天然ボケ属性再び(優香と恵理子)
わんも「優香さんと恵理子さん編となります。ep.309の続きになります。これからもよろしくお願いいたします」
出港の日。
船主のトムは、優香達の巨大な馬車とシンベロスを眺める。
「これ、乗せるのか?」
「「あはははは」」
優香も恵理子も苦笑いを返すしかない。
トムは船員達に声をかける。
「おーい、護衛を頼んでいる冒険者の馬車だから、これ、最優先で乗せるぞ」
「「「はーい、船長」」」
トムの心配とは裏腹に、船員から気持ちの良い返事が帰ってくる。
トムは優香に確認する。
「今回、護衛をしてくれるってことでいいんだよな」
「はい。伯爵から依頼を受けています」
「ということで、俺らの操船する船に馬車や荷物、あの大きな動物も乗せるし、皆も乗ってもらう」
「えっと、護衛とこの船との関係は?」
「海賊が襲ってきたら、この船を盾にする」
「なるほど。で、私達が海賊を討伐すればいいんですね」
「そう言うことだ。ここから水の都アクウェリアへ向かう。獣人の国、第二の港町だ。そこまで七日間。よろしく頼む」
「承知いたしました」
「ミリー、オリティエー。馬車を積んじゃってー」
「「承知しました」」
ミリー隊とオリティエ隊は、それぞれ馬車を誘導して、船に乗せていく。
その後ろから姫様隊が歩いてついて行く。
昨日から、正しくは一昨日から新メンバーとなったベルは、嬉しそうにくるくると舞っている。そのため、メイド服の裾が団服を押し上げて広がっている。
「ベル、嬉しいのはよくわかるけど、あんまりくるくる回ると」
マティがベルをたしなめる。
「だって、嬉しいんだもん」
と言って、ベルはくるっと回転し、メイド服のスカートを広げる。
「それに、エヴァに教えてもらったペチパンツも履いているし」
そういう問題ではない。オッキーもエヴァもそう思う。
「よし、出港する!」
トムの掛け声で、船員達が帆をはり、船が動き出す。
「おお、動いたよマオ」
「ほんとね。私、未だにこの帆船が倒れずに浮いていられる理由がわからないわ」
「僕も何で風上に向かって走れるのか、全然わからないよ」
そんな感想を漏らしながら景色が遠ざかっていくのを眺めている。
「一週間したらムーランドラ大陸なんだね」
「そうね。貴博さんか、真央ちゃんか、千里ちゃんか桃ちゃんか。誰だろうね」
「まだ決めつけちゃいけないと思うけど。僕もその誰かだと思う。エルフの国の姫を連れ歩くなんて」
「貴博さんかしら。エルフのお姫様にまでもてちゃうなんて。真央ちゃん、それでいいのかな」
「でも、真央ちゃん、千里ちゃんがくっつくのも許していたから、真央ちゃんなら仲良くやれてるかもね」
「そうかもね」
「あー、早く会いたいな」
「ほんとねー」
船は進んでいく。右手に巨大な山脈の壁を見ながら。
優香と恵理子は甲板の上で景色を眺めながら会話をする。
「しかし、暇ね」
「仕方ないよ。海賊に来てくれなんて言えないし」
「そりゃそうだけど。船員さんがいるから、大胆に訓練もできないでしょ?」
「そうだよね。うーん。ん?」
「どうしたの?」
「一人、確認しないといけない子がいるのを忘れてた」
「なんの確認?」
「魔法」
「エヴァに見させとけばいいんじゃないの? それに、姫様隊にはリシェルとローデリカもついているし」
「うん。だけど、あの子、たぶん天然でしょ?」
「……否定はしないわ。ずっとくるくる回って……」
ちょうど、アリーゼが通りかかる。
船での旅とはいえ、護衛の任務がある。ミリー隊、オリティエ隊、リシェルとローデリカを加えた姫様隊の三交代制を敷いている。
今は、ミリー隊が警戒に当たっている。
「アリーゼ、ちょっと姫様隊を連れて来て」
「はい。かしこまりました」
トントントン
「はい。どうぞ」
リシェルとローデリカ、そして姫様隊の部屋へアリーゼが入る。
