リーシャの恋路(優香と恵理子)
ミリー隊とオリティエ隊はタロとジロを再び馬車につなぐ。そして、馬車を動かす。
マティとベルが検問所の扉を開くと、そこには、道の左右に騎士、兵士たちが並んで敬礼していた。
タロとジロが引く馬車が前後に二台並んで進んでいく。
左右をミリー隊とオリティエ隊が。後ろを姫様隊が警護する。いつものように。
屋敷へ向かう道の左右に騎士・兵士が並んでいるので、道を間違えようもない。
屋敷へとまっすぐに進んでいくことができた。
しばらく進むと、背の高い壁が左右に伸びる門が見えてくる。
その門はすでに開いており、中が確認できた。
そこには、広く整えられた庭。また、宮殿のような屋敷が建っていた。
「さすが、第二王子」
優香と恵理子は馬車の中から屋敷を眺めて感心する。
屋敷の前には、執事やメイドが並んでいたため嫌な記憶がよみがえってきたが、シーガルのようなことはなかった。
優香たちは丁寧に会議室へと案内された。
会議室では、リビアがテーブルについて待っていた。
その後ろには騎士が二人。
クサナギのメンバーは、優香を先頭に入室したものの、ここでは、国と国との友好を示すため、エヴァをとりあえずテーブルにつかせ、その後ろに優香と恵理子が立つ。さらにその後ろに他の面々が立つ。
そこで、リビアが立ち上がって声を上げる。リビアはしょせん第二王子。エヴァは女王陛下だ。
「カヴァデール王国エヴァンジェリン・カヴァデール女王陛下。私の提案に応じてくださり、ありがとうございます。改めまして、私は獣王国フェリディの第二王子リビアと申します。この度は、我が兵の不快な発言のため、このような事態を招いてしまい、申し訳ありませんでした。どうか、ご容赦いただき、我が国との友好関係を結んでいただきたい」
リビアが頭を下げる。
一方のエヴァは、このようなことにはいまだ慣れない。
覚えている単語を何とか口にする。
「よきにはからえ」
リビアの後ろに並んでいる騎士達のこめかみがぴくぴくしているのがわかる。
もちろんエヴァはわかっていない。
「あ、ありがとうございます。それでは、もしよろしければ、後ろにお立ちの方のお名前を頂戴しても」
「うむ。左後ろからタカヒロ。将来の夫だ。そしてマオ、タカヒロの第一夫人である」
そこまで紹介して、エヴァは内心でよくできたと自分をほめる。
「あの、陛下。恐縮ではございますが、その後ろの方々のお名前も頂戴出来たら」
エヴァは、ん? と疑問に思う。しかし、仕方ないと紹介を始める。
「リーシャ、ブリジット、ネフェリ、リピー、アクア、パイタン……」
そう、エヴァは紹介していくが、どうしても気になる。
リビアは、リーシャから視線を外していない。しかも、ほほを染めて。
「……オッキー、マティ、ベル」
エヴァは最後まで紹介し終る。
「あ、ありがとうございます。女王陛下」
リーシャ様かー、というつぶやきは誰もが聞かなかったことにした。
もちろん、退屈して集中力を欠いているリーシャには聞こえていない。
「ところで」
と、優香が発言する。
「貴国と我が国との間で友好関係を結ぶという話ですが、これは、貴国の国王陛下との間で同意すべきことではありませんか?」
「そ、その通りではあります。し、しかし、貴国と我が国のファーストコンタクトなのだ。です。この場を足掛かりとしてもいいのではないでしょうか」
「ということは、今日この時より、王子殿下の名のもとに、我が国と貴国との友好関係が公表されるということでよろしいか?」
「もちろんですとも。この後すぐに文官に命じ、この街の中のみならず、王都にまで広げて見せましょう。女王陛下が連れている悪魔の従者についても、しっかりとお触れを出します。これで、獣王国中自由に移動できるようになると思います」
