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ミケリナ様のマーキング(千里と桃香)

「桃香、私、熱に弱いので、遠くからでいいか?」

「はい。構いません。では、水魔法を撃ちますね」


 桃香は、手を炎に向け、


「スコール!」


 と、魔法を発動させた。

 

 だが、桃香は、魔法のイメージを間違った。

 いや、間違っていない。


 千里が起こした火魔法による上昇気流を利用して、熱により海水が蒸発して湿度の高くなった空気を空へと上昇させる。

 すると、そこに積乱雲が生じる。

 しかも黒い黒い積乱雲が。

 そうなると、落ちる。雷が。


 ゴロゴロゴロ! ドゴーン! 

 

「神の鉄槌!」


 船の上で桃香の起こした雷に、再び神の御業と祈りだす人達。


「やはり、あのお方も女神様だった!」


 雷の後は、桃香の想定通り、激しい雨が降る。

 そして、千里の炎が燃え広がらないうちに、その炎を鎮火していった。


 そこに残ったのは、真っ黒こげに焦げた崖と砂浜だった。




「千里さん、ご飯を食べましょう」


 戻って来てフローラの背から降りた桃香が千里に声をかける。


「そうしようか」


 二人は船の中に入って行った。


「女神様。慈悲深い女神様。女神様を怒らせると地獄の業火で焼かれ、神の鉄槌を落とされる。ああ、恐ろしくもお優しい女神様」


 船上の人々から畏怖の声が漏れる。




 食堂で食事を取っているとウォルフがやってきた。


「ミケはどう?」


 千里がウォルフに声をかける。


「まだ目を覚まさないが、呼吸も安定しているし大丈夫そうだ」

「そう。よかった。ウォルフ。悪いんだけど、フィッシャーへ行った後に、ミケをバウワウへ送ってくれる?」

「もちろんいいぞ。料金ももらったしな。それに、もう海賊も出ないだろう」

「そうだといいね」


 そこへ、ローレル達クサナギゼットの面々がやってくる。


「あ、千里、ご飯食べてる」

「あ、ローレル。本当にごめんね。心配をかけて」

「そんなことはいい。そんなことより、一緒に食べていいか?」

「うん。もちろん」

「よし、久しぶりにみんなで食べよう」

「「「おー!」」」




 航海は三日目、四日目と順調に進む。


 さすがにそのころになると、千里も桃香も自分達がなんて呼ばれているかが気になってくる。


「ウォルフ、あの、捕らえられていた人達さ、私達に女神とかなんとか言ってない? 地獄の業火とか神の鉄槌とか。そんなに私達怖いのかなぁ。っていうか、地獄の業火って、それ、悪魔の所業じゃない?」


 ウォルフは、今更? と、口をあけて固まる。


「おーい、ウォルフさん?」


 ぺちぺち


「ハッ」


 千里にほほをぺちぺちされて我に返るウォルフ。


「えっと、マジで言ってる?」

「マジで言ってる」

「ハァ。千里様も桃香様も……」

「ちょっと待って。何でウォルフまで未だに様づけなのさ」

「そりゃ、信仰する神様には様をつけたくなるだろう」

「信仰って何さ」

「あのな、怒りに任せて地獄の業火を放ったり、神の鉄槌を落としたり、そんなことが出来るのって、神様だけだろう。人間じゃねぇよ」

「やっぱり怖いの?」

「あはははは」


 思わずウォルフは笑ってしまう。

 ウォルフが聞いたところによると、千里がド派手な治癒魔法を使ったことが、女神と呼ばれる初めの要因である。


「違うぞ。助けてもらったからだろう。感謝のしるしだ。俺も海賊から助けてもらった。捕らわれていた獣人の仲間を助けてもらった。感謝しているんだよ」

「だからって、女神って」

「いいじゃないか。千里様の探している人達って、勇者だろう。それくらいの箔をつけた方がいいんじゃないか? その方が好きになってくれるかもよ?」


 ボフッ!


