納得いかない(千里と桃香)
衛兵からの命令に答えたのはローレル達。
「何を!」
「やるのか?」
ローレル達、レオナ、フローラもルシフェも、ジョセフィーヌも第四騎士団まで、リンベル商会を飛び出し、そして、衛兵たちと向き合った。剣やナイフを抜いて。
その後ろからとぼとぼと千里が出てくる。その後ろから桃香も。
千里は、衛兵の隊長の前へゆっくりと歩いて行く。
「みんな、剣を下げて」
そう言って。
千里は、隊長に向き合うと、ブチの冒険者カードとミケのブレスレットを取り出し、隊長に渡した。
「ブチは死んでた。ミケはさらわれた。私達はミケのにおいをたどってきた。その結果、このリンベル商会、それと、商会の船が止まっていたところまでたどれたけど、そこでにおいが途切れちゃった。ミケはどこかへ連れていかれちゃった」
千里に限界が来た。魔力のではない。気力の。
ドサッ!
千里は、その場で座り込んだ。そして、涙を流した。
「うわーーーー!」
「千里さん」
「千里」
「千里様」
桃香が千里に覆いかぶさり、ローレル達が千里に声をかける。
嘘とは思えない千里の報告に、衛兵の隊長は千里達を捕らえることが出来なくなっている。
何しろ、手渡されたものは、確かにブチの冒険者カード。それと、領主の娘、ミケリナがつけていたブレスレット。
「あの」
衛兵の隊長は千里に覆いかぶさっている桃香ではなく、それを守るように立ちはだかるローレルに声をかける。
隊長は、ふと気づく。ローレル達は未だ緊張をといていない。
隊長は後ろを向いて、
「お前達、剣をおろせ!」
そう他の衛兵達に命令した。そして、隊長はローレルに依頼する。
「申し訳ありません。この件について、領主様の屋敷まで来ていただき、お話を聞かせていただけませんか」
と、頭を下げて。
「私達が行く。千里と桃香は、船に返していいか? 船は明日出港する予定のウォルフの船だ」
「わかりました。それでかまいません」
「ヨン、千里と桃香たちを連れ、船に戻って休め」
ローレルは、ルージュとフォンデを連れて、衛兵達について行った。
ローレルは、領主の屋敷の応接室に通される。なぜに容疑者が応接室なのかと、気になるところだ。
そこへ、二つのあわただしい足音が聞こえてくる。
バン!
そして、荒々しくドアが開かれる。
そんな開け方を許されるのはこの屋敷の主人だけだろう。
ローレルは、特に立ち上がることもしない。
そもそも、ローレルはシルフィードの姫である。
猫人族の領主がローレルの対面のソファに座る。その横には猫人族の女性が座った。
女性は、すでに泣きそうな顔をしている。
「サーバル・ターラスだ。こっちは妻のシャミル。それで、どういうことか話を聞かせてくれ」
「私はプラチナランク冒険者パーティクサナギゼットのメンバーでローレル。見ての通りエルフだ。今は冒険者として旅をしているが、現在もエルフの国、シルフィードの姫だ」
サーバルもシャミルもミケのことを心配しつつ、そのような大物が出てきたことに焦りを感じる。
そして、敬語となってしまう。
それはそうだ。隣国である人族の国、ドレスデンを服従させたエルフの国、シルフィード。
その国のトップが目の前にいるのだ。下手な態度をとって怒らせてしまえば、獣王国も攻め込まれかねない。
「ローレル、様。失礼をいたしました。大変申し訳ありませんが、我が娘、ミケリナ、ミケのことをお教えいただけませんか?」
ローレルは、この街に来た時のことから話をする。
人探しの旅をしていること。
一週間前に、船に乗るためこの街を訪れたこと。
訓練をするために洞窟へ行ったこと。
ミケとブチに会ったこと。
ミケがブレスレットを盗まれていたこと。
そのブレスレットを盗んだ猿人族を捕まえてブレスレットを取り戻したこと。
