検問所の占拠とリーシャによる無意識狙撃(優香と恵理子)
ミリーとそれを見ていた周りの兵士達が悲鳴じみた声を上げる。
猫人族の兵士は、タロの左の頭の口から首から下をだらんとさせてぶら下がっている。
「た、タロ! そんなもの食べちゃダメだよ。ぺってしなさいぺって!」
ミリーは御者台から慌てて降りて、タロをなだめる。
タロは、咥えた猫人族兵士をぺっとするのかと思いきや、首を振って、ポイっと、兵士を投げ捨ててしまった。
「「あー!」」
ミリーと見ていた兵士が再び悲鳴じみた声を上げる。
タロに投げ捨てられた兵士は、放物線を描いて、検問所の屋根の上に落ちた。
「タロ、拾い食いはしちゃダメだって言っているでしょう」
ミリーがタロにお小言を言う。
しかし、ヘッヘッヘと、タロは舌を出しているだけだ。
「貴様ら、何をする!」
獣人の兵士達が槍をかまえて馬車を取り囲んだ。
「そっちの兵士が、うちのかわいいタロに「変な犬」って言ったのが悪いのですが!」
ミリーが兵士たちに向かって返答する。
「その変な犬に変な犬って言って何が……」
グルルルルルルル……
タロがうなり始める。さらに、うしろにいたジロまで。
「タロ、落ち着きなさい」
ミリーとオリティエがタロとジロをなだめる一方で、ミリー隊とオリティエ隊はタロとジロを馬車から外して行く。
馬車につながったまま暴れられては目も当てられない。
「どうしたの」
優香が状況を尋ねながら馬車から降りる。
「あ、タカヒロ様。申し訳ありません。この者どもがタロとジロに暴言を。それでタロとジロが威嚇し始めてしまって」
「そう。困ったね。うーん」
優香はあとからおりてきた恵理子に目配せをする。
「エヴァ、オッキー、頼むわ」
恵理子がエヴァとオッキーに声をかける。
「「え?」」
エヴァとオッキーが突然の声掛けに驚きの声を上げる。
「国王様、ほら」
恵理子にせかされて、しずしずとエヴァとオッキーがタロとジロの前に出てくる。
エヴァは兵士たちとタロの間に立つ。オッキーはその後ろでエヴァに隠れるように立つ。
エヴァが口をパクパクと動かす。
「私はカヴァデール王国女王、エヴァンジェリン・カヴァデールである」
声はエヴァの後ろのオッキーだ。
「私の家族であるタロとジロに対する此度の狼藉、許しがたい」
「「え?」」
優香と恵理子が話の行先を心配して声を上げる。
「タロ、ジロ、蹴っ飛ばしておしまい!」
オッキーの声に合わせて、右手の人差し指をまっすぐ兵士たちに向けたエヴァ。
「「ばふ!」」
「「あー」」
タロとジロの意気込む声に、優香と恵理子が悲鳴を上げる。
そうじゃないと。穏便に済ませてほしかったと。
タロとジロは、取り囲んだ兵士をゲインゲインと蹴り飛ばして行く。
だが、ミリー隊、オリティエ隊が、
「エヴァ、よく言った!」
「家族を馬鹿にするものは国家であろうと許さん!」
と、こぶしを上げて飛び出した。
恵理子と優香は、武器を持ち出さないだけまだましか、そう思うことにする。
「ねえ、これ、私達も参戦していいの?」
リーシャが恵理子の後ろから前に回り込んで聞く。
「ちょっと様子見ましょう。あの子達も船の中で退屈だっただろうし、体を動かしたいだろうし。何より、家族を馬鹿にされてこぶしを上げるって、嬉しいじゃない」
止めようとした自分をちょっと恥じる恵理子。優香も同意だ。
検問所は、海に面してあり、その陸側をぐるりと塀で囲まれている。街への出入口は、たった一つ、南の門だけだ。
だが、タロとジロ、そして、いつの間にか参戦したネフェリとリピーも、ゲインゲインと兵士を塀の上から外へと蹴とばして行く。
ミリー隊やオリティエ隊は、兵士たちを蹴っ飛ばしては、門からぽいぽい捨てていく。
さらに、門の左右にマティとベルが立ち、
「はーい、非戦闘員の皆さんはこちらから退出してくださーい」
と言って、事務職員たちを外へと誘導していく。
ちなみに、この時点で出島からの橋は渋滞している。
それはそうだ。クサナギが検問所で暴れているのだから。
こうして、クサナギの面々は検問所を占拠してしまう。
門も閉めたところで、門の屋根に上ったリーシャ。
「あ、あの子、あの子も暇だったのね」
という恵理子のつぶやき。
門の上のリーシャは、
「検問所を開放してほしくば、領主を連れてこい!」
と、叫んでいる。
とはいえ、実際には、領主の屋敷も、騎士達の宿舎や訓練場も街の中心部、つまり、この検問所の近くにある。
すぐに騎士達が集まってきた。
そして、その間を馬車が一台近づいてきた。
みんなで、塀の上に登って外を眺める。
すると、馬車から猫人族の青年が降りてきた。
そして、付き添っていた騎士が叫ぶ。
「アクウェリア領主、獣王国第二王子、リビア・フェリディ様である」
リビアと呼ばれた青年は、馬車から降りると門に向かう。
そして、門の上にいるリーシャと目があう。その瞬間、
ズキュン!
リビアが撃たれた。何にかはわからないが。
リビアは、顔を真っ赤にして、胸を押さえ、そして、騎士に支えられて馬車に帰って行った。
「罪な女」
それを見たブリジットのつぶやきに、
「え? 何?」
と、リーシャは何が起こったかわかっていない。
ただ、検問所を取り囲む騎士達を残して、馬車は帰って行った。
だが、何も解決していない。
検問所を取り囲む騎士達とのにらみ合いは続く。
現時点で獣人の国とカヴァデール王国との戦争状態にあると言える。しかも、侵略しつつあるのはカヴァデール王国。
「さて、やっちゃったこととはいえ、落としどころはどうしようか」
優香の疑問に答える声。
「滅ぼしましょう」
というのはリーシャ。もちろん、これにはネフェリもリピーも同意する。
やってしまった手前、ミリー隊もオリティエ隊もやるならやるぞと意気込んでいる。
「うーん」
恵理子は腕を組んで悩む。
背中側では、船の積み荷を運ぶ馬車が並んで渋滞している。
よって、いつまでもこのままというわけにもいかない。
それはわかっている。
だが、解決策は唐突に訪れる。
領主を乗せていた馬車が再び戻ってきた。
そして、検問所の前で止まり、先の騎士が降りる。第二王子リビアではなく。
騎士は一通の手紙を取り出し、それを検問所の門の隙間に、すっと、通した。
それを手に取るマティ。封を切らずに優香の下へと持っていく。
優香は、その手紙の封を開け、中を確認する。
『我が獣王国フェリディと貴国カヴァデールとの友好関係を示すため、屋敷に招待したい。先の兵士の無礼な発言については、謝罪する。私としても、家族が蔑まれたら同じことをするだろう』
「ってことだけどさ。どうする?」
「うん。どうしたものかわからなかったから、とりあえず、その話に乗ってみてもいいんじゃない?」
恵理子は、門の上に乗って、騎士に話しかける。
「この門を開けて、屋敷へと向かえばいいの?」
「お願いできますか?」
「襲ってこない?」
「リビア殿下の名にかけて」




