来客(優香と恵理子)
優香と恵理子たちは、ひたすらアストレイアを目指す。
途中途中の街のギルドを、掲示板の貼り紙を一つ一つ丁寧に確認しながら。
しかし、千里と桃香の痕跡は、フィッシャー以降見つけられなかった。
それはそのはず。
千里と桃香は、「女神」という二つ名から逃げていたのだから。
そうして、優香たちもついにアストレイアに帰ってくる。
「帰って来たー」
リーシャが両手を上げて声を上げる。
ブリジットは、正体を隠しているため、そこまでの表現はしない。
マティも同じだ。
それに、死んだことになっているため、自ら正体を明かすわけにもいかないし、王城へも行くことはできない。
ブリジットは時々仮面をつけてマティの下へおとずれていたが。
しかし、この国の状況が気になる。サザンナイトとの戦争の結果、どうなったのか。
北門から王都へと入っていくクサナギ一行。
「それじゃ、えっと、ミリー隊とオリティエ隊はいつも申し訳ないけど、買い出しをして家に集合で。私達は冒険者ギルドへ行って鍵をとってくるから」
「「はい」」
「ただいまー、ギルマスいる?」
冒険者ギルドへ入るなり、ギルマス、ブレイクを呼び出す優香。
「ちょっとお待ちください」
そう返事をして、受付嬢のミューラが階段を上っていった。
「おう、やっと帰ってきたか」
頭をぼりぼりかきながら階段を降りてくるブレイク。
「ただいま帰りました」
優香が一応、丁寧にあいさつをする。
「お前らがいなかった間も大変だったんだぞ?」
「その辺は聞いています。聞いていますから、家の鍵をください」
「ミューラ」
ギルマスが声をかけると、ギルドの奥からミューラが鍵を持ってきた。
「ほら。カギだ。知っていると思うが、クサナギゼットとかいうパーティが来て、鍵を持って行ったぞ。で、ここに鍵があるってことは、今はいないってことだ」
「知ってる。フィッシャーのギルマスにあらかた聞いたから。旧ヘブンリー公爵領をシエルっていう自治領にしたんでしょ?」
「ああそうだ。だから、お前達の探している相手はシエルにいるかもな」
「そういうことらしいから、私達、少しゆっくりしてからシエルに向かうわ。強行軍で移動してきたから、みんな疲れているし」
「それがいいな。で、国王になんか言っておくことはあるか?」
「何で国王?」
ブレイクは優香と恵理子の後ろにいる、仮面の二人に視線を送る。
「うーん。私達にはないわ……あ、少なくともカイナーズの軍が、この国を守るために移動してきているわよ。多分だけど、ドレスデンも」
「おい、重要事項じゃないか」
「だけど、私達、国がらみのことには興味ないし」
「そうだった。そうだったな。まあ、教えてくれてありがとうよ。国王の耳に入れておく」
「それじゃ、私達、行くから」
「ああ、情報ありがとう。それにお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとう」
優香たちが家に戻ると、すでにミリー隊もオリティエ隊も買い出しを終えて戻っていた。
「ミリー、オリティエ、早かったのね。待たせてごめん」
恵理子が謝る。
「いえ、久しぶりのみんなの家なので、急いでしまいました」
「今日は、パーティでいいですよね」
「もちろんよ」
「「よしっ」」
ミリーもオリティエも、それぞれの隊のメンバーもこぶしを握る。
「それじゃ、鍵を開けるから。タロ達をお願いね」
「「はい」」
優香と恵理子はリーシャやブリジット達と一緒に家に入った。
そして、食堂へと移動する。
そのテーブルの上に、優香と恵理子は手紙を見つけ、二人はそれに飛びついた。
優香は手紙の封を開け、中を確認する。
「優香さん、恵理子さん、私達は元気です。このお家を貸してくれてありがとう。将来的なことを考えて、隣の家をモデールさんから売ってもらいました。だから、またご近所さんですね。さて、私達ですが、ちょっと用を足した後、この大陸の最西に行きます。優香さんと恵理子さんが育ったであろう所。でも、もうすぐ会えるね。楽しみ。千里」
「優香さん、恵理子さん、ちょっと出かけてきます。もうすぐ会えるって楽しみなのに、千里さん、自由人だから。ちゃんと捕まえておきますから。待っていてくださいね。桃香」
優香と恵理子はそっと涙をぬぐい、そしてクサナギのメンバーに向けて声を上げた。
「長い旅、お疲れ様。目標は近い。だから、ちょっとゆっくりしよう」
「みんな、ありがとうね。今日は飲むわよ」
「「「「おー!」」」」
我が家に帰ってきた。
急ぐこともない。
警戒することもない。
目標の二人ももうすぐそこだ。
少しくらい羽目を外していい。
気兼ねなく家族で楽しめる。
それがうれしい。
恵理子も優香もそう思った。
笑い声が続く。
あはははは
あははははははは……
トントントン
すっかり夜も更けたころ、ドアをノックする音が聞こえた。
「こんな夜遅くに誰だろう」
リーシャが立ち上がる。
「リーシャ、いい。私が行く」
ブリジットがワインブラスを離そうとしないリーシャを座らせて玄関へと向かった。
「はい、どちら様でしょうか」
と言いながら、カチャ、と、ドアを開ける。
ブリジットが外を覗くと、そこには。
「こ、国王陛下。それに、王妃殿下……」
ブリジットが思わず声を上げてしまう。
国王は、何もかも察しているように、ドアを開けた仮面の女性に声をかけた。
「ユリアか。久しいな。マティルダを守ってくれて、ありがとう。それから、ユリア自身を守ってやれなくてすまなかった」
国王と王妃はそろってブリジットに頭を下げた。
「ちょっと待ってください。えっと、あの。頭を上げてください」
ブリジットは困惑しつつも、
「とりあえず、中へどうぞ」
と、二人を招き入れた。
ブリジットは二人を食堂へと招くと、とりあえず、優香と恵理子に報告する。
「国王陛下と王妃殿下がいらっしゃっております」
当然、反応するのはマティ。
国王と王妃は優香と恵理子の前に立った。
王妃はその腕に赤子を抱いていた。
それを見てマティは目を見開く。
「冒険者パーティクサナギ、タカヒロとマオ」
国王が口を開く。
「この国を、そして、マティルダを守ってくれてありがとう」
そう言って国王と王妃は頭を下げた。
「あの、えっと、頭を上げてください。国王陛下が、王妃殿下が頭を下げてはいけません」
「いや、今日は、一人の父として、一人の母として来ておる。気にしないでいただきたい」
そう言って国王も王妃も頭を上げると、二人は今度はマティに体を向けた。
「マティルダ。つらい思いをさせてしまい、申し訳なかった。国を守ってくれてありがとう」
「それから、貴方がこの国を守ってくれたおかげで、ほら、貴方の弟。マルチネスよ」
王妃が赤子の顔をマティに向けると、赤子は「キャッ」と、微笑んだ。
だが、マティはまだ固まっている。
仮面もつけたまま。
マティ自身、どうふるまっていいのか、わからないのだ。
それを見て恵理子がマティに声をかけた。
「マティ、仮面をとっていいのよ。ほら、弟が会いに来てくれたのよ」
マティの仮面の下、すうっと、涙が頬を流れた。




