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守るべき家族(貴博と真央)

 城壁の外では、数千、もしかしたら万にも及ぶ魔物、ホーンラビットのみで構成された群れが公爵軍と向き合っていた。

 馬に乗ったネビュラス公爵が剣を振り上げて叫ぶ。


「皆の者、聞け! 我が軍は屈強である。日頃より訓練を欠かしたことがない。たとえ魔物が千集まろうが、万集まろうが、我々は屈しない。我々なら打倒せる。目の前にいるのはしょせんホーンラビットだ。絶対にこの城壁を通すな。我が国の民を守るのだ!」


 公爵は、騎士や兵士たちを鼓舞していく。

 しかし、こんな事態は初めてのことだ。

 これまでも多くても百くらいがせいぜいだったろう。

 強くてもホーンベアが数頭。

 なのにこの日はホーンラビットとはいえ数千はくだらない。

 公爵軍も同じく千を超える騎士、兵士がいる。しかし、一斉に飛びかかられて、それでも余裕で対処できる、とはいいがたい。

 体力も消費するだろう。集中力も切れることがあるだろう。油断することもあるだろう。

 しかし、何千いようと、しょせんホーンラビットはホーンラビット。傷ついていい相手ではない。負けていい相手ではない。アンブローシア帝国の騎士として。


「左翼、右翼、魔物を取り囲むように広がれ! 中央、気合を入れろ! 絶対に通すな! 魔導士隊、初手を任せる! 盛大に撃て! 詠唱開始、終わったらホールド、合図を待って撃て」


 公爵は剣を大きく掲げる。


 ホーンラビットもそのタイミングを計っているのか、何千ものホーンラビットがうねりるように動いている。まるで一つの巨大な生物のように。

 だが、それは逆に、魔導士隊の魔法が嫌でもあたるということ。


「魔導士隊、いけるな。魔導士隊が撃ったら騎士隊突撃! カウントダウン、十、九、八……」


 そこへ、後ろの兵士から声が上がる、


「おい、お前、お前ら! どこへ行く!」


 城壁から飛び降りたラビとマイマイが兵士たちの間を走る。

 目の前の魔物、ホーンラビットに集中していた兵士達は、突然の侵入者に動揺する。

 しかし、決してホーンラビットの群れから目を離すわけにはいかない。

 いつ襲ってくるかわからないのだ。

 どんな異常事態が後ろで起こっても決して振り向いてはいけない。

 倒すべき相手は目の前にいる。


 ラビとマイマイは、自分達が止められないことをいいことに、するすると兵たちの間を走り抜け、そして、ホーンラビットと公爵軍との間に出る。


 そして、ラビとマイマイは、ホーンラビットの群れに背を向け、つまり、公爵軍に向かって立ち、そして、大きく手を広げた。

 つまり、それはホーンラビットの群れを守ろうとする行動だ。


 しかも、突然現れたラビとマイマイを見て、ホーンラビットたちは興奮状態である。

 キイキイと鳴き、飛び跳ね、いつ襲い掛かるかわからないような状況だ。


 その状況を見て、公爵はカウントダウンを止めてしまう。


「お、お前達は?」




 ラビとマイマイを追いかけて城壁へと登った貴博達が見たものは、ホーンラビットの群れと公爵軍の間で腕を命一杯に広げてホーンラビット達を守ろうとしているかのように立ち振る舞うラビとマイマイだった。


「ラビ! マイマイ!」


 そう叫んだのは真央。しかも真央は間髪を入れずに城壁を飛びおりていく。


 真央の叫び声に気が付いた公爵は城壁へ振り返って視線を送る。


 そこにいたのは、リル。

 自分の娘だ。

 なぜここに?


