千里と桃香の悪ふざけ跡地(優香と恵理子)
優香たちは西へと進む。
「優香、恵理子」
ネフェリが声をかける。
「なあに?」
「リョクレイに見に行かせようか」
リョクレイとはフィッシャーの街で、猫人族誘拐事件の際に街に降り立った緑ドラゴンの一人である。
「うーん。ありがたいけどいいかな。どのみち戻るわ」
「だが、状況次第ではカイナーズの軍も送らなくてよくなるのではないか?」
「それはシルフィードからカイナーズへの命令だから、私達がどんな情報を流しても、シルフィードから中止命令が出ない限りは行くわよ。私としては、属国になってまで守ってもらわなければならないほどピンチになっているアストレイアの方が気になるわ」
それには馬車の横を歩くマティが答える。
「アストレイアはああ見えて広い国なんです。事前に攻めてくることが察知できればいいのですが、どうしても後手に回ってしまいます。これまでは砦で防いでいる間に各貴族達から軍を回してもらっていたのですが、出兵の準備をするだけでも時間がかかります」
「砦で防げるような相手ならいいけど、この前はいきなり本隊が来たと。そして今度もそうってことかな」
「……はい。おそらくですが。それに……」
「それに?」
「私は優香様、恵理子様の戦い方の方が、双方被害が少なくて好きなのですが、相手の軍のトップを倒して早々に終戦させる方法では、兵力が残るんです。つまり、代わりのトップが立てばすぐに戦争が出来るんです。この前の時は、皇帝も死んでいませんし、兵もほとんど返しましたから」
「そうよね。それに、ネフェリ達を助けるために、皇帝の手首を切っちゃったしね。怒らせちゃったかな」
そりゃ怒りますとも。
と、誰もが思う。
「そっか。私達のせいでもあるのか」
恵理子は空を見上げる。
考え込んだ恵理子に優香が話しかける。
「でもさ、恵理子」
「なあに?」
「何が正解かなんてわからないじゃない。なんでサザンナイトがアストレイアに何度も攻め込んで来るのかわからないけど。双方の被害を最小限に抑えられるのはいいと思う」
マティは思う。
何度も攻め込んでくるのは、私の奴隷遺棄の罪が消えていないせいだろう。
もちろん、口実にされているだけなのはわかっている。
しかし、私は死んだことになっているはず。
なぜ、執拗にアストレイアに攻め込むのか。
勇者がいないと知ってのことか。
それとも、そんなことはどうでもいいのか。
いっそのことサザンナイトを攻め落とすことが出来たら。
いや、そんなことはできない。
アストレイアにその力はない。
優香と恵理子がそれをなしてくれるとは思えないし、二人にそうしてくれと頼むこともできない。
ましてやこれから会いに行く千里と桃香は何の義理もないだろう。
マティは思いを巡らせ歯噛みする。
いずれにしろ、自分には何もできない。
自分はすでに王女ではない。
クサナギに所属する一冒険者なのだ。
何日かしてカイナーズの砦をくぐる。
そして、ドレスデンとの国境近く。
「あれ、あれがセーラの言っていた変な砦かしら」
「まるで地面がせりあがったかのよう。それに、あの、やぐらかしら。あれも土でできているみたいだけど」
「「……」」
千里ちゃんと桃ちゃんのおふざけか。
そう、優香と恵理子は理解する。
その砦から声がかかる。
「おーい。冒険者か?」
「我らはカヴァデール王国のものだ。カイナーズからドレスデンへと向かう途中だ。ここを通りたいのだが」
ブリジットが先頭に立ち、この砦を通してもらえるようにお願いする。
「悪いんだが、ぐるっと回ってもらえるか? この変な砦、カイナーズ側に入り口がないんだ。誰が作ったのかわからないが、おかしなつくりなんだ」
「「……」」
千里ちゃん、桃ちゃん、いい加減な。
きっと、降りる側にしか作らなかったんだろう。
と、思っても言わないでおく。
優香たちは右側からぐるりと回ることにする。
砦に沿って進んでいくと、森の奥に向かって一直線に木が無くなっている、そんな状況が見えてきた。
どうやら、焼けたようだ。
「これ、炎魔法を森に向かって撃ったのね」
「きっとそう。だけど、相当大きい魔法。しかも二発かしら」
「千里ちゃんと桃ちゃんかしら?」
「これだけ大きい魔法を放つのはそうかもしれない」
そう話をしながら砦を回り込み、ドレスデン側に回り込む。
すると、再び砦から声がかかる。
「下に穴があるだろう? そこを通って上に来てもらえると嬉しいんだが……そのバカでかい馬車は無理だろうな。俺達が降りるか……」
「ちょっと話が聞きたいから、私達が歩いて上がっていくけどいい?」
「そうかい。助かる」
優香と恵理子は、リーシャとブリジット、ネフェリとリピー、そしてアクアとパイタンを連れて砦の上へと上がっていった。
「上まで来てもらって悪かったな。今はここはドレスデンの当番でな。だからカイナーズからドレスデンへと入国する者はチェックさせてもらっているんだ」
「私達は冒険者パーティ、クサナギ。カイナーズの王都からきたの。ドレスデンを通って、獣人の国から船に乗ってアルカンドラへ向かうところ」
優香が兵士に事情を説明する。
「カヴァデール王国って、さっき言っていたけど?」
「下に女王を待たせているわ」
「女王様? それは待たせたら不敬に当たるのか? カイナーズから来たのなら、敵ではないだろうし、もう行っていいぞ」
「私達から聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
「この砦だけど」
「ああ、いつの間にかできていたんだ。ちょうどカイナーズとドレスデンの国境にあるから、どちらが取るかでもめたけど、今は両国の関係はいいから、お互い攻めようなんて考えないし、結局、交代でこの周辺を見張ることになった。この辺、盗賊が出るから、ちょうどよかったのかもしれない」
「じゃあ、盗賊は出なくなったの?」
「ああ。この街道は大きな盗賊団がいたんだが、今はいない。この砦のおかげだろうな」
「そうなの。じゃあ、この砦を誰が作ったのかは?」
「わからないんだ。そもそも、誰かが作ったって言ったって、誰がこんなものを作れるんだ? 人の手で作ったって、何年もかかるだろうし」
「ようは、不思議な現象ってこと?」
「そういうことだ。国王様たちは何かを知っていそうだけど」
「ありがとう。いろいろと教えてくれて。じゃあ、行くわ」
「ああ、気をつけてな」
砦から降りながら恵理子は優香に聞く。
「ねえ、これ、作れる?」
「限界まで魔力を使ってどうかな」
「そうよね。はぁ。あの子達、どれだけの魔力を持っているのかしら。私達より一年遅れなのよね?」
「セーラとの話が本当ならそうよね。ねえ恵理子。もしかしてあの渓谷の煤……」
「まさか、二人が?」
二人の会話を聞いてリーシャとブリジットは思う。
この二人を越えるような化け物がいるのかと。
この二人の関係者はみんなこうなのかと。
六人そろったら無敵ではないのかと。
優香と恵理子の二人だけでも人間では敵なしなのに。
実際、優香と恵理子、そして千里と桃香ですでに二大陸の人間の国の大部分を支配しているようなものだが。




