冒険者カードの修正~セーラとルディアスの進軍(優香と恵理子)
「できません」
優香と恵理子の疑問の声に、ミューラが再び言い切る。
「どうして?」
しかし、優香も恵理子も、そんなことが? と、理解できない。
理由を聞くことにする。
「偽造防止です。しょぼい貴族の坊ちゃんがプラチナランクの冒険者カードをどこからか持って来て、名前が変わったから修正してって言ってきて、修正できますか? できませんよね。だから、冒険者カードは修正できないことになっているんです」
「じゃあ、結婚したらどうするの?」
「例えば、マオ・クサナギさんがゼットさんと結婚した場合、その場合は、マオ・クサナギ・ゼット、と追記になるんです」
「そこを何とか」
「ギルマスがいいって言ったらいいですよ。ギルマスが怒られるだけですから」
ミューラはちらりとユリアとマティに視線を向けて確認する。
「えっと、そちらの方、もしかしてブリジットさんです? で、本名のユリア・ランダースに戻したいと? 王女殿下はマティからマティルダ・アストレイアにしたいってことですよね?」
「そうそう」
「ごめんなさい。いろんな意味で修正していいかわかりません。ギルマスが固まっている間にやってしまいますか?」
ミューラとしては気持ちは理解する。
ギルマスブレイクが責任を負ってくれるのであれば、やってしまいたい。
「お願いします」
「じゃあ、ユリアさんとマティルダ殿下は冒険者カードを」
「あの、待って。二人だけじゃないの」
「……」
遮る恵理子にミューラが怪訝な視線を向ける。
「私のは、恵理子・佐々木に。で、こっちのタカヒロのを優香・一ノ瀬に」
「え? タカヒロ、様? タカヒロ様ですか? どう見ても女性ですけど?」
ミューラが口をあんぐりと開けたまま優香をまじまじと見る。
「あ、そうそう。性別も変えてね」
「がーん」
「なんでそこはがっかりしているの?」
「タカヒロ様がこんな美人だなんて……いつか仮面の下の笑顔を見るのが夢だったのに」
残念がるミューラをよそに、恵理子は確認を続ける。
「あれ、オッキーのはちゃんとオキストロ・ノーレライツになっているんだっけ?」
「はい。なっていますので、私のは修正する必要はないです」
「じゃあ、エヴァのを、エヴァンジェリン・カヴァデールに」
恵理子はエヴァのカードも書き換えをと、エヴァに視線を向けるが、エヴァは視線を泳がせる。
なりたくて女王になったわけではない。カヴァデールを名乗っているわけではない。
しかし、恵理子に言われてしまえば……。
「カヴァデール? あれ、どこかで聞いたことがあるような」
「去年できたノーレライツの向こうの国よ。エヴァはそこの女王様よ」
ミューラが恐る恐る、先ほど聞いた家名を口にする。
「……あの、オッキーさんの、ノーレライツって、隣の国の?」
「そうよ、王女」
「勇者がいて、聖女がいて、女王陛下に王女が二人、絶対に逆らえないやつじゃん」
ミューラはぶつぶつとつぶやいている。
あまりの衝撃に敬語はどこかへ行った。
「そうだ、ベルはファミリーネームはつけなくていいの?」
ベルは恵理子に耳打ちする。海賊の性は名乗れないと。
「ミューラさん、それだけお願い」
恵理子が確認をし終り、改めてミューラにお願いをする。
「ぶつぶつぶつぶつ……」
「ミューラさん!」
「は、はい! 今すぐやってきます!」
ミューラは冒険者カードを預かって、一階へと飛び降りた。
権力に屈しないのが冒険者、冒険者ギルドだが、さすがに今回は勝てはしないと判断した。
「あれ、大丈夫かな」
恵理子が飛び降りミューラを案じて一階を覗き込む。
おそらく大丈夫そうだ。
そこにはもうミューラはいない。
意識を戻したブレイクが口を開く。
「ちょっと、そこに座れ。というか、座っていただけますか?」
と、ブレイクはソファを勧めてくる。
なので、皆で座ることにする。
「えっと、確認だが、マティルダ王女殿下とユリア・ランダース騎士団長は生きていたと。それを公にすると」
