ! 痛いよ!」
「重たいー」
「ちょっと空気読んで!」
「んもう、レティったら……」
あははははは
あはははははははは
闘技場の真ん中で笑いが起こった。
すると、どこからともなく、
パチパチパチ
拍手をする音が聞こえてきた。
パチパチパチパチ
その音が広がっていく。
パチパチパチパチパチ…………
闘技場一杯に、拍手が鳴り響く。
貴博と真央、レティシア、クラリス、ミーゼル、ルイーズ、リル、シーナが顔を見合わせる。
そして、皆で外向きに円を作り手をつなぐ。
全員でつないだ手を空に向かって掲げ、そして、降ろすと同時にカーテンコールのように腰を折って頭を下げた。
まるで今までの激闘が演劇であったかのように。
「お前たち、いいぞ!」
「かっこよかった!」
「頑張ったな!」
「ピーピー」
「騎士団長をよろしく!」
鳴りやまない拍手と共に歓声が上がる。
貴博達は、その拍手が、歓声が鳴りやむまで、頭を下げ続けた。
その歓声と拍手を治めたのはレミールだった。
レミールは、三人のフードをかぶった人物を連れ、闘技場へ降り、貴博達の下へと歩いて行った。
レミールが観客席に向かって手を上げると、観客が静まり返る。
観客は女王が何を言うのかをかたずを飲んで見守る。
レミールは全観客席をぐるりと見回し、そして、宣言した。
「私、レミールは、この冒険者パーティ放課後木剣クラブを信じることとし、その友好の証として、貴博と我が娘、レティシアの婚姻を認めるものとする!」
「「「「「「「え?」」」」」」」
頭の上にクエスチョンマークを飛ばす放課後木剣クラブの面々。
「「「「わー!」」」」
「「「「きゃー!」」」」
「「「「おめでとー!」」」」
「「「「レティシア様! おめでとうございます!」」」」
喜びの歓声を上げる観客たち。
「えっと、どうゆうこと?」
貴博が当然の疑問を呈する。
「なに、私は認めただけだ。実際にするかどうかはそっちで決めていい」
レミールは、笑いながら言う。
「えっと、あの、え?」
明らかに動揺する貴博。
しかし、
「私じゃダメなのか?」
と、貴博に詰め寄るレティシア。
「レティ、だって、年の差……」
パシン!
レティシアは貴博の頭をはたいて言った。
「旦那様は女性の歳を気にするのか? 今は私の方が年上に見えるがな、老けるのが早い旦那様の方が、私よりすぐに年上の見た目になるからな。私はあと何百年もこのままだからな」
すでに貴博のことを旦那様呼びをするレティシア。
頭をさすりながら貴博は助けを求める。
「真央……」
「あはははは。面白いのです。人生何が起こるかわからないのです」
貴博は真央に助けを求めるのをあきらめる。
「ミーゼル、ルイーズ」
二人は、頭に手を組んでそっぽを向き、
「「しーらない」」
と言った。
リルとシーナは、二人でレティシアの両腕をとり、
「「私達の方が先ですからね」」
と、妻として先輩であることを宣言した。
「ぷふっ!」
誰かが噴き出す。
そして、誰からともなく笑いが起こる。
あはははは
あははははははは
「……」
貴博だけは言葉を無くしていたが。




