セーランジェ・カイナーズ(千里と桃香)
「あの、一体どこから?」
「東の森のずっと奥です。初めてこっち側に出てきたんで、世情に疎くて」
「そうですか。この国の名前は御存じです?」
「そこからわからないんです」
「ここはカイナーズ王国、ワイティスト辺境伯領の最東端の村です。この道をもうちょっと行くと、砦があると思います」
「この村、砦の外にあるの?」
「はい。私達は農地を求めて勝手に外に出たので」
「そうなんだ」
ふむふむと、納得する千里と桃香。
「お母さん、お肉を渡しちゃいたいんですが、どこに置きます?」
「えっと、四頭分でしたっけ」
「はい。そうです」
「ちょっと村長を呼んできます」
しばらくすると、村長と村人がやってくる。
「肉をもらえるのですか?」
「はい。引き取ってもらえると嬉しいです」
ぽいぽいと肉を渡していく千里と桃香。
「こ、こんなに」
「大丈夫ですか? 邪魔になったりしませんか?」
「いや、ジャーキーを作ったりすればよいので、あっても困りません。むしろ助かります」
「よかった。それじゃ、私達は砦を目指してみますね。ありがとう」
「お嬢ちゃんもバイバイ」
桃香が女の子の頭をなでなでする。
「お姉ちゃん達もバイバーイ」
二人は、しばらく西へ歩く。
すると、夕方には砦が見えてきた。
「うーん、またキキとララ、魔獣と間違われちゃうかな」
「まあ、話をするしかないですよね」
「そうだね」
二人は、砦へと近づく。
案の定。
「おい、止まれ、魔獣を連れているそこの二人!」
「おーい。この子達は安全だから大丈夫だよ。入れておくれよ」
「そんなこと、信用できるかー」
砦の上に、弓を持った兵士が並ぶ。
「む。じゃあいいよ。よけて通るから」
「領内に入れさせるか! 全員、表に出て展開!」
「待ちなさい!」
女性の声が響く。
しばらく待っていると、砦の門が開き、女性騎士を先頭に、六人の騎士が出てきた。
「桃ちゃん、あの人、昨日の?」
「そうかもしれませんね。姫って呼ばれてましたよ?」
姫は、臆することなく近づいてくる。
そして、千里と桃香の前まで来ると、
「あの、昨日助けていただいた方ですわよね。ありがとうございました。命を助けていただいたのに、逃げ出してしまい、申し訳ありませんでした」
と、深々と頭を下げた。後ろの六人もそれに続く。
姫に頭を下げさせていいのか? と、千里と桃香は目配せをし、姫に言う。
「あの、頭をあげてください」
「ありがとうございます」
「それで、砦に入れていただけたりは……」
「はい。ご案内します」
二人は、姫について砦に入る。
「えっと、その子達は?」
姫は、ちらちらと、キキとララに視線を送る。
「荷物を置かせていただけたら、小さくなりますので、馬屋とかそういうのはいらないです」
「まあ、そうなんですね。不思議な魔獣ですこと。それにしても大きくてもかわいいです。触っても?」
「もちろん」
姫は、始めはおっかなびっくりだったが、キキとララの顔をなでていく。
「ああ、気持ちいです」
「はい。私達は、野営の時はこの子達にくるまって寝ますから」
「そうなんですか?」
姫は顔を明るくする。
「いいですわね、そんな野営も」
桃香はお付きの騎士が遠い目をするのを見逃さなかった。
「さて、こちらの客室をお使いください」
「ありがとうございます。キキ、ララ、小さくなって」
「「キュイ」」
「まあ、本当に小さくなって、しかも、かわいい」
千里と桃香は荷物を部屋にぽいぽいっと放り込む。と、ここで、熊肉の処理をしてしまおうと姫に声をかける。
「あ、姫様? 熊肉食べます?」
「え?」
「もしかして、昨日の?」
「はい。二頭分ですが」
「四頭は逃げられたのですか?」
「いえ、肉にして配ってしまいました」
騎士達が驚愕の顔を浮かべる。
「もしかして、その子達が?」
「まあ、そんなところです。それじゃ、騎士の皆さん、肉を受け取ってもらっていいです?」
「あ、ちょっと待ってください。調理人を呼んできます」
肉は調理人に渡すことになった。
「あの、お話を伺わせていただいても?」
「はい。私達も聞きたいことがありまして」
「それでは、夕食を囲みながらということではいかがでしょう」
「はい。喜んで」
「はぁ、ようやくベッドだよ、桃ちゃん」
「長かったですね。キキとララは気持ちいいんですけど、地面ってのはあんまりいい気はしないですよね」
「わたし、虫とか嫌いだし」
「ふふふ、カエルもですよね」
「グエー」
千里はカエルの大群を思い出して舌を出す。
「キキ、おいで」
「ララもおいで」
二人は、それぞれフェネックを抱きしめて夕食まで目を閉じる。
夕食時
「ご挨拶が遅れました。わたくし、セーラ、セーランジェ・カイナーズと申します。この国の第一王女です。セーラとお呼びください」
「えっと、第一王女様? ものすごく高貴な方ですよね。略しちゃっていいのですか?」
「はい。命の恩人に気を遣っていただくいうのは心苦しいのです。敬称も不要です」
「わかったわ。セーラ。私は千里。この子は桃香。ちなみにこのフェネックは、キキとララ」
「よろしくお願いします」
「「キュイ」」
「千里様に桃香様ですね。それにキキちゃんにララちゃん。よろしくお願いいたします」
「私達も呼び捨てでいいわよ」
「ありがとうございます」
「「ところで」」
千里とセーラがかぶった。
「どうぞどうぞ」
と、千里が譲る。
「あの、あのようなところで、何をなされていたのですか?」
「私達、人を探して旅をしてるんだよね。どこにいるのかも分からない、本当にいるかいないかもわからない。そんな人をね」
「え、手掛かりは全くないのですか?」
「うん。私達も探し始めてまだちょっとなんだよね。ずっと森の東に暮らしていて、成人したからって、ようやく探しに出てきたって感じ」
「では十五歳なのですか? お二人とも」
「ううん。ちょっと前に十六になったの」
「ということは、私と同じ年、学年的には私が一つ上ってことですね」
「そうなんだ。で、セーラは何であんなところに?」
「はい。春になると、ああやってホーンベアが冬眠から目覚めて森から出てくるので。それで、その調査と、可能なら討伐をと」
「それ、姫様の仕事じゃないでしょ」
「……そうではありません。何事にも先頭を進むことが王族の務めなのです。なので、最初の一頭は王族が狩ることになっているんです。その任を私が受けました」
「かっこいいこと言っているとは思うけど、無理はしちゃダメじゃない?」
「ですが、ホーンベア一頭すら倒せない姫に、国民はついて来てくれませんわ」
「餅は餅屋なんだし、できることをやればいいじゃん」
「餅が何かはわかりませんが。できることだけでは示しがつかないのです」
「ふーん。大変なんだね。王族は」




