千里と桃香からのレス(優香と恵理子)
数日後。
「勇者様」
サーバルが声をかけると、優香と恵理子が振り向く。
「明日には出港できますがどうなさいます? 明日、出港しますか?」
「お願い。こっちも準備しておくわ」
恵理子がミリーとオリティエの両隊に指示を出す。
「ミリー、オリティエ、明日、船に乗るわ。一週間の旅だから、食料など買い出しをお願い」
「「承知しました」」
翌日、サーバルに案内されて港へと馬車を移動させる。
「勇者様、この船で行きますので、馬車を乗せてください」
「……」
「結構な年季が入った船なのね」
あちこち修理の入った船に固まる優香に対して、冷静に遠回しな質問をする恵理子。
「そのバカでかい馬車を乗せる船なんて、そうそう見つかるもんじゃありません」
「見つけてくれただけでも、ありがたいわ。で、クルーはそろっているの?」
その一言に、帽子を取り出してかぶるサーバル。
「え、まさか」
「ええ、うちの騎士団と兵士たちが操船します。当然私が船長です」
「本当に大丈夫でしょうね」
「まあ、なんです。最低でも片道だけ何とかなればいいってことです」
「「……」」
「ところで、あのケルベロス、泳げるんですよね?」
「えっと、沈むこと前提?」
「可能性の話です。あれだけ大きければ、何人かしがみつけるでしょう?」
「「……」」
優香たちと一緒に大きな不安を乗せた船は、シャミルや町の人に見送られ、なんとか離岸した。
「意外とスムーズに進むものね」
「それはそうですよ。この船はですね、昔、私達が船乗りだったときに使っていた船なんです」
「船乗りだったんです?」
「領主になる前はです。今は船団をウォルフに任せていますが、当時はこの船が海賊が来た時のおとり役だったんです。にもかかわらず、一度も沈まなかった。貴重な船なんです」
「へー。そうなの。船乗りの腕だったの?」
「もちろんそれもあります。ですが、この船はね、運がいいんですよ」
「運?」
「海賊が来ても嵐が来ても沈まない。すごい船なんです」
「まあ、どんな船でも沈んでほしくはないけどね」
「違いないです」
船は大陸の山脈を左手にして進んでいく。
何日か経つと見えてくるものがある。
「おーい、勇者様。あれじゃないですかね? 海賊の元本拠地」
サーバルが指を差した先にあったのは、真っ黒な壁。
ベルは見て見ぬふりをする。
「あれ、やっぱり千里ちゃんと桃ちゃんが燃やしたのかしら」
「行きに遠くから見たときは燃えた痕だなんて想像もしなかったけどね。でも、渓谷の焦げとか、変な砦とか見ちゃうとね。もしかしたら、二人ならやりかねないかなって」
恵理子の疑問に優香が答える。
「しかし、よく山火事にならなかったわ」
「加減を知っていたってことかな」
「千里ちゃんも大人になったのかしら」
あははははは。
実際には千里は加減なんてしていない。
言われた桃香が鎮火しただけだ。
結局、海賊にも嵐にも遭遇することなく、船はフィッシャーの街にたどり着いた。
「サーバルさん。ありがとうございました。おかげで早くアルカンドラ大陸に戻ってくることが出来ました」
「ああ、いいってことです。娘をよろしく頼みます」
「必ず秘石を渡しますね」
「勇者様方も、気をつけて」
「サーバルさんも」
優香たちは、船から馬車を降ろし、港を離れた。
「まずは冒険者ギルドね」
「千里ちゃん達、メッセージを見てくれたかしら」
いつものように冒険者ギルドへ入っていく優香と恵理子。
二人は、カウンターに向かわずにまっすぐ掲示板へと歩み寄る。
自分達が貼り紙をしてからすでに一年以上たっているのだ。
つまり、千里と桃香が見て、貼り紙を継続していてくれたら残っているはず。
見られていなければなくなっている。
しかし、そんな心配は必要なく、恵理子と優香は、自分達の貼り紙を容易に見つけることができた。
自分達が貼ったのだ。
場所はわかっている。
その貼り紙は変わらず同じ場所に貼ってあった。
恵理子がぺたんと座り込み、
「あはははは」
と、笑う。
目には涙が浮かべて。
優香もそれを見て、
「あははははは、千里ちゃんっぽい」
そう言って、座り込んだ恵理子を後ろから抱きしめた。
「『りょーかい』だってさ」
「変わらないね、千里ちゃんは……あはははは、あはは……うわーん」
恵理子が泣き出す。
初めて見た、千里の痕跡。
聞いた話じゃない。
噂じゃない。
実際にいるってことの証明。
日本語で書かれたそれ。
千里と桃香、自らのレスポンス。
下には、『千里』『桃香』のそれぞれの署名。
それを見つけた。
「恵理子、もうすぐだね。もうすぐ会えるね」
優香も恵理子を抱きしめながら涙する。
「うん。うん……」
リーシャとネフェリ、リピーは、他の冒険者からの好奇の目を防ごうと優香と恵理子を背にして囲うように立つ。
ブリジットは、そっと二人から離れ、冒険者ギルドをでて、ミリーとオリティエに指示を出す。
いつでも出せるように買い出しを済ませておいて欲しいと。
ミリー達もそれに了承し、行動に移した。
優香と恵理子が落ち着いたころで、リーシャが二人に声をかける。
「行きましょう。もう少しですよ。勇者様」
リーシャが手を差し伸べると、恵理子はその手を取って立ち上がった。
「ありがとう、リーシャ。ここまでこられたのもリーシャ達のおかげだわ」
「まだ目的を達してないよ。それから、お二人が目的を達しても、私はずっとそばにいるから」
「うん。ありがとう。リーシャ。リーシャは時々お姉さんだね」
「あの、忘れているかもしれないけど、マオもタカヒロも、まだ十八。私の方が歳上だから」
「あー。そうだったね。あはははは」
「あはははは」
優香はギルドのカウンターへと向かう。
「あの貼り紙だけど、もう一年年長してもらってもいい?」
「すでにクサナギゼットの皆さんによって一年延長されていますが」
「いいの。なるべく伸ばしたいだけだから」
「承知しました」
「それと、ペンを貸してもらっていい?」
「はいどうぞ」
優香はペンを受け取って貼り紙に向かう。
そして、『貴博さん、真央ちゃん。みんなで待っているからね』と、日本語で書き加えた。




