高み(優香と恵理子)
「あーあ、マオだけだったね」
「だって、あの猫、ちょっとむかついちゃったから。うちのかわいい子猫を見習ってほしいわ」
「確かにね。うちのかわいい子猫、うまくやっているかなぁ」
優香も恵理子も、リーシャが死にかけるようなことになっているとは露にも思っていなかった。
「ちょっと時間が余っちゃったね。ギルドに行こうか」
「そうね。そうしましょう」
六人は、運河にかかる橋を渡りながら、街の外側に近くにある冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに入る優香たち。
受付嬢は兎人族のお姉さんだ。
「こんにちは」
「こんにちは。見ない人間族の冒険者さんね」
「見たことのある人間族の冒険者はいるの?」
「いるけど、ここにはそんなに来ないわ」
「どうして?」
「そりゃ、獣人の方が身体能力が高いもの。わざわざ獣人の国に出稼ぎになんて来ないわよね」
「そりゃそうか」
「で、お兄さんたちは?」
「人探しの旅をしているんです」
「人探し? 獣人なの?」
「いえ、人間族らしいです。で、エルフを従えていると」
「エルフを従えるほどの人間?」
「え、ええ。心当たりはないですか」
「同じパーティを組むことはあるかもだけど、エルフを従えているんでしょ? そんなのあり得る?」
「あり得るかどうかはわかりませんが」
「まあ、国とちがって冒険者は強い者がリーダーをする傾向にあるからね。その人間族、すごく強いのね、きっと」
「国とちがって?」
「お兄さんたち、どこから来たの?」
「隣のアルカンドラからです」
「そう。じゃあ知らなくても仕方ないのかな? この獣人の国の東から南にかけて、大きな人間の国が三つあるわ。その三つが、エルフの国に落とされたの。つまり、エルフの国を頂点として、大きな人間の国が三つ従っている構造ね。だから、エルフが人の下につくなんてこと、本当にあるのかしら」
「あ、そのエルフの姫が従っていると」
「はぁ? 人間の国の上に立つエルフの国の姫が人間に従っていたら、その人間は、そのエルフの国より上になっちゃうじゃない。エルフの国の上に立つ人間の冒険者? 何それ」
受付嬢は、口を押えてありえないと笑うが、優香と恵理子は違う。
それこそあの子達、誰かわからないけど、パパの手にかかったあの子達の誰かに違いない。
そう、判断する。
「その人間の国に行くにはどうしたらいいの?」
恵理子がカウンターに身を乗り出して聞く。
「うわっ! びっくりした。人間の国? ここから南に行けばドレスデン。東に行けばカイナーズよ。どっちも大きくて深い森を越えるわ。道はあるけど、気を付けてね」
「わかった。ありがとう」
優香がそう答えて立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待って。今ね、西から魔物のスタンピードが放射状に走っているって話なの。そろそろこの辺に到達するっていう予測だから、今行くのは危ないわよ」
「忠告感謝する。仲間と相談して決める」
「はいはい。気を付けてね」
優香達は、ギルドを立ち去ろうと出口方向へ向かう。
しかし、一つやることを思い出す。
「お姉さん、貼り紙を一年間させて」
「銀貨十枚で」
「お願いします」
優香と恵理子は、貼り紙をさせてもらい、それからギルドを出た。
その日の夕方、ギルドに団体がやってくる。
「すみません。換金をお願いします」
トリシャとウルリカだ。
ギルドの外にはリビア達やリーシャにブリジット、姫様隊もいる。
「はいはい。どれですか」
兎人族の受付嬢は、換金される討伐証明を探そうと見回す。
「えっと」
「あの、ここに持ってきていいですか?」
「は、はい」
受付嬢の許可をもらい、トリシャは外に声をかける。
「おーい、姫様隊ー。こっちに持って来て」
すると、姫様隊の四人は、大きな袋をそれこそ、右手と左手に持ってギルドに入ってくる。
エヴァとベルもなんとか復帰している。
「……えっと、それ、なんです?」
受付嬢は、固まりつつ、何とか声を発する。
「森に入ったら、大量のホーンラビットとホーンウルフに襲われたんです。その数はおよそ五百です。ここには、何とか解体できた分だけ持って来ています」
「ご、五百? それを皆さんだけで?」
「いえ、リビア殿下とその護衛の騎士様達が一緒でしたから」
「な、なるほど……」
受付嬢はちょっと考えて、
「ギルマスー!」
と、叫んだ。
「うるさい。なんだ」
「情報のあったスタンピードが抑えられたっぽいです」
「は? なんて?」
「ここに、五百を超える魔物の討伐証明を持ってきたパーティが」
受付嬢のその言葉に、ギルマス、熊人族のギルマスが階段を駆け下りてきた。
「五百?」
「はい。五百です」
ギルマスは、カウンターに置かれた袋の一つをそっと開けて中を覗く。
確かに、ホーンラビットにホーンウルフのホーン部分が山のようだ。
「これを倒してくれたのか?」
ギルマスがトリシャに聞く。
「リビア殿下と一緒にです」
「そうか。ありがとう。助かった。スタンピードがいつ来るか、不安だったんだ。それが解決したのなら、こっちとしても安心できる」
「これで終わりかわかりませんよ?」
「いや、どこの地区も一度だけらしい。帯状に広がっているようだ。だから、これで終わりだろう。助かった。おい、金貨五十枚渡しておけ」
ギルマスは受付嬢に指示を出して部屋へと戻って行った。
「は、はぁ。金貨五十枚ですか。私の二年分の年収が一日で……」
受付嬢がほおける。
「お姉さん?」
トリシャが受付嬢に声をかけて、何とか現実に戻す。
「はっ! ただいま用意しますね」
そう言って、受付嬢は金庫へと向かっていき、そして、金貨の入った袋を持ってきた。
「これが報酬です。金貨五十枚です。確認してください」
トリシャはざっと中を見て、紐を結んだ。
「あの、この街にキザクラ商会ってあります?」
「はい、あります。街の中心の方です」
「ありがとうございます」
そうお礼を言って、トリシャとウルリカ、姫様隊はギルドを後にした。
宿の前に馬車が到着する。
「リーシャ様、大丈夫ですか?」
リビアが声をかける。
「大丈夫。だから気にしないで。お互い無事でよかったね」
そう言って、リーシャは馬車を降りた。
それに続いてブリジットも降りる。
「ブリジット殿」
リビアがブリジットにも声をかける。
ブリジットは無言で振り向く。今は仮面もかつらもしている。
「ブリジット殿もありがとうございました。リーシャ様が助かってよかったです」
「リーシャも言ったが、気にしないでくれ。それよりいいのか? トリシャに金貨を全部渡してしまって」
「ええ、いいのです。野鳥も取れませんでしたし、魔物を倒してくれたのもほとんど皆さんですから」
「そうか」
そう言って、ブリジットも立ち去る。
「行こうか」
リビアは御者をしている騎士に声をかけ、馬車を出させる。
「はぁ。高い、高いなー」
リビアはそう言って、手を空に向けて伸ばした。




