ホーンラビットの挨拶(貴博と真央)
貴博達は、馬車を進めて門から街の外に出る。
すると、数百、もしかしたら千は超えているだろうか。それほどのホーンラビットが街の外に街を囲むように集まっていた。
ホーンラビットは腰を下ろして、そして、街の方を見ている。
いや、貴博達を見ている。特にラビを。
「ラビ?」
貴博がラビに声をかけると、ラビは、貴博達の前に歩み出る。
そして、
「キュ」
と、貴博にすら聞こえるかどうか、というくらいの声を発した。
その瞬間、すべてのホーンラビットが立ち上がり、そして、貴博達に向かって駆けてきた。
街の人たち、門の兵士からしたら、攻めてきたと思ったことだろう。
だが、ホーンラビットたちは、貴博達の前で左に急旋回し、森へ向かって走って行った。
「な、何が起こったんだ?」
門の兵士が声をかけてくる。
「うーん。僕らにもわからない。何でこっちに向かってきたのか。何で襲われなかったのか」
貴博はそうとぼけるが、想像はついている。
ラビがいるからだ。
おそらくラビに会うために集まり、ラビに挨拶をし、そして森に帰って行った。
そういうことだろう。
だが、そのことをここでは口に出せない。
「ねえ、門兵さん」
貴博が門の兵士に声をかける。
「なんだ?」
「僕ら、もう行ってもいいかなぁ」
「あぁ、いいと思うぞ。だが、あの大量のホーンラビットが今度いつ襲ってくるかわからないけどな。お前達にかも知れないし、この街にかも知れないし」
「もう来ないといいね」
「そうだな。気を付けて行けよ」
「ありがとう」
貴博達は、馬車を出して北へと向かった。
貴博は馬車の中のラビに話しかける。
「さっきのホーンラビットたち、ラビに挨拶に来たの?」
「キュ」
ラビはうなずく。
「そっか。ホーンラビットたちにとって、ラビは特別なのかな?」
「キュウ?」
ラビは首をかしげる。
「まあいいか。ホーンラビットが来たら、またお願いね」
「キュ」
そうして、二日ほどで小さな村にたどり着いた。
城壁もなく、木でつくられた門があるだけだ。
門をくぐるとまっすぐに道が続いており、その左右には畑が広がっている。
また、家もちらりほらりとあるだけだ。
貴博達がゆっくりと馬車を進めていると、農作業をしている一人のお婆さんを見つけた。
「こんにちは」
貴博が挨拶をする。
「おや、こんにちは。おまいさん方はどこから来なすったね」
「南の帝都からです」
「そうかいそうかい。大変だな。だが、何でまたこんな北へ」
「人を探しているんです。それでいろんなところを回っているんです」
「そうかい。だが、ここにはおまいさん方の探している者はおらんだろうな」
貴博が周りを見回して言う。
「この村、人が少ないですか?」
「ああ、そうだな。何かな、この北の方のな、公爵様方が守っておられる砦の向こうに、魔物が大量発生したらしくてな、若い者が皆徴収されてしまった。だから、こうしてばばが農作業に精を出しとるちゅうわけだ」
わははは、と笑うお婆さん。
「お婆さん、この辺りは危なくないのですか? 城壁があるわけじゃないですし」
「ん? こんな森から離れた小さな村、魔物もよりつかんて。だから城壁もいらんし、若者が引き抜かれても安心じゃて」
「そうなんですね。それでもお婆さん、お気をつけて」
「ありがとよ。まだ北に行くのかい」
「ええ、そのつもりです」
「あんたらも達者でな」
「ありがとうございます」
そうお礼を言って、貴博は馬車を出した。
「リル」
「はい」
「魔物の大量発生って、大丈夫だろうか」
「はい。大丈夫だと思います。父は公爵です。普段から訓練は欠かしていませんし、騎士団も兵士も屈強だと自慢していました」
「それならいいけど。大量の魔物って、やっぱり……」
貴博とリルはラビを見る。
「キュ?」
ラビは首をかしげるだけだった。
そこからさらに数日間、北へ進むと、西の砦が見えてきた。
砦の門まで馬車を進めて、声をかける。
「すみませーん」
貴博が声をかけても誰も出てこない。
「すみませーん」
もう一度声をかける。すると、
「はいはいはい、なんですかっと」
と、一人の兵士が走って来た。
「えっと、あの」
貴博が言いよどんでいると、
「どうしたんだい、こんなところへ」
兵士が逆に声をかけてくる。
「あの、すみません。僕ら冒険者なんですけど、この先に行きたいんですが」
「え? この先? この先、魔物がいる森しかないぞ? 正しくは、それを超えるとエルフやドワーフの国があるけどな。そこへ行くのか?」
「はい。そのつもりなんですけど、その前に、えっと、義理の父に会いに行こうかと」
「ん? 義理の父? 奥さんのお父さんがこの砦で働いているのか?」
「いえ、ネビュラス公爵、どこにいるかなって?」
「え? 今なんて?」
「ネビュラス公爵です。僕の妻の一人は、リル。ネビュラス公爵家の令嬢です」
と、貴博がリルに視線を送ると、リルが出てくる。
「リルです。父は中央ですよね?」
「は、はい! その通りでございます」
急に態度を改める兵士。
「えっと、そういうのいいですから。一つ聞いていいですか?」
「何でございましょうか」
「……何でここってこんなに人が少ないの? 近くの村からも徴兵したって聞いたけど」
「中央に大量の魔物が集結しており、そこへ戦力を集中させているからです」
「もしかして危ない?」
「公爵閣下が危ないわけありません」
「そうだよね。ねえ、この壁沿いに東へ行けばいいの?」
「はっ、その通りでございます」
「ありがとう。じゃ、行くね」
「はい。お気をつけて」
兵士は腰を直角に曲げ、頭を下げた。
「ちょっと急ごうか」
そう言って、貴博は馬車を急がせる。
とはいえ、この国は広い。
中央の砦にたどり着くまでに何日かかることか。
城壁の南側、つまり、領土側を移動する。
おかげで魔物にも出会わない。
そんな何もない移動が何日も続き、ようやく中央の砦が見えてくる。
砦の領土側には、いくつもいくつもテントが並んでいる。だが、人がいない。
その一方で、城壁の外側では大きな声が聞こえる。
何を言っているかわからないが、大勢の騎士や兵士が城壁の外に出ていることはわかる。
すると突然、ラビとマイマイが馬車から飛び出し、城壁の階段を上って城壁の上へと上がって行ってしまった。
「まって、ラビ! マイマイ!」
そう叫んでももう遅い。ラビもマイマイも城壁の上へあがった後、見えなくなってしまった。




