自由人としての自覚(千里と桃香)
砦に到着する直前に、千里に背負われたローレルが目を覚ます。
「ん、んん」
ローレルは心地よい揺れにもう一度目を閉じようとするが、状況を理解する。
「ち、千里!」
「あ、起きた?」
「あの、これは?」
「ローレルがお疲れだったからね。ほら、もうすぐ砦だよ」
「千里……」
「ローレル、悪魔を倒してくれてありがとうね。おかげで何もかもうまくいったよ」
「千里……」
「何?」
「私、私、悪魔に一撃も入れられなかった。ただ、殴られることしかできなかった。だから、あんな方法でしかやれなかった。私、弱い。弱いよ。悔しいよ」
そう言ってローレルは、千里の肩に顔を伏せる。
「何を言っているの。あんな馬鹿強の悪魔に一歩も引かなかったじゃない。倒したじゃない。ローレルは強いよ」
「千里なら、桃香なら、もっともっとうまくやれたんじゃないの? あんなに無様に殴られたりしなかったんじゃないの? 私、私、強くなりたい。千里みたいに、桃香みたい……」
「あのさ、ローレルってほぼほぼ人間族最強じゃない。これ以上強くなってどうするの?」
「私、役に立ってない。立ててない。千里と桃香のために」
ゴチン!
「いたっ!」
千里が肩の上に乗っかったローレルの頭に自分の頭をぶつけた。
「ローレルがいてくれるから私は楽しい。ローレルがいてくれるから私はいつもこんなでいられる。ローレルがいてくれるから私は目標を見続けられる。まあ、みんなもだけどね。だから役に立ってないなんて言わない。ここに立っているのだって、ローレルが連れてきてくれたんだよ」
「グスッ」
「ほら、ローレルらしくないから。ちゃんと前を向く。お転婆姫はどこへ行ったの?」
「千里……」
ローレルは背負われたまま、後ろから千里をぎゅっと抱きしめた。そして、
「千里が自由すぎて、私のお転婆がどこかへ行った」
「え? ごめんね、自由人で」
「千里、自覚あったんだ」
あはははは……
その会話を聞いていた桃香が笑う。
レオナが笑う。ルージュもフォンデもフローラもルシフェも笑う。皆が笑う。
あははははは……
あははははは……
砦に入り、本物の国王シバスと対峙する。
ローレルがクサナギゼットの先頭に立ち、シバスに告げる。
「約束通り、サザンナイトを退けた。これで、貴様の国は我が国の属国だ。いいな」
国王が跪く。
「は。我が国は宗主国シルフィードの属国として、必ずや役に立って見せましょう」
「よろしく頼む」
こうして、アストレイアは正式にシルフィードの属国となった。
「ねえ、国王様」
千里がシバスにお願いをするため呼びかける。
「あの、千里様、私に様付けはやめていただきたいのですが」
「うーん。なんだっけ」
「シバスと」
「じゃあ、シバス」
「いかがしましたか、千里様」
「お願いがあるんだけど」
「何なりと申し付けください」
「サザンナイトの奴隷だった女性と子供千人をなんとかして欲しいんだけど」
丸投げか。シバスは考える。
確かに冒険者パーティで千人をどうこうすることは難しいだろう。だが、国なら、領地なら。
「この度、ヘブンリーの裏切りがあり、ヘブンリー公爵領を取り潰します。そこを千里様、桃香様に差し上げますので、そこでいかようにでもしていただけたらと考えます」
千里は思った。丸投げ返しだと。
「それはどういうこと?」
「はい。ヘブンリー公爵領をまるまる千里様と桃香様の自治領としてはと」
「……どうしていいかわからないもの」
「ヘブンリー公爵家は取り潰しますが、代官や事務官などは優秀かと。丸投げすればよろしいのでは?」
「丸投げね。そうするわ」
誰もが思った。どちらも無責任な、と。
「それじゃ、私達はその千人の人たちと一緒にこのままヘブンリーまで行くけど、いい?」
「明日までお待ちいただけませんか? 代官宛の手紙をこちらで書きたく思います」
「なるほど。私もうまく説明できないだろうしね。お願いするわ。それと、マークスとルークスを貸して。何かの時に丸投げするから」
「もちろんです。どうぞ、使ってください。もし気に入ったのであれば、恋人にでも夫にでも」
「いらんわ」
翌日、クサナギゼットの面々は、マークスとルークス、そして千人の女子供を連れて砦を出発する。
「なあ、何で俺らまで」
マークスが千里に愚痴る。
「兄さん、女神様に対して口の利き方!」
ルークスがマークスをたしなめるが、マークスは気にしない。
「いいんだよ。もうな、目上すぎてどう接していいかわからないんだ。だから一周回ってため口なんだ」
それを聞いた千里が二人に言う。
「あはははは。それでいいわよ。ルークスもそうして欲しいくらいだわ」
「ですが……頑張ります。頑張る……」
ルークスはほほを染めてうつむく。
「ルークス、やめとけって。女神様方は生き別れになった好きな男を探して旅をしているらしいぜ。お前の出番はねえよ」
「兄さん! そんなんじゃないよ! もう」
その会話に顔を赤くしてしまう千里。何でばれているんだと。
「ところで、ヘブンリーまでどのくらいかかりそうなんです?」
桃香がマークスに聞く。
「うーん。女子供を歩かせているからなー。十日はかかるかもしれないな」
「問題は、食料ですか?」
「ああ、馬車何台分かの食料はもらってきたが、厳しいだろうな。途中の街々で千人分の食料を買えればいいが」
「国王に付けていいんでしょ」
「いいと思うぞ。それくらい払ってくれるだろう」
「じゃあ、買い占めちゃえばいいんじゃない?」
「そんな地元の人を無視するような、盗賊みたいなことするな」
「そうよね。わかった。私達も休憩ごとに森に入って来るわ」
「俺達も行くよ」
「うーん。マークスとルークスにはお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「どちらかが先に次の街に先行して行って、可能な限りの食料調達をして欲しいの。そうすれば、楽でしょ」
「そうだな。わかった。早速行ってくる。ルークスが」
「え? 僕?」
「次は俺が行くから」
「仕方ないなー。じゃあ、先に行ってきます。素通りはやめてくださいね、千里様。では」
そう言って、ルークスは馬を走らせて行った。




