千里と桃香の忘れ物(優香と恵理子)
しばらくすると、ベルが森の中から隊列に戻ってくる。きわめてご機嫌な顔で。
一緒に戻ってくるオッキーは、槍の柄を担いでいる。その柄には、首のない鳥がさかさまにぶら下がっている。いわゆる、血抜き状態だ。
それを見た獣王国の騎士は、目を点にしている。この瞬間に狩って来たのか? と。
しばらく歩くとベルは、再びオッキーと森に入っていく。
そして、戻ってきたときには、オッキーの柄にぶら下がっている鳥が二羽になっていた。
「そ、それは?」
たまらず、騎士がベルに聞く。
「えへへへへ。内緒です」
と笑うベル。ウィンドカッターはとりあえず、内緒だ。
こんな隊列を組んで狩りに行く必要ないじゃん。そう、騎士達は思った。
さらにしばらく歩いて森の中の湖へと出る。
ただし、湖畔には出ず、森の中に潜んだまま湖を眺める。
そこには、何羽もの鳥が集まっていた。
「リーシャ様。どの鳥にします?」
リビアがリーシャに聞く。自分はどの鳥を狙って見せたらいいだろうかと。
「大きい奴」
「わかりました。おい、誰か、弓を持て」
リーシャの答えにリビアはそう言って後ろを振り向く。
そこには騎士達が控えていたが、リビアはその後ろのオッキーとマティが気になった。
二人とも、槍の柄を担いでいて、その先には、鳥が五羽ずつぶら下がっている。
しかし、リビアは、それを見なかったことにした。
「はっ」
騎士の一人が弓と矢をリビアに渡す。
リビアはそれを受け取って、かまえる。
そして、よーく狙って、矢を放つ。
ヒューン、スカッ!
バサバサバサ!
鳥たちは、突然飛んできた矢に驚き、飛んで逃げる。
「まあ、最初だし、仕方ないな。次を待とう」
と、リビアは再び草陰に潜む。
「あの、もしかして、鳥が来るのを待っているの?」
思わず、リーシャが聞いてしまう。
待っていられるほどリーシャの気は長くないと。
「そうですが? 野生動物の狩りなんて、そんなものでしょう?」
「……」
リーシャはどうしていいか悩む。
自分が王子の相手をしている以上、ここを抜けるわけにはいかない。
しかし、鳥は狩りたい。優香と恵理子が期待をしているのだ。
このままリビア達に付き合っていても、いつ、どれだけ狩れるのか分かったものじゃない。うちは大所帯なのだ。
そう焦るリーシャにブリジットが目配せをする。大丈夫だ、と。
なぜなら、と、ブリジットが指を差した方向には、槍の柄を担いだオッキーとマティがいる。そこには、血抜きをされている鳥が。
それを見て、同じようにオッキーとマティを見る、ウルリカとトリシャ。
二人は、違う意味で目を点にする。
あれは血抜きだ。ということは、ずっと血を滴らせながら歩いてきたと。
では、この探査魔法に引っかかっている無数の魔物はいったい何を狙っているのかと。
わかりきっている。オッキーとマティが担いでいる鳥だ。
ベル?
トリシャとウルリカの二人はベルを見る。探査魔法を使うとしたらベル。ベルはこの事態に気づくのか?
しかし、ベルは、狩りに満足したのか、ほんわかしている。
仕方ない。
トリシャがブリジットに進言する。
「ブリジット様、やばいです。血の匂いに誘われて、魔物が集まっています」
それを聞いたブリジット。
「リビア殿。このあたりに魔物は?」
「あまりいないはずです。つまり、この人数でいれば安全です」
「ですが、魔物の群れが……」
「もしかして、あの噂は本当だったのか?」
と、二人の話を聞いていた騎士の一人が思い出したかのように声を上げる。
皆がその騎士に視線を向ける。
「どんな噂だ?」
リビアが騎士に確認をする。
「はい。西の山脈付近の洞穴から、一時的に、大量の魔物があふれだし、それが地方の森に散って行っていると。よって、森の中では大量の魔物に出くわす可能性があるという噂がありました」
「一時的というのは?」
「その群れが通り過ぎれば、もう魔物は増えないからです」
「一時的に増えた、というより、魔物の群れが一斉に東に向かっていると」
「そういうことらしいです」
ちなみに、これは、千里達が洞窟から追い出したホーンラビットやホーンウルフ。それが森の中を拡散しながら東に向かった。さらにその魔物が各地の魔物を巻き込んで勢力を拡大させている。
「それで、その群れが、今ちょうどここに通りかかったと?」
「その可能性が高いと思われます。いかがなさいますか?」
「今すぐ戻ろう。森から出るぞ」
リビアが立ち上がった。しかし、
「もう遅いです。後ろに魔物の群れ! 退路をふさがれました!」
ウルリカが声を上げた。
「森の中で戦っては不利です。湖畔に出ます」
そう、トリシャが叫ぶ。
それを聞いて焦るように湖畔へ飛び出そうとするリビア。
だが、焦ってしまっては、足元がおぼつかなくなり、そして、つまずく。
リビアは、倒れまいと、何かにつかまる。
ブチン!
