シエルとマイナンの兵力としてのドラゴン族(優香と恵理子)
翌日。
「スミスさんお世話になりました」
優香を先頭に頭を下げる。
「いえ、特に何も。ここは女神様の領ですので、皆様の領も同じです。次は一緒に来てくださいませ」
「そうね。そうなるといいわ」
「ところで、マイナンの代官さんって?」
次に訪れる街だし、馬車を預ける予定の相手だ。
優香が尋ねる。
「フィロと言います。私の妹です」
「妹さん?」
「ええ。まあ、会ってやってください。馬車をお預けになるのでしょう?」
「うん。馬車は森も山脈も越えられないからね」
「それでは、お気をつけて」
「ありがとう。スミスさんもお元気で」
一行はマイナン領に向かう。
街道は一本道だし、何度も通った道だ。
迷うこともない。
そのため、何事もなく、何日かしてマイナンの街にたどり着く。
マイナンの街の門もフリーパスだ。
シンベロスを連れているのはクサナギ以外にはいない。
マイナンの屋敷まで馬車を進め、声をかける。
「フィロさんいます?」
しばらくすると、騎士服を着た女性がやってきた。
「フィロです。えっと、クサナギの皆さまですか?」
「そうです。千里ちゃんと桃ちゃん、来ました?」
「はい、いらっしゃいましたが、「馬車あずかって」の一言で出ていかれました」
「そうなんですね。私達も馬車を預かて欲しいのですが」
「えっと、ケルベロスもですか?」
「いえ、この子たちは連れて行きます」
フィロはバカでかい馬車を眺める。
「訓練場においていただいていいです?」
「いいけど、訓練の邪魔になりません?」
「騎士も兵士もおりませんので……」
「その件、スミスさんから聞きました」
「こんな辺境の、魔物に一番近い街で、騎士も兵士もいなくてどうしろと」
フィロが愚痴る。
「冒険者がいるんじゃないです?」
「一昨年、数十人の冒険者、しかもBランク冒険者が姿を消してから、近づいてくる冒険者も少ないんです」
「「……」」
自分達のせいだったかー。
と、思う優香と恵理子。
「ちょっとその辺、千里ちゃん達と会ったら相談するわ」
マイナンの街は辺境伯が治めていただけあってそれなりに大きい。
周りに森があって魔物は狩れるし、農地も広く、それなりに裕福だ。
しかし、騎士も兵士もいなくなった。
冒険者も減った。
「優香、恵理子」
ネフェリが声をかける。
「何?」
「問題が一つあるが、衣食住を保証してくれるなら、我が眷属を住まわせるというのも手だぞ」
「え? ドラゴン族を?」
「ドラゴン族?」
ネフェリの提案を聞いていたフィロも目を丸くする。
「ここはクサナギゼットの治める自治領なのだろう? もし、それが優香と恵理子が治めるのと同義であれば、我が眷属がここに住んでもいいだろう。もちろん、クサナギゼットとの話し合いが先かもしれんが」
「たしかに、私達が住んでもいいって許可をだしていいのかどうか」
「それでも急ぐのだろう?」
「うーん。フィロさん、どうする?」
優香が声をかけるものの、フィロは固まっていて返事もない。
「フィロさん、フィロさーん」
「はっ。えっと、何でしたっけ」
「ドラゴン族に来てもらっていい?」
「ちょっと待ってください。ここにドラゴンが降り立つってことですよね。街中がパニックになりますよね。えっと」
「早急に街中に知らせて。ドラゴンが降り立つけど敵意はないからって」
「は、はい。皆さんは屋敷で自由にしててください」
フィロは走って屋敷に戻ったかと思うと、メイド達を引き連れて街へと飛び出して行った。
「ネフェリ、じゃあ、呼んでもらおうかな」
「わかった」
夕方、マイナンの上空を二十ものドラゴンが旋回し、訓練場に降り立った。
