広い世界のその先に……(貴博と真央)
真央以下、ラビとマイマイ以外の全メンバーが顔を赤くする。
「ニック、うちの妻達、まだ若いんだ。そういう刺激的なことは言わないで欲しいな」
「あ? これ全部お前の妻たちなのか? じゃあ、お前も必要だろう。長持ちさせる薬」
「……」
「まあ、プライベートのことは詮索しないようにしてっと。それでな。どこかの誰かが言い出しやがった。その薬を作るには長く生きた大きなカメの魔物の生き血が必要だと」
「カメの魔物って大きいのか? 大きくなるのか?」
「見たことないからわからない。だから探すのに苦労している」
「小さいのは?」
「効かないそうだ」
ニックはため息をついて話を続ける。
「何にしろ、作れるなんて言い出しやがった薬師がいるもんだから、貴族が大きなカメの魔物を探すようにって、依頼を出しているわけだ」
「なるほど。当てのない魔物探しか。頑張ってね、ニック」
「はあ。まあ、若者にその薬の重要性を説いても仕方ないか。じゃあな、貴博」
話はこれで終わり、と言うところで、貴博が一つ思い出す。
「やっぱり一つ聞いていい?」
「ん? 答えられることならな」
「ジェイズ・クリムゾンって人、婚約した?」
「あ、婚約したっていうか。結婚したぞ。相手は確かメルシー、えっとなんだっけ。クリムゾン公爵が張り切ってな、パレードをしてた。幸せそうだったぞ」
「それはよかった」
「公爵家の長男がどうして気になる?」
「同級生の兄さんなんだ」
「そっか。お前達、学園出身か。そりゃ、こんなところまで来られるのも不思議じゃないか」
「そんなところ。それじゃね」
そう言って、貴博達、放課後木剣クラブはニック達パーティと別れた。
「うーん。マイマイ、狙われているよ?」
そう貴博がマイマイに言うと、マイマイは顔を赤らめる。
「そこ、顔を赤らめるところじゃないからね」
「でも、生き血が必要ってことは、殺されないってことだよね」
ミーゼルが聞いてくる。
「だけど、生かされたまま血を抜かれ続けるかもしれないんだよ。どんな拷問だよ、それ」
ミーゼルが想像して身震いする。
「マイマイ、ばれちゃだめよ」
ミーゼルがそうマイマイに声をかけると、マイマイはうなずいた。
「ところで、マイマイって、仲間はどこにいるの? ラビは森にいっぱいいたけど」
貴博の質問に、マイマイは何かを考え込む。
「マイマイがいた池? あそこにいた?」
マイマイは首を振る。貴博も他の亀の魔物は見ていない。
「あれ、じゃあ、マイマイはどうしてあそこにいたの?」
マイマイが首をかしげる。マイマイには心当たりがないようだ。
貴博は思う。あの時も鎌が刺さったままぼぉっとしていたしな、と。
「ちなみに、ラビはどうしてあそこにいたの?」
「キュ」
次いで、貴博はラビにも聞いてみる。
ラビは、返事をして走るポーズをする。
「そうか、走ってあそこに行ったのか。でも、怪我をしてたよね」
「キュ」
ラビはうなずく。
「何と戦ったの? 人間?」
「キュ」
ラビは首を振る。
「もっと大きい魔物?」
「キュ」
ラビがうなずく。
「そうかぁ。もっと大きい魔物か。ラビより大きいって、大きいな」
「ラビって五メートルくらいあったよね。それより大きいって結構な大きさだよね。普通のホーンベアより大きいじゃない」
そう言ってミーゼルが手を広げて大きさの確認をする。
「私達三人分くらいかしらね」
ルイーズとリルがミーゼルの手を取って広がる。
「それくらいがラビの大きさだから、もっと大きいんだと思うよ」
貴博は思う。
まさか、ドラゴンじゃないよな、と。
だが、考え直す。ドラゴンだったら、逃げることすらできないだろうなと。
ただ、貴博は一つ確認をする。
「ねえクラリス、アンブローシア帝国周辺にドラゴンっている?」
「いるって言われている。って言うのは、しばらく存在が確認されていないんだ」
「昔はいたんだ」
「文献上な」
じゃあ、やっぱり違うな。貴博はそう思うことにした。
貴博達、放課後木剣クラブは森に沿って西へと移動する。どこまで行っても馬車で森に入ることができそうな道が見つからない。
何日も西に向かって移動し、ついに海に出てしまう。ただ、海岸沿いを行けば北へと行けそうではあった。
「ねえセンセ、見て見て。太陽が西の海に沈むよ。サンセットなのです」
「ほんとだ。きれいだね」
太陽が西の海に沈もうとしている。
空が、海が、鮮やかなオレンジ色に染まる。
貴博と真央は、太陽が沈んでいくのを見ている。
そこへクラリスをはじめ妻たちが、ラビとマイマイが並んでその光景を眺める。
サンタフェとカンタフェは貴博の肩に乗っかる。
太陽が沈むと代わって月と星の明かりが貴博達を照らす。
「きれいだったのですー」
真央が両手を口の前で合わせて海を見続ける。
「ほんとにきれいだったね。でも、アンブローシアの海岸沿いを通っていた時も何度も見たよね」
「センセ、情緒が……。何度見てもきれいなものはきれいなのです」
真央が頬を膨らませる。
「あはは。ごめんごめん。そうだよね。何度も見たいよね」
貴博は真央の頭をなでなでしてなだめる。
「この海の先にいるのですか、千里さん達」
「どうだろうね。北の山の向こうかもしれないよ」
「うーん。わからないのです。先に進むしかないのです」
「そうだね。頑張ろう」
「おーい、火を焚いていいか」
クラリスが貴博と真央に声をかけてくる。
「うん。お願いするのです。っていうか、手伝うのですー」
真央が駆けていく。
「サンタフェ、カンタフェ、僕らも行こう」
クラリスが火を起こす。そして、夕食を作る。
「ねえ、サンタフェ、カンタフェ、君たちはこの世界がどれくらい広いのか知っているの?」
「「……」」
二人はどう答えていいのかを悩む。
しかし、沈黙に耐え切れなくなったサンタフェ。
「私達はグレイス様と一緒にいましたから、グレイス様が連れて行ってくださったところはそれなりに行ったことがあります」
「そうなんだね」
「知りたいですか?」
「ううん。いい。自分達の目で見る」
あからさまにほっとするサンタフェとカンタフェ。
「それがよろしいかと思います」
「この世界は広いんだろうね」
「はい。広いです」
「ねえセンセ、千里さんも桃ちゃんも、恵理子さんも優香さんも見つけたら、みんな、みんなで暮らすのもいいのですが、みんなで旅に出るのもいいのです」
真央がそう提案する。
「ああ、そうだね。いろんなところを見に行こう。みんなで一緒に」
貴博はそう言って妻達に視線を送った。
みんなで、と。