「アリーゼです。恵理子様が姫様隊を連れてこいと」
「わかったわ。ありがとう」
アリーゼが下がっていく。
「ほら、恵理子様がお呼びよ。いつまでもにやけてないで、しっかりしなさい」
リシェルがベルに注意をする。
「はい。リシェル」
ベルは早々にミリー隊、オリティエ隊に対する様づけも敬語も止めるように言われている。
六人は、メイド服の上に団服をまとって甲板へと上がっていく。
「マオ様、お呼びですか」
リシェルが海を眺めている優香と恵理子に声をかける。
「リシェル。ありがとう。ちょっとベルのことを確認したくてね」
「私ですか?」
「ええ。だって、家族になったのに、使える魔法も得意なことも何も知らないんじゃ、フォローもできないわ。それに、うちの家族になったってことは、毎日の訓練を欠かさずやってもらうから」
「訓練?」
ベルはオッキー達に視線を送るが、頷きだけを返される。
「ベル、魔法を上達したいのよね」
「は、はい! うまくなりたいです」
「どんな魔法が使えるの?」
「魔力量が多いって学園で言われました。それを活かして探査魔法を使えます。それから、土属性と水属性の魔法が使えます」
「探査魔法の方は知っているからいいわ」
使ったの、ばれていたか。と、ベルは思う。
たぶんヴェルダとメリッサがつけて来ていた時だ。
「じゃあ、土属性魔法を撃ってみて。海に向かって」
「「「え?」」」
オッキー、マティ、エヴァがそろって声を上げる。
「どうしたの、オッキー」
「いえ、何でもありません。申し訳ありません。ベル、どうぞ」
優香と恵理子は、オッキーの不審な動きに怪訝な顔をする。
「じゃあ、やります」
ベルは、ポケットから小石を取り出す。
そして、いつものように振りかぶり、
「ストーンバレットー!」
と、小石を海に向けて撃ちこんだ。
はた目には投げたようにしか見えないが。
優香と恵理子は目を点にする。
初めて見たリシェルとローデリカも。
ついでに、警備をしつつ様子をうかがっていたアリーゼ達も。
オッキーとマティ、そしてエヴァは、額に手を当て目をそらす。
一方のベルはどや顔だ。
「どうでした?」
固まっている優香と恵理子に対し、ベルは得意げに確認する。
「え、ええ。いいと思うわ」
恵理子が何とか適当な返事をする。
「じゃあ、水属性の魔法を」
「はい。それじゃやります」
ベルは手のひらに氷のボールを顕現させる。
へー、と、恵理子は感心する。無詠唱で氷の玉を作り出した。
ベルは、それを握って振りかぶり、
「アイスボール!」
と、氷のボールを海に投げた。いや、撃ちこんだ。
「どうです?」
ベルは、得意げに優香と恵理子に聞いてみる。
が、優香も恵理子にもリアクションが無い。
「あれ?」
ベルは周りを見回す。
優香と恵理子はアイスボールが飛んで行った方向を見つめている。
リシェルとローデリカも固まっている。
オッキー達にいたっては、そっぽを向いている。
「どうして?」
という不安げなベルに向かって恵理子が聞く。
「えっと、ベルが使える魔法は土属性と水属性でよかったわよね?」
「はい。えっと……」
何か間違っただろうか。
森で魔法を撃った時もオッキー達に固まられたが、いったい何が間違っているのだろうか。
まさか。
ベルは思う。
しかし、ためらいつつ言ってみる。
「オッキーに言われました。もう一つ、属性があります。オッキーに教えてもらいました。天然ボケ属性と」
ブフッ!
オッキーが笑ってしまう。
「あー、ひどい、オッキー。オッキーが言ったんじゃん」
ベルはオッキーをぽかぽかとたたく。
優香と恵理子は、やれやれ、と首を振った。
「まあいいわ。ベル。一人で私達の部屋まで来て」
「は、はい」
ベルは、歩き出した優香と恵理子について船内へと入って行った。