 公爵はそう疑問に思ったものの、さらなる疑問が重なって生じる。

 城壁から飛び降りた一人の少女。

 その少女が兵士たちの間をすり抜け、先の兎人族や緑の髪の女と同じように前線へと向かっていく。

 そして、その少女は、公爵軍を抜けた後、先の二人と同じように、というか、その二人の前に立って、手を広げた。


 まるで二人を守ろうとするかのように。

 ホーンラビットを守ろうとする二人をさらに守ろうとするかのように。


 その少女、見覚えがある。帝城での娘の結婚式で同じく結婚した少女。

 真央・グリュンデール。

 今は真央・ローゼンシュタイン。

 つまり、娘と嫁いだ先が同じ。

 貴博・ローゼンシュタインだ。

 だが、その真央・ローゼンシュタインが公爵軍に敵対する行動をとっている。


 どういうことだ。


 公爵は、その自身の問いに答えることが出来ず、指示をも出せないでいる。




 貴博は、真央の取った行動を見て考える。

 どう見ても公爵家に敵対する行動だ。

 魔物をかばう行動だ。

 魔物は人類を脅かす存在。

 つまり、真央がとったのは、アンブローシア帝国に対して敵対する行為。


 貴博は視線を送らず、クラリス達を伺う。

 真央は、よくはないがまだいい。

 元々アンブローシア帝国の人間ではない。

 だから、いざとなったら貴博と真央の二人で逃げてもいい。

 だが、他の妻達はアンブローシア帝国で生まれ育った。

 この国の皇女であり、貴族令嬢である。

 真央以外の妻達は、帝国に敵対しては絶対にいけない。

 親兄弟、家族と離してはいけない。

 敵対させてはいけない。


 だからここは。


 貴博は決意をする。


「クラリス、ミーゼル、ルイーズ、リル、シーナ」


 妻達に声をかける貴博。


「これまでありが……」


 バキッ!


 貴博のほほにクラリスのこぶしが撃ちこまれた。

 貴博はクラリスに殴り飛ばされる。


「貴博! 今、何を言おうとした! 何を!」


 クラリスは殴った右のこぶしを左手で包み、その手を震わせている。

 そして、その目には涙が。


 貴博が体を起こし、そしてクラリス他、妻達を見る。

 妻たちは、皆、泣いていた。

 クラリスだけではない。ミーゼルもルイーズもリルもシーナも。

 貴博が何を言おうとしたか、それを理解して。

 もちろん、なぜ貴博がそんなことを言おうとしたかも理解できる。

 だが。


 ミーゼルは、涙をぬぐうこともせず、城壁から外へと飛び出した。

 ルイーズも、リルも、シーナも続く。

 クラリスも、貴博を置いて城壁から飛びだした。

 さらにはカンタフェとサンタフェも。


 五人と妖精の二人は、公爵軍の隙間をぬって前へ前へと進んでいく。

 そして、公爵軍を抜けると、真央の横に並び、真央と同じように、手を広げて公爵軍に向き合った。


 真央は気づく。ミーゼル達が泣いていることに。


「ミーゼル?」


 真央が視線だけ向けて問いかける。


「グスッ、後で話す」


 ミーゼルはそれだけ真央に言った。




「り、リル?」


 ネビュラス公爵は自軍に対して手を広げ、魔物を守ろうとしている自分の娘に対して、疑問の声を上げる。


「リル、なぜ、なぜそこにいるんだ?」

「お父さん。ごめん。でも、でもね。私達、家族だから。私の家族が私の家族を守ろうとしている。だから、私も守らなきゃ」

「リル。父さんは家族じゃないのか?」

「父さんも家族だよ。大好きなお父さんだよ。だけど、ごめん。お父さんに家族を殺させたくない。だから、私、家族を守る。そのためにお父さんに敵対することもしない。ここでこうやって守る。お願い、お父さん。この子達、見逃して!」

「リル、何を言っているのかわかっているのか? 我が家は公爵家。アンブローシア帝国を魔物から守る役を仰せつかっているんだぞ。それをするなと?」

「お父さんたちは守ってる。アンブローシア帝国を守ってる。だけど、それは襲ってくる魔物からでしょ。この子たちはもう襲わない」

「そんなこと、信じられるか。このアンブローシア帝国は、ずっと魔物の脅威にさらされている。われら四公爵家はそれらから国を、国民を守って来たんだぞ。何度も何度も。これからも続くに決まっている」

「そうかもしれない。まだこれからも国を襲う魔物がいるかもしれない。でも、この子達は襲わないから!」



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