ミケとブチがその猿人族の盗賊をギルドへ連れて行くため、街に戻ろうとしたこと。
今日、ブチと猿人族の死体、それと、ミケのブレスレットを見つけたこと。
ミケのにおいをたどったところ、商会で途切れたこと。
「ミケは、ミケはどこへ……」
夫人のシャミルが涙を流しながら聞く。これにルージュが答える。
「わかりません。においが途絶えたところ、港の岸壁ですが、そこに停泊していたのはリンベル商会の船だったようです。我々が着いた時には船はありませんでした」
「そんな……あぁ……」
シャミルは泣き崩れる。
「ローレル様達は、それでリンベル商会に押し入ったということでしょうか」
サーバルはローレルに問う。
「あの建物の最上階まで、ミケのにおいは続いていた。だが、誰もいなかった」
「ローレル様達はプラチナランク冒険者なのですよね。ミケを探してくれたりは?」
「私達は、明日、アルカンドラ大陸へ向かって出港する船に乗る。リーダーの千里と桃香の目的が最優先だ。この件で、千里が心に傷を負った。けれど、二人の望みを、二人の夢を目の前に、ここで立ち止まるわけにはいかない。私達は、意地でも千里と桃香を船に乗せ、明日、出港する」
「そうですか。わかりました。リンベル商会が怪しいとお教えくださっただけでもありがたいです。後は我々がやります」
ローレルはソファから立ち上がる。
「それでは、我々は帰ります」
サーバルとシャミルは立ち上がり、
「ミケのブレスレットを、ブチの冒険者カードを、ありがとうございました」
そう言って、頭を下げた。
ローレルは、ルージュとフォンデと共にウォルフの船に戻った。すっかり夜も更けている。
「千里は?」
声をかけられたレオナが、ローレルに向かって首を横に振る。
「夕食は食べたの?」
レオナは首を横に振るだけだ。
「それは重症だ」
ローレルは、千里の部屋のドアをノックする。
トントン
それに答えてドアを開けたのは桃香。
「ローレルさん、おかえりなさい」
「千里は?」
「見ての通りです」
千里はベッドの上で膝を抱え、おでこを膝につけて座っていた。
ローレルは千里の横に腰掛ける。
そして、千里に確認を取る。
「私達は明日出港する。アルカンドラ大陸へ向かって。アルカンドラ大陸には千里と桃香が探している人達がいる。だから行く。止まらない。いいね」
千里は小さくうなずいた。
「それから、ミケのことは、領主に引き継いできた。リンベル商会のことも伝えた。だからきっと大丈夫だ」
千里は再び小さくうなずいた。
「お願いだから、夕食くらい取ってくれ」
そう言って、ローレルは立ち上がり、部屋を出た。
ローレルは、そのまま船を降りる。
そして、ローレルの後をついてきたルージュとフォンデに向かい、
「ちょっと付き合ってくれ」
そう言ってこぶしを握った。
さすがのローレルであっても、この二人に二対一では勝つことはできない。
ルージュとフォンデに殴られ、蹴られ続ける。それでも二人に立ち向かう。
フォンデに向かい、こぶしを撃ちこみ、蹴りを放つ。しかし、大振りをしたところで、フォンデはそれをはじいてルージュにスイッチし、ルージュはローレルに蹴りをいれる。
ズササササー!
ローレルが転がる。
「レオナ! ヒール!」
「はい!」
レオナがヒールをかけると、ローレルは再び二人に向かう。
納得いかない。
納得いかない。
納得いかない。
千里を助けられない自分に嫌気がさす。
何がお付きか。
ローレルは、ついにルージュとフォンデから同時にこぶしと蹴りをくらい、崩れ落ちた。
「あーあ、うちの姫もめんどくさい人です」
「全くです」
そう言って、ルージェとフォンデはローレルを船の部屋へと運んで行った。