「私はもう騎士団長ではないがな」
ユリアが補足する。
「それから、そっちの女性は元はタカヒロで性別さえ偽っていたと」
こくん。と、優香がうなずく。
ブレイクが、「男、女、男、女……」とつぶやいたかと思うと、何かを思い出したかのように優香に向かって言った。
「あー、お前、武闘会の時、男子更衣室にいたな! もしかして見たのか?」
と、手で股間を押さえて。
優香の顔が真っ赤になる。
「見てない。見てないから。ずっと壁に向いていたから」
「もういいよ。さっきミューラが言った通り、勇者がいて、聖女がいて、女王に王女もいる。そんな奴らに頼まれたらどうしようもないだろう。怒られておくよ」
ブレイクは頭をカリカリとかく。
「申し訳ない」
一応、優香が頭を下げる。
「いいってことよ。最悪、一冒険者に戻るだけだ」
「できましたー」
そう叫びながらミューラが階段を上がってくる。
「はい、優香・一ノ瀬様、恵理子・佐々木様、マティルダ・アストレイア様、ユリア・ランダース様、エヴァンジェリン・カヴァデール様。合っています?」
「ミューラさん、ありがとう」
「いいですよ。ギルマスが罪を全部かぶってくれますから」
「この前、買い食いしていたのも?」
恵理子がぽつりとかまをかける。
ブレイクのジト目がミューラを捕らえる。
「な、何で知っているんですか!」
ミューラはなんてことをばらしてくれるのかと、叫ぶ。
「あ、ごめん。ほんとだったんだ?」
恵理子は素直に謝る。
知らなかったと。
「え? ぎ、ギルマス、今の、嘘ですから。何でもないですから」
あはははは。
数日後。
「それじゃ、とりあえずシエルを目指そうか」
「「「「はい」」」」
勇者タカヒロと聖女マオの冒険者パーティクサナギを改め、勇者優香と聖女恵理子の冒険者パーティクサナギは、アストレイアの王都を後にした。
そのころ、アストレイア王国フィッシャーに、セーランジェ女王率いるカイナーズ軍千五百が上陸する。
これに対応するのは、フィッシャー子爵に代わり治めることになったターフ子爵。
本来なら都市名も変えるところだが、貿易港として名が浸透しているためあきらめた経緯がある。
「アストレイア王国フィッシャーを治めさせていただいております、ターフと申します」
「うむ。出迎えご苦労。私はカイナーズ王国女王セーランジェ・カイナーズである。宗主国シルフィードの姫、ローレル様の命によりアストレイアの王都へ向かうところである。兵站はそちらが用意することになっているが、いいか?」
「は、もちろんでございます」
事前に聞いていてよかった、とターフ子爵は冷や汗を流す。
「とはいえ、我らは侵略者ではない。最低限でよい」
「は、ありがたきお言葉」
だが、千五百人の兵站だ。
どれだけ集めないといけないことか。
たまたま秋に差し掛かったところ、食料は何とかなるだろう。
「とりあえず、街の外に陣を敷かせてもらう。千五百を泊める宿などないだろう?」
「は、ご配慮感謝いたします。食料についてはなるべく早く集めさせますので」
「頼む」
一方、ノーレライツ王国シーガルにたどり着いたルディアス率いるドレスデン王国軍。
「我らはムーランドラ大陸にあるドレスデン王国の王国軍である。宗主国シルフィードの姫、ローレル姫よりアストレイアへ出兵するよう命令が下った。貴国は平和な国だと聞いている。我々は貴国に害することはないと誓う。貴国を通ってアストレイアへ向かうことを許可願いたい」
これに対応するのはシーガル辺境伯。
「ルディアス国王陛下がご理解いただいているように、我が国は平和にございます。それゆえ武力もさほど持っておらず、争う力などございません。我が国に害をなさないというお言葉を信じております。我が国の王へは、私の方から手紙を書いておきます」
「ありがとう。それでは我々はこの街の外で一時を過ごさせていただく。それと、この街で少し物資を購入することを許可願いたい」
「ご配慮ありがとうございます。急ぐ旅かもしれませんが、どうぞ、ごゆっくりと滞在ください」