「にゃー!」
リーシャが大声を上げる。
リビアは、手に持ったものに気づき、それから、リーシャの大声に固まる。
リビアが固まったのをいいことに、ブリジットが目にもとまらぬ速さで、リビアの手に握られた茶トラのしっぽを奪い、リーシャの腰に取り付ける。
そして、リーシャと二人、湖畔へと、リビアから離れるように飛び出した。
固まったリビアは騎士の一人に抱きかかえられて、湖畔へと。
そのほかの騎士も、トリシャにウルリカも、姫様隊も湖畔へと移動。
そして、森に向かって身構える。
トリシャが叫ぶ。
「魔物の数、およそ二百!」
「「「二百?」」」
騎士達が悲鳴を上げる。
騎士達は、六名できたが、二人を馬車の警備に置いてきており、今は四人。
その四人で王子を守りながら二百の魔物を倒せと。
ウルリカはブリジットに視線を送る。
ブリジットは、頷くだけだ。すなわち、お前達でやれと。
「トリシャ、ブリジット様に任されたよ。やるよ」
「オッケー、やるよ、ウルリカ!」
ウルリカとトリシャは意気込む。
さらに、その左右にオッキーとマティが立つ。後ろにエヴァとベル。
「エヴァ、ベル! 魔物が現れたら、魔法で先制攻撃を」
「「はい!」」
「魔法でうち漏らしたものを我らがやる。いいな!」
「「「はい!」」」
返事はしたものの、ベルは悩む。
「ウルリカ! 私!」
と言って、ベルは獣人の騎士達に視線を送る。
なるほど、ベルの魔法をあまり見られたくないか。
ウルリカは納得する。
「ベル、構わない。やれ!」
「はい!」
「ウルリカ! 来る!」
トリシャが叫ぶと、森から数十の魔物が飛び出してきた。
これは第一陣だ。
「トリシャ! ヨーゼフとラッシーを呼べ!」
ブリジットが指示を出す。
「はい!」
トリシャは、口笛を吹く。
ピー!
すると、リビア達に気づかれないように潜んでいたヨーゼフとラッシーが森から飛び出してきた。
しかし、これが裏目にでる。
ヨーゼフとラッシーに後ろから迫られた魔物達が、リビア達、トリシャ達の方へと突進した。
「エヴァ、ベル、お願い!」
「「はい!」」
「アイスランス!」
「ウインドカッター!」
エヴァとベルが連発する魔法に、魔物たちが倒れていくが、魔物の数の方が圧倒的に多い。
「オッキー、マティ、行くよ!」
あふれ出る魔物に、トリシャとウルリカは、オッキーとマティと一緒に、ナイフや剣を向ける。
「後ろに行かせるな!」
トリシャが声をかける。
トリシャとウルリカは、飛ぶように、跳ねるように、踊るように、両手に持ったナイフを魔物たちの首筋にあてていく。
左右のオッキーとマティは剣を装備している。手返しはナイフの方が圧倒的に速い。
とはいえ、オッキーもマティも王女である。ナイフは剣よりなじみが薄い。
それでも、何とか、姫様隊の方は、魔物を押さえることが出来ている。
こうして、トリシャとウルリカ、姫様隊の前には、倒された魔物の屍が山のように積まれていく。
まずいのは、リビア達の方だ。