「あれ、あんだけからかわれたのに、まだ赤くなるんだ。純情な女神様だ」


 千里は冬の間、舟屋でそのことについてさんざんローレル達にからかわれていた。


「あはははは」

「「あはははははは」」


 桃香までつられて笑う。


「ウォルフー!」


 千里の叫びが響き渡る。




 出港して五日目


「おーい、女神ー」

「ウォルフ、絶対に馬鹿にしているでしょ」

「いやいや、そんなことはないって。ちゃんと敬っているって」

「……で、何?」

「ミケリナ様が目を覚ましたぞ?」

「ミケリナ? 様?」

「ミケだ、ミケ」


 千里と桃香は、ミケが寝ている部屋へと走る。


 トントントン


「はーい」


 中から声が聞こえてきたので、千里と桃香はそおっと中を覗いてみる。

 すると、いくつかのベッドが並んでいて、何人もの女性と子供達がいた。


「あ、女神様」


 一人の女性が顔を覗き込ませた千里と桃香に声をかけてくる。


「「……」」

「いかがしましたか? 女神様」

「その、女神様ってのがちょっと」


 と、千里が言いよどむと、女性達も子供達も二人の前で跪いた。


「いやいや。ごめん。普通にして。お願いだから。私は千里、この子は桃香だから」

「ふふふ、気さくな女神様ですこと」


 女性は笑う。


「ところで……」

「あ、ミケ、ミケが目を覚ましたって」

「ミケリナ様ですね」


 女性が立ち上がって、ミケのベッドに手を向ける。

 千里と桃香がそっちを向くと、ベッドの上で上半身を起こし、顔を赤くしているミケと目が合った。


「ミケ!」


 千里がミケのいるベッドにまで移動し、その隅に腰掛ける。

 そして、


「ミケ、熱があるの?」


 そう言って、千里は顔を赤くしているミケの両頬を左右の手で押さえ、ミケのおでこに自分のおでこを重ねた。

 鼻と鼻が触れそうな距離で熱を測る千里に、ミケはさらに顔を赤らめる。

 そして、


 ボフン!


 と、ミケは倒れ込んでしまう。


「ミケ、ミケ!」


 千里が、横になったミケの顔に顔を近づけると、ミケは、千里の首に両手を回してぎゅっと抱き寄せた。

 そして、ミケは自分のほほを千里のほほにこすりつけた。何度も何度も。


「み、ミケ。これっ」


 それを見ていた桃香は思う。マーキングかと。


「ミケ、私、物じゃないからマーキングはやめて」


 千里も同じように思っていたらしい。

 ミケはその一言にほほを膨らませ、頬ずりを止める。


 それを見ていた獣人の誰もが思った。

 女神様はボケなのか、それとも、それが愛情表現だと知らないのか、

 と。


 ミケは、千里を開放し、再び上半身を起こす。

 そして、千里と桃香に目を合わせてお礼を言う。


「女神様方、助けていただき、ありがとうございます」

「いやいや、女神はとりあえずやめて。それに、元はと言えば、危険の予測もしないで、私達がミケに猿人族の盗賊を連れて行かせたのが失敗だった。こちらこそ、ごめんなさい」

「いえ、謝っていただく必要はありません。悪いのは盗賊であり、海賊です。それを殲滅してくださったと。領主の娘としてもお礼を」

「海賊についてだけど、バウワウの街の分は、貴方のお父様、領主様に任せてきたわ。それにもう一つ謝らないといけないことがあるの」


 千里は気まずそうな顔をして視線を外す。


「わかっています。ブチのことですね」


 千里がミケを見て言葉を無くす。


「ブチはもういないのでしょう?」


 ミケは涙を流しながら言葉を続ける。


「ブチは、私が小さい時から、そばにいてくれたのです。私が冒険をしたいと、冒険者になれば、一緒になってくれました。あの時も、私のブレスレットを取り返すため、一緒に洞窟まで行ってくれたのです。そんなブチはもういない。ブチ……」

「ミケ、ブチの冒険者カードは、領主様に渡してあるわ。貴方のブレスレットと一緒に」

「そうですか。ありがとうございます。ブチが守ってくれたブレスレットですもの。大事にします」


 千里はいたたまれなくなり、そっとベッドから立ちあがる。


「具合が悪くなったりしたら、遠慮なく呼んでね」


 そう言って、千里は桃香と部屋を後にした。


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