「ネフェリ、うまい酒と食事をもらえると聞いたが?」
リョクレイがドラゴン形態のまま、族長のネフェリに確認を取る。
飲み放題、食べ放題だよな、と。
「こちらの方がもてなしてくれるそうだ」
ネフェリはフィロを前に押し出す。
「は、ひ。お口に合えばいいのですが」
フィロが断れるわけがない。
ドラゴン族、しかも二十ものドラゴン族にここで暴れられたら街が無くなるのだ。
仕方なしに、フィロが先導して広い食堂へと移動する。
部屋の周りにはメイドが並んでいるのだが、緊張しているのがまるわかりだ。
それはそうだろう。
客は人型に変身したとしてもドラゴン族なのだ。
全員が席についたところでフィロが挨拶をする。
「改めまして。私はこの街の代官をしているフィロです。遠いところ、呼びかけに応じていただき、ありがとうございます。お酒と食事を用意いたしました。温かいうちにどうぞ、お召し上がりください」
フィロを上座に、右側にクサナギ、左側にリョクレイをはじめとしたドラゴン族が座り、食事をいただく。
食事風景を見て優香も恵理子も思う。
ドラゴン族、マナーが徹底しているな、と。
むしろ、うちのメンバーの方が怪しい。
特に、猫耳。
仕方ない。
貴族の経験がない自分達が怪しいのだ。
食事を終えた後に、ワイングラスを傾けながらリョクレイがネフェリに問いかけた。
「で、ネフェリ、私達に何の用だ?」
「この酒と食事を毎日出してもらえるとしたら?」
「毎日?」
「ああ。そうだ」
「どういうことだ?」
「このマイナンの街と、その手前にあるシエルの街は私達が従っている優香と恵理子の仲間が治めている。だが、兵力がない。とはいっても、危険の対象は魔物だけだがな。それで、この街とシエルの街の住人を守るために住んでくれるなら、衣食住は保証してくれる。そういうことだ」
「我々もその優香と恵理子に従えと?」
「そうは言っていない。共存だ」
「里を捨てろと?」
「それも言っていない。残る者は残ってもいいし、ローテーションを組んで交代してもいい。しかし、この何百年も千年以上も何もないであろう。温かい地熱の地面と温泉があるくらいじゃないか。ここに住めば屋敷は温かいし、広い風呂もあるぞ?」
「そうだな。我らは滅びゆく種族。最後くらいはうまい酒と食事を食べながら過ごしてもいいのかもしれないな」
それに反応するのは優香。
「滅びゆく?」
「ああ、言わなかったか? 我らはもうメスしかいない。他のドラゴン族は一族一人の種族もいる。ドラゴン族は滅びるだけなのだ」
恵理子は思いだす。
あれ、そら義兄さま。
たしか、パパとおりひめ義母様の子供だ。
人間とドラゴン族からドラゴン族の男が生まれているよな。
と。
だが、ここでは言わない。
恋愛の話だ。
できるとわかっても、相手を気に入るかは別の話だろう。
「それじゃ、ここに住んでもらえるのか?」
ネフェリがリョクレイに確認を取る。
「それは各個人に判断を任せることにする。里に残りたければ残るし、ここやシエルに住みたければ移住すればいい」
「わかった。それでいい。ということで、フィロ、それでいいか?」
「はい。ありがとうございます。ドラゴン族の皆様がいてくだされば、兵などいらないと言っても過言ではありませんので」
「ところで」
と、リョクレイがネフェリに聞く。
「問題はどうするのだ?」
「ルビーには近々会う予定だ。聞いてみる」
「そうか。頼む」
「えっと、何か問題?」
優香が聞く。
「こんなに近くに異なる種族のドラゴン族が住むことはそうそうない。それぞれテリトリーがあるからな」
「なるほどね。それじゃ、この件はルビーに会ってから確定なのね」
「ああ。とりあえずは話を進めていいと思うが」