「それでよろしいでしょうか、女王陛下」
「よきにはからえ」
優香からの確認に、エヴァが答える。
「ありがとうございます。とりあえず、本件がまとまりましたことから、お食事になさいませんか。食堂に用意させております」
「うむ。よきにはからえ」
エヴァの答えはとりあえずこれだ。
「それでは移動しましょう」
そう言われて、エヴァを先頭にしてリビアについて行くクサナギ。
リビアはちらちらと後ろへ視線を送るが、順番からいって、リーシャはエヴァや優香たちの後ろにいる。
なかなか話しかけづらい。
食堂は大きな部屋で、その中心に長いテーブルが用意されていた。
「それでは、どうぞ、お席にお付きください」
クサナギ一行は、上座から、エヴァ、優香、恵理子、パイタン、アクア、リーシャ……という順番で座る。
食事の時は、パイタンが恵理子のそばを譲らない。
リビア達も、リビアが一番の上座。その隣に文官が並んでいく。妻はいないらしい。
リビアは、クサナギの並びがどうしてもこの順番でないといけないことはわかっている。
しかし、リーシャは、声をかけられないほど遠いというわけでもないことに妥協する。
「それでは、両国の友好に乾杯しましょう。乾杯!」
リビアが声を上げると、エヴァも優香に恵理子もグラスを掲げた。
エヴァは、緊張で味のしない食事を少しずつ口に運ぶ。どうせ、私には話しかけてきたりはしないだろう。
いつものこと。だけど、この立場はやっぱり緊張する。そう思う。
優香と恵理子はいつも通り、優雅に食事をいただく。
リーシャはというと、誰にも気兼ねすることなく、食事を進める。
リーシャの横に座ったブリジットは、このような場であることは理解しているので、そっと、リーシャの口元をハンカチで拭いてやっている。
「ありがとう、ブリジット」
「リーシャ、もうちょっと落ち着いて食べたら? 食事は逃げないわよ」
「でも、熱は逃げるから」
「あなた、猫舌じゃなかった?」
「鍋を食べて、熱い方がおいしいものがあるってことを学んだ」
「なるほど。貴方でも学ぶのね」
「今は、おいしいものを前にしているから許してあげる」
「それはどうも」
そんなやり取りを遠めに眺めるリビア。
「エヴァンジェリン女王陛下、部下の皆様に話しかけても?」
「よきにはからえ」
ほら、私じゃないじゃん。と、むくれるエヴァ。
もっと下座でおいしく食べたい。そう思う。
「あ、あの、リーシャ、様」
ちょうど、フォークに刺した肉を口に運んだリーシャ。声をかけられて、フォークを口に含んだまま、
「なに?」
と、答えた。
ブリジットは、ため息をつく。相手は一応王子だぞと。
「リーシャ様は、普段何をされているのですか?」
「メイド。服を見たらわかるじゃん」
口の利き方……ブリジットは思う。
「エヴァンジェリン女王陛下にお仕えしているのですか?」
「違うよ。タカヒロ様とマオ様だけど」
「え? 女王陛下にではないのですか?」
「何を言っているの? このパーティのリーダーはタカヒロ様とマオ様。二人は、勇者様と聖女様だよ。お二人に仕えているに決まってるじゃん」
その一言に、エヴァは沈黙し、リビアは優香と恵理子に視線を送る。
二人は視線をそらして、ワインを一口飲む。
「リーシャ様。それは、いつまでなのでしょうか。リーシャ様は御自身のご結婚とか考えていらっしゃられないのですか?」
リビアは顔を赤らめて思い切って聞く。
「決まったこと。私は、お二人が死ぬまでお仕えするよ。私の方が寿命は長いし、お二方は寿命以外で死にませんから、死なせませんから。それになんだっけ。私の結婚? するよ。私はタカヒロ様、マオ様のお二人と結婚するって決めているから